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第176話 安否

 見渡す限りの瓦礫の山。そこに豪華な城の廊下の面影は残されていなかった。

 そこに辿り着いたポニーテールの少女が、呆然とした表情でその場に立ち尽くす。


「そんな。師匠」


 顔面蒼白のマリアは体を小刻みに震わせた。轟音を耳にして、イヤな予感が彼女の頭を過ってから十分が経過しても尚、熱せられた空気は残り続ける。


 絶望に染まりつつある体をゆっくりと動かし、瓦礫の山へとマリアが進む。その直後、彼女の目の前に見えた瓦礫が崩れ、一人の青年が顔を姿を現した。


「ふぅ。なんとか脱出できたわい」と口にするブラフマの体には、軽い火傷の痕が残る。そんな彼と顔を合わせたマリアが首を傾げる。


「ブラフマ。師匠は?」

「おぬし、テルアカの助手のマリアか? 悪いが、わしには分からん」

 ブラフマの答えはマリアの顔を絶望の色に染める。

「師匠。返事して。師匠!」と叫んでも、声が響くだけで何も変わらない。

「落ち着くんじゃ。この場からはテルアカの気配が感じ取れん。考えたくはないが、あの瓦礫に埋もれて亡くなっているか。あるいは……」

 瞳を閉じたブラフマがマリアの右肩を優しく叩く。

「それって、どこかで生きてるかもしれないってこと?」

 涙を浮かべたマリアが、ブラフマの顔を見る。

「その可能性もあり得るということじゃ。何ならこの場で生成して確かめてみてもいいんじゃよ。わしなら災害救助用の機械をすぐに生成できるんじゃ」


 そう口にしたブラフマが、その場でしゃがみ、右手で床に触れる。その瞬間、地面の上に黒い立方体が召喚された。それを右手で持ち上げ、上下左右に動かすが、何も起きない。



「うむ。そうじゃな。どうやら、生体や遺体の反応がないようじゃ。つまり、テルアカはどこかで生きているようじゃという、わしの考察は正しかったようじゃな」

 自信の顎を左手で掴んだブラフマが頷く。その隣でマリアが大粒の涙を流し、崩れ落ちた。




 一方で、城の西側の廊下の上でラス・グースが目を覚ました。うつ伏せの状態から体を起こしたラスが瞳を閉じ、深く息を吐き出す。


「はあ。こういう使い方は想定していないんですよ? 人体に何か影響があったら、どうするつもりだったんですか?」


 そう口にしたラスの目の前で、黒い気体が噴き出す。それはラスから数メートル離れた位置に集まり、テルアカ・ノートンの姿に変化していった。


「爆発の直前に、ラスが配置した暗黒空間が目に飛び込んできたから、脱出に利用させてもらいました。体を物質に変化させられたら、この通り、無傷です」


 両手を前に伸ばし、曲げた動きで体の状態をアピールしたテルアカに対し、ラスが呆れた顔になる。


「僕が目を覚まさなかったら、どうなっていたと思います? 一生、暗い空間に閉じ込められていたかもしれないんですよ」


「信じていたんです。助手のラスなら私を助けてくれるって。こんなところで命を落とす助手は、私の助手として相応しくありません……」


 テルアカが語尾で締めくくろうとした直後、前方で大きな気配が動いた。大きな影は勢いよくラスに突進していく。そこに現れたのは、筋肉質の大男、ティンク・トゥラ。


「おい。不意打ちの兄ちゃん。これがファブルの分だ!」


 近くにテルアカがいることに目をくれないティンクが、怒りの一撃をラスにぶつける。それが当たる直前に、ラスはティンクの前から姿を消し、彼の背後に飛んだ。



「遅かったですね。もう聖戦は終わりましたよ? アソッド陣営がルスお姉様に勝利し、この世界は平穏を取り戻しました。だから、もう戦う理由はありません」


 ティンクの背後でラスが微笑む。大きな体を半回転させ、ラスと向き合ったティンクが拳を握りしめた。


「お前、俺を騙すつもりだな。許さねぇ! ここで会ったら十年目だ!」


 話を全く聞かないティンクと向き合ったラスがため息を吐き出す。


「それを言うなら、ここで会ったら百年目。これからルスお姉様に会いに行くつもりでしたが、仕方ありませんね。気が済むまでお付き合いしますよ。周りのことを気にすることなく、戦える広い場所に行きましょう」


