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第177話 ふたりの娘

 アソッド・パルキルスはどこか懐かしい居間の中で、目をパチクリと動かした。目の前にある木の椅子に腰かけた恰幅の良い黒髪パーマの女が、紅茶を飲んでいる。

 その姿をジッと見つめていたアソッドの右隣に並ぶ姉のアビゲイルが、一歩を踏み出す。


「えっと、お母さん。ただいま!」

 その声に反応を示した母のチェイニーが、ソーサーの上にティーカップを置き、顔を上げる。


「あら、アビゲイル。いつの間に帰ってきたの?」と驚き顔のチェイニーに対して、アビゲイルが首を縦に動かす。

「少し驚かせたみたいね。ついさっき帰ってきたんだよ」

「そう。気がつかなかったわ」

 椅子から立ち上がったチェイニーが微笑む。その一方で、アソッドがアビゲイルの耳元で囁く。

「ねぇ、アビゲイル。この人が私のお母さんなんだよね?」

「なに言ってるの? そうに決まってるでしょ?」

「まだ顔を思い出せてないから、信じられなくて……」


 ひそひそ話を始めるふたりを、チェイニーは不思議そうな表情で見つめていた。


「相変わらずの仲良し姉妹ね。アソッド。あなたの元気そうな顔が見られて、嬉しいわ」


 その一言は、ふたりに衝撃を与える。その優しい声は、ここにいるのが実の娘であると疑っていない。アビゲイルの中で、娘だと母に信じてもらえないという不安が消えていく。

 一方で、アソッドは思いがけない言葉に目を丸くした。


「えっ、お母さん……」と戸惑うアソッドと顔を合わせたチェイニーが首を傾げる。

「何、その反応? 何か、変なこと、言ったかしら?」

「ううん。違うよ。久しぶりに会えて、嬉しくなったから」

「そうね。見ない間に少しだけ大きくなったように見える。本当の娘の成長は、いくつになっても嬉しいものよ」


 その母の声は、ふたりに希望を与える。チェイニーは間違いなく、ここにいるのが血の繋がった姉妹だと認識している。そう感じたアビゲイルの瞳から涙が落ちる。

 アソッドから隣のアビゲイルに視線を向けたチェイニーが戸惑い、彼女の右肩を優しく叩く。


「ちょっと、アビゲイル。大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「それならいいんだけど、ミラはどこ? 一緒に旅に出たのよね?」


 チェイニーが首を左右に振ると、アビゲイルが真剣な顔で頷く。


「ミラは家族に会いに行ったわ。こっちに帰ってくるのかどうかは、分からない」

「そう。良かったわ。今頃、ミラも私たちみたいに家族の再会を喜んでいるのね。それはいいことだわ」


 ほっと胸を撫でおろしたチェイニーの体を、アビゲイルが前から抱きしめる。少し遅れたアソッドが、、チェイニーの背後に回り込み、母親の背中に手を回す。


 突然の娘たちの抱擁に、チェイニーの表情が緩む。この瞬間、彼女たちに家族の時間がゆっくりと動き出した。



 一方その頃、ミラ・ステファーニアが緑の丘の上で息を整えた。三つ編みに結った後ろ髪が、風で揺れると、その右隣にヘルメス族の少女が申し訳なさそうな顔で並ぶ。


「ミラちゃん。これで会うのは最後になるだろうから、一言だけ謝らせて」


 突然に頭を下げたルルに対して、ミラが首を傾げる。


「えっ、最後ってどういう意味?」

「一般常識的に、私の顔なんて二度と見たくないでしょう? 私はあなたから大切なモノを奪ってきた。ミラちゃんに家族に遭わせたら、私はあなたの前から姿を消すつもり」

「確かにそうだけど、あなたってホントは悪い人じゃないんだよね? 負けたら、アビゲイルの戦うチカラを返してくれたし、こうして、二度と会えないと思ってた家族に遭わせようとしてくれた。ホントの悪い人なら、そんなことしないよね?」


 思いがけない発言に、ルルが目を丸くした。その痕で、巨乳のヘルメス族少女が、息を吐き出し、両手を合わせた。


「ごめんなさい。色欲の槌回収任務完了後に、ミラちゃんを家族の元へ返そうと思ったけれど、私は広いこの世界からあなたを見つけることができなかった。だから、ミラちゃんの帰るべき場所を守ろうと思ったの」


「それって、どういうこと?」とミラが尋ねると、ルルが目を伏せる。


「この村に避難してから、数日後、ミラちゃんを演じていた私は、旅に出るって言って、家から出たんだよ。時々、近況報告として写真付きの手紙を自宅に送ってね。あっ、もちろん、写真はアルケア各地でミラちゃんに変装した私の姿を映したヤツだよ。そう。全ては、この世界のどこかにいるミラちゃんと自然に入れ替わるために。どこかにいるミラちゃんと再会できたら、役を返して、家族の元へ送り届けるつもりだった。もちろん、殺される覚悟はできていた。ということで、ミラちゃん。三年ぶりに自宅に帰ってきた娘を演じて!」


