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第179話 ラスト・イブ

「……明日、当局は、EMETHシステムにより姿が変わった者をゲストに呼ぶ報道特別番組を放送いたします。本当の姿を取り戻すことに喜ぶアルケア各地の人々の様子もお伝えする予定です」


 アルケア八大都市の一つ、シルフにあるフェジアール機関の錬金術研究施設の一室で、白い仮面で顔を隠したスーツ姿の男性、テルアカ・ノートンはニュース番組を見ていた。

 時刻は昼を過ぎた頃。シルフで一番高いビルの窓辺で紅茶を飲む白髪のヘルメス族の幼女が、施設の外に集まる人々を見下ろす。


「光に集まる虫のようなのです。予想通り、外には多くの報道関係者たちが殺到しているのですよ!」


「ルス。やっぱり、そうなんですね。改めて、ありがとうございます。この施設への出入りを手助けしてくれて。もしも、本来の出入口からここに入ろうとしたら、報道関係者に見つかって、質問攻めになっていたでしょう」


 テレビから顔を上げたテルアカが、体を半回転させ、窓辺に佇むルスに頭を下げる。それに対して、ルスはクスっと笑った。


「相変わらずなのですね。お礼を言わなくてもいいのですよ。そんなことより、問題はあのふたりなのです。日没までに、あの素材を入手できていればいいのですが……」


 この場にいないふたり、アルケミナ・エリクシナとクルス・ホームの姿を思い浮かべたルスが心配そうな表情になる。一方でテルアカは自信満々な顔で胸を張った。


「あのふたりなら大丈夫です。それはそうと、ルスに聞きたいことが……」


 疑問をテルアカが口にしたその時、テレビが次のニュースを伝えた。



「錬金術研究機関、聖なる三角錐のメンバーとして指名手配されていたルクシオン・イザベル容疑者とマエストロ・ルーク容疑者が逮捕されました。ルクシオン容疑者はシルフの監獄に収監され、マエストロ容疑者はアゼルパイン城内で身柄を拘束されました。聖なる三角錐といえば、先日、代表のトール・アンの死亡が確認されており、錬金術研究機関、聖なる三角錐は、これで事実上の解散……」


 そんな大ニュースを眺めていたルスがテルアカの右隣に体を飛ばす。


「マエストロも逮捕されたようなのですね。これで聖なる三角錐は解散なのです」

 感慨深い表情のルスの隣で、テルアカは疑問を口にした。

「聖なる三角錐の残党は、もう一人いましたね? 確か、名前は、エルフ・トレント。彼はまだ野放しになっています」

「ああ。エルフなら大丈夫なのです。あの子は、リズの高位錬金術で地獄の世界へ転移させられたので、問題ないのです。メランコリアは禁断の錬金術の素材となったので、死亡扱い。私とラスは神主様の審判を受けるので、捜査の手は及ばないのです。まあ、私たちヘルメス族は、基本的に監獄へ収監されることがないので、事実上の無罪扱いになるはずなのです」


「それでも、エルフの遺体が見つかっていないのも事実です」

「そろそろ時間なのです」

 テルアカの声を無視したルスが目を伏せる。それと同時に、テレビの中でキャスターたちが慌ただしく動いた。


「ここで速報が入ってきました。アイアングローブにある聖なる三角錐の研究施設でふたりの遺体が発見されました。警察は、遺体の身元の確認を急いでいます」


 タイミングがよすぎるニュースに、テルアカが仮面の下で目を見開く。


「まさか……」

「こういう結果なら、みんなが納得するのです。メルが幻術で姿を変えた遺体を研究施設に放置していたのです。メルならDNAすらも欺く遺体を作り出せるので、残党の死を偽装することも容易なのです」

 ルスが冷酷な目を開け、テルアカの顔を見上げる。彼女から恐ろしい何かを感じ取ったテルアカは身を震わせた。


 恐怖するテルアカの隣で、ルスが手を叩く。


「さて、そろそろ休憩は終わりなのです。アルケミナたちが帰ってくるまでに、あの術式の準備を進めるのです」


「はい」と短く答えたテルアカは、机の上に置かれた紙に視線を向けた。



 一方、その頃、近くにある森から風車が見える広場へクルス・ホームが足を運んだ。右隣には、いつもの白衣姿の銀髪幼女、アルケミナ・エリクシナが並ぶ。広場で遊ぶ子どもを見守る父親や通り過ぎていく男たちの熱い視線は、クルスの大きな胸に集中する。