「ああ。そうだな。ここは狭すぎる」

 納得したティンクが腕を組む。一方でラスはテルアカに寄り、彼の耳元で囁いた。


「生きていること。早くマリアに伝えた方がいいですよ?」


 かわいらしくウインクしたラスと顔を合わせたテルアカが仮面の下で目を点にする。

 そのまま、右肩に手を触れさせ、テルアカの体を飛ばすと、今度はティンクの傍に寄る。

 大男の腹に手を触れさせたラスは、ティンクと共に姿を消した。






 まるで子どものように泣きじゃくるポニーテールの少女は、瓦礫の山の前で立ち尽くした。


「ううぅ。師匠。どこにいるの? 師匠」


 そんな彼女の傍でブラフマが思考を巡らせる。だが、どこかに逃げたことは分かっても、どこにいるのかまでは分からない。そんな中、涙で潤む彼女の瞳に、テルアカ・ノートンの姿が映った。


 前触れもなく現れた大切な人を目にしたマリアが涙を右手の指先で拭う。


「師匠。夢じゃないよね? 会いたかった」


 勢いよく前へと駆け出したマリアが両手を広げ、テルアカに抱き着く。


「詳しいことは後で話しますが、ラスが助けてくれました。優秀な助手を持った私は幸せ者……ぐあっ」

 語尾で締めくくろうとした声は、テルアカの悲鳴で遮られる。いつの間にかテルアカから手を離したマリアが、彼の腹を殴る。


「師匠のバカ。姉弟子より私の方が優秀なんだから!」

「突然の襲撃、痛いですね。ともかく、話は最後まで聞くものですよ。マリアもラスと同じくらい優秀です」

「同じじゃダメ。それ以上になりたい! 姉弟子よりもスゴイ研究して、師匠に認めてもらうんだから、覚悟しなさい」


 宣言したマリアがテルアカの腹を軽く殴り続ける。その様子を見せつけられたブラフマがため息を吐き出す。



「相変わらず、仲が良いみたいじゃな。それで、おぬし、これからどうするつもりじゃ?」

「そうですね。これからは禊の旅でも始めましょうか。行先は、ムクトラッシュがいいでしょう。あの街に住んでいたふたりの少女の存在を消し去った罪を償いに行きます」

「だったら、私も一緒に!」

 頬を赤く染めたマリアがテルアカの右腕に抱き着く。だが、テルアカは静かに首を左右に振った。

「それはいけません。これ以上、マリアを巻き込むわけにはいきませんから。私の研究施設で待っていてください。これは私の罰です」

「昨日も言ったでしょ? 私は師匠と一緒に罪を償うって。だから、お願い。一緒に行かせて!」

 真剣な表情で訴えるマリアと顔を合わせたテルアカが目を伏せる。

「仕方ありませんね。一緒に行きましょう」

 その答えを待っていたかのように、マリアの表情が明るくなる。


 一方で、ブラフマは首を傾げながら、テルアカに視線を向けた。


「旅に出るのは、まだ早いと思うぞい。あのシステムの対象者を元の姿に戻してからでも遅くないはずじゃ。その方法はアルケミナの口から聞けばよかろう」


 ブラフマの話に耳を貸したテルアカが頷く。


「そうですね。どうやら、先を急ぎ過ぎたようです。旅は準備を整えてからにします」

 仮面の下で頬を緩めたテルアカが、瓦礫の間を踏みつけ、歩き出す。そんな彼の後姿を、マリアは慌てて追いかけた。

「待って。師匠。クルスくんに会って、鼻の下伸ばしたら、許さないからね」

「残念ながら、私は同性に恋する特殊な性癖を持ち合わせていないのですよ」

 隣に並んだマリアの声に、テルアカが眉を潜める。

「まあ、実際に会ったら、分かるから。早く行こうよ」

 マリアがイタズラに笑う。距離感が近いふたりの後ろを、ブラフマが付いていった。


 


 

 

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