 右目を開けたルルの前で、ミラがキョトンとした表情になる。

 それから、ルルが両手を叩く。


「さあ、休憩終了。この丘を登ったら、目の前に赤い屋根の一軒家が見えてくるわ。あそこにミラちゃんの家族が住んでるの。さあ、道案内はここまで。さっきも言ったように、私はヘルメス村に帰るから」


 大きな胸を持つルル・メディーラが優しく微笑む。そんなふたりの後ろから、一人の女が声をかけた。


「ミラ、帰ってくるなら連絡しなさい!」


 背後から懐かしい声を聴いたミラが振り返る。その視線の先には、薬草が摘まれたカゴを持った茶髪の女が佇んでいた。どこかミラと似ている雰囲気の女の前で、ミラが笑顔になる。


「お母さん。ただいま」


 やっと母に会えた。その嬉しい気持ちは、ミラの心を温かく満たしていく。一方で、ミラの母は娘の隣に並ぶ少女に視線を向ける。


「あら、ミラ。隣にいるのは誰かしら?」

 そんな疑問が飛び出すと、ルルが体を半回転させ、姿を晒す。

「ルル・メディーラです」と名を明かしたヘルメス族の少女を、ミラの母が不思議そうな顔で見つめる。

「初めて会ったような気がしないのだけれど、ミラ、珍しいわね。あなたが旅の仲間を連れてくるなんて。まあ、いいわ。早く家に入りなさい!」


「えっ」とルルが声を揃えて、目を丸くする。こうして、ルルは帰るタイミングを失い、ミラの自宅へと招かれた。


 

 玄関から奥へと進んだ先にある居間に、ふたりが顔を出した。最初に部屋に戻ったミラの母が、木目調の床の上の茶色い木の机の前に立つ。


「何してるの? 適当に座りなさい。お菓子の買い置きがないから、美味しいお茶くらいしか出せないけど、大丈夫かしら?」


 ポカンとしたミラの隣に並ぶヘルメス族の少女に、ミラの母が向ける。それに対して、ルルが優しい表情で頷いた。


「いいえ。お構いなく」

 会釈したルルがミラの母と向き合うように、机を挟み椅子に腰かける。そんな彼女の隣にミラが座ると、彼女の母が微笑む。


「ふふっ。ミラがヘルメス族の子を連れてくるとは思わなかったわ。すごく楽しい旅だったっぽいね。時々、ウチに届く手紙、楽しみにしてたわ」

「はい」と短く答えたミラは心の中で苦笑いを浮かべた。手紙を送っていたのは、隣にいるヘルメス族の少女、ルルであることを、彼女の母は知らない。

 それから、ミラの母が、娘の隣にいるヘルメス族の少女の姿を、ボーっと見つめる。視線を感じ取ったルルは、訳も分からず首を傾げてみせた。

「……何ですか?」

「ああ、ごめんなさい。ルルの顔見てたら、なぜか懐かしい感じがして……おかしい。初めて会ったはずなのに、もうひとりの娘のようにみえる。三年くらい一緒に暮らしてたような気がするの」

「……そう」

 不思議な気持ちを抱えたミラの母から、ルルは目を反らした。


「だから、ルル。またミラと一緒にウチへ遊びに来なさい。あなたのこと、ホントの娘みたいにかわいがってあげる。ミラと私の三人でいろんなところへ遊びに行きたい!」


 予想外な言葉は、ルルの冷たい心を熱くする。やがて、ルル・メディーラの瞳に一筋の涙が浮かんだ。突然のことにミラの母が慌てて席から立ち上がり、両手を左右に振る。


「ルル。私、何か変なこと言った?」

「違うわ。こんな優しい言葉が聞けるとは思わなかったから……」

「そう。じゃあ、ミラ。私はお茶を準備してくるから、テレビ観て寛いでて。その後で、旅の思い出とか、どこでルルと出会ったのかとか、いろいろ聞いちゃうから♪」

 かわいらしくウインクしたミラの母が、調理場へ向かい歩き出す。そんな母の後姿を見送ったミラは、深くため息を吐き出し、机の上にあったリモコンに手を伸ばす。


 そうして、左方に置かれたテレビのスイッチを押すと、ちょうどよくニュース番組が始まった。




「ここで速報が入ってきました。先ほど、フェジアール機関が、不具合を起こしているEMETHシステムを二日後に解除すると発表しました。錬金術を凌駕する異能力を人々与えるEMETHシステムの実証実験に参加した十万人の人々は、システム解除後に、元の姿を取り戻します。尚、具体的な時間は午前中としか発表されておらず……」



 

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