 恥ずかしそうに赤面する助手の顔を、アルケミナが無表情で見上げた。


「クルス……」

「明日になったら、元の姿に戻れるってわかってても、ああいう男の視線を感じてしまいます。そんなことより、よかったんですか? ルスさんに頼めば、わざわざ街まで素材の買い出しに出なくてもよかったと思うのですが?」

「それはダメ。そこまでさせたら、ルスが問題を解決したことになる。それに、シルフには私が個人的に欲しい素材が売っている。さっきの森で薬草を採取したから、今度は街で素材を買う。一時間後、ルスが私たちを迎えにくる」

「そうなんですね。分かりました」と納得の表情を見せたクルスが顔を前に向けると、見覚えのあるヘルメス族の女の姿が飛び込んできた。

 腰の長さまで伸ばされたキレイな白髪とクルスと同等かそれ以上に大きな胸。それらを併せ持つ彼女の体型は、大人の姿のアルケミナと似ている。

 白いローブで身を包み、水色の淵の眼鏡を着用した冷静な印象の彼女は、クルスの視線に気が付き、微笑んだ。


「まさか、こんなところで会えるとは思いませんでしたわ」

「カリンさん。どうして、ここに?」と驚いたクルスに対して、カリンが頷く。

「この広場へ遊びに来たのですわ。フゥと一緒に」

 そうカリンが答え、右隣に並ぶ小さな男の子に優しい眼差しを向けた。そこにいた黒髪の男の子は、アルケミナの姿を見つけ、驚いたように目を丸くした。

「あっ、やっと会えた。お姉ちゃん、もしかして、あの子と俺を会わせるために、広場へ連れ出してくれたの?」

「フゥ。それは違いますわ。これは偶然です」

 カリンがあっさりと首を横に振る。

「そうか。偶然かぁ。お姉ちゃん。この子と遊んでいいか?」

「そうですわね。そっちのお姉ちゃんに聞いて良かったら、いいですわ」


 悩むように腕を組んだカリンが、クルスと目を合わせた。その一方で、状況を理解できていないクルスが首を傾げ、右手で手招きをした。


「カリンさん。ちょっと、聴きたいことがあります」

「なにかしら?」と首を捻ったカリンが一歩を踏み出す。


「カリンさんって、人間の弟がいたんですね?  初めて知りました!」

「それは違いますわ。フゥと私の関係は家庭教師と生徒。錬金術の勉強をしてから、こうやって一緒に遊ぶ。そういう関係なのですわ。因みに、アルケミナとフゥはこの街で出会ったのですわ」

「ああ。僕が試練の塔でステラさんたちと戦っていた間に出会ったんですね」

 ようやく納得したクルスの前で、カリンが目を伏せる。

「それはそうと、ティンクに改めて感謝を伝えなければなりませんわ。このままフゥと会わない方がいいと考えていた私の背中を、ティンクが押してくれたのですわ。その結果、私はフゥの家庭教師兼遊び相手としていっしょにいられるようになった……」


「お姉ちゃん。何、話してるんだ? あの子と遊んでいいか。早く教えてよ」

「そうでしたわね。クルス。遊ぶ暇はあるかしら?」

 目を開けたカリンがクルスに尋ねる。一瞬、迷うクルスは、視線を隣の幼女に向けた。

「先生、どうしますか?」

「もちろん、そんな時間はない。早く宿題を片付けなければならないから」


 アルケミナが淡々と答えると、フゥは肩を落とした。


「残念だなぁ。でも、また今度会ったら、その時遊べばいいや。じゃあな!」


 悲しそうな顔から一転して笑顔になったフゥが右手を大きく振る。そのままカリンと手を繋いだフゥは、あの日出会った女の子から離れていった。


 

 

 それから、一時間後、アルケミナとクルスはシルフにあるフェジアール機関の研究施設に顔を出した。人目に触れることなく施設内にふたりを入れたルス・グースが、アルケミナたちの背後で尋ねる。


「ところで、ちゃんと必要な素材は手に入ったのですか?」

「もちろん。あとは……」

 振り返ることなくルスからの問に答えたアルケミナが、目の前に見えた扉を開ける。そうして、中に入ると、テルアカ・ノートンが机の上に置かれた石板と顔を合わせていた。その右手には、白いチョークが握ってある。


「テルアカ。後は何をすればいい?」


 そう幼女に尋ねられたテルアカが顔を上げた。


「ああ。もうそんな時間ですか? とりあえず、必要な素材を机の上に並べてください。二十分以内に終わらせます。クルスも手伝ってください」


「了解です」とクルス・ホームが明るく答える。


 明日に控えたEMETHシステム解除作戦の要となる術式の開発は、その研究室で人知れず行われた。

 その様子を、ルス・グースは優しく見守っていた。


 


 


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