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第175話 最後の決断

 王室の中で聖人、ルス・グースの右隣に姿を現した白いふたつの影。

 一方は、白いローブに身を纏ったヘルメス族の少女。白髪の後ろ髪を肩の高さまで伸ばし、前髪の毛先は平行になるように整えられている。そんな特徴の彼女は、笑顔で両膝を曲げ、隣のルスの頭を白い手袋を嵌めたままの状態で撫でた。

「ルス。偉いね。自ら負けを認めるなんて」

「リズ。子ども扱いはやめてほしいのです」


 もう一方の少女は、青いメイド服を着ている。青く短い髪を持つ彼女は、細長いもみあげを揺らしながら、クルス・ホームの元へと足を進めた。


「まさか、あのラスちゃんを追い詰めるとは思わなかったです」

 そう語るステラ・ミカエルを前にして、クルス・ホームは目をパチクリと動かした。

「えっと、ステラさん。どうして、ここに?」

格闘の師匠にクルスが問いかけると、明るい顔を上げたリズが大きな胸を持つ初対面の少女に視線を合わせ、右手を差し出す。


「あっ、そういえば、初めまして……だっけ? プリズムぺストール・エメラルド。少し長いから気軽にリズって呼んでいいよ」

「えっと、リズさん。どうしてここに?」

 エメラルドという名字が引っ掛かると感じながらも、クルスはリズに問いかける。

「聖戦が終結したら、ルスに会いに行くって決めてたからね。それにしても、こんな結果になるなんて、思わなかったよ」

「そうなのです。エルメラに封印されていた悪の化身を、私は完全に支配できなかったのです。未熟な私には、この世界を正しい方向へ導く資格がないのです。よって、この世界はアソッドたちの手によって救われたのです。おめでとうなのです」


 ルスが優しく微笑むと、アビゲイルとアルカナを捕えていた光の檻が消失した。

 その後で、リズは楽しそうな表情で、アソッドの元へと足を進める。


「アソッド。その本、ちょっとだけ見せて!」

 彼女が右手で持っていた本に注目したリズの姿に、アルカナが目を点にする。

「リズちゃん。あなた、もしかして……」

「そうだよ。それって、私のご先祖様が残した幻の錬金術書がいっぱい書いてあるんでしょ?」

 透明な青い瞳を輝かせたリズの目の前で、アソッドが手にしていた本が一瞬で消える。同時に神々しいオーラを放つローブも消えていった。


「ちょっと。どうして、なくなってるの? ルスちゃん、なんとかして!」

 慌てたリズが後ろのルスに視線を合わせた。頼みこむように両手を合わせたリズと顔を合わせたルスが、首を左右に振る。

「それはできないのです」

「そんなぁ。じゃあ、ルスちゃん。覚醒したアソッドが使った術式、今すぐこの紙に記して。聖人七大異能の一つ、完全学習を使えば、簡単にできるんだよね?」

 グイグイとルスとの距離を詰めたリズが左手の薬指を叩き、白い紙を召喚する。それが差し出されても、ルスは首を縦に振らない。

「残念ながら、アソッドが使った術式の錬金術書は、既に大図書館に所蔵されているものだったのです。少なくとも、ヘルメス・エメラルドが残した幻の術式は今回の戦いでは使用していなかったのですよ」

「そんなぁ」と落胆したリズが頭を両手で抱えると、ふたりの会話を聞いていたクルスが目を点にした。

「リズさんって、ホントにあのヘルメス・エメラルドの一族なんですか?」

「初めて会った時、同じことを思った」

 クルスの隣に並んだアルケミナが助手の指摘に同意を示す。

「ああ見えて、エルメラ守護団序列三位です。因みに、私は一度もリズに勝ったことがないです。いつか、この手でリズを倒したいものです」

 決意を口にしたステラを他所に、リズがいつもの明るさを取り戻す。その明るい視線の先には、悪の化身が封印された鏡が落ちていた。


「まあ、いいや。ここにちょうどいいオモチャが落ちてるし、修羅の門の中で遊んであげる」

「リズ。遊びはそれを神主様に送り届けてからにしてほしいのです」

「そうです。この場でアレを発動するのだけはやめてほしいです」

 ルスに続いてステラが両手を合わせる・それに対して、リズは溜息を吐き出した。

「この前拾ってきた小猫ちゃんは、三日で壊れちゃったからね。エルメラに封印されてた悪の化身相手なら十年くらい楽しめると思ったんだけどなぁ。このまま、エルメラの中へ再封印かぁ」

 再びリズが落胆すると、ステラはクルスに受けて語り掛けた。

「それにしても、あの凡人がラスに勝った時は、体が震えたです」

「体が震えた……ですか?」

 まるで見ていたかのようなステラの口ぶりに、クルスが首を傾げる。

「そうです。エルメラ守護団のみんながヘルメス村の神殿に集まって、聖戦を観測してたです。まるで、スポーツ観戦でもしているかのように」

 ステラの口から明かされた事実に、クルスは衝撃を受けた。

「ステラさん。僕たちが命がけで戦ってたのに、そんなことしてたんですか?」

「そうです。場外乱闘もあって、楽しかったです。まあ、ヘルメス族を含む一部の種族は、この世界がどうなろうが、生存確定は決定事項です。もちろん、エルメラ守護団に所属する私も同じです。これで、彼らは対岸の火事という異国のことわざが理解できたはずです。聖戦の果てに訪れる厄災は、自分たちには関係ないので、痛くも痒くもないです」

 頬を緩め笑うメイド服姿の少女の前で、クルスは目を丸くした。

「傍観者ですね」と口にするクルス・ホームの前でステラが優しく微笑む。

「頑張ったのですね。ラスちゃんを足止めできればいいと思っていたのですが、まさか撃破するとは……はっきり言って、想定外です。私が教えた高位錬金術も上手く使えていましたし、今までで一番いい動きでした」

 予想外なステラの言葉に、クルスの頭にクエスチョンマークが浮かび上がる。

「ステラさん?」

「ステラ。やっぱり、格闘技の弟子にねぎらいの言葉伝えるために、ついてきたんだ。私がルスに会いに行ってくるって言ったら、真っ先に手を上げたからさ。おかしいと思ってた」


 いつの間にか、ステラの右隣に並んだリズがニヤニヤと笑う。その隣で、ステラは顔を赤くして、目を伏せた。

「うるさいです。リズ。言いたいことは全て言ったので、ヘルメス村へ戻るです」

「了解ってことで、みんな、またね♪」

 右目でウインクをしたリズがステラの右肩を掴み、アルケミナたちの前から姿を消す。

 

 まるで嵐のようにふたりの少女が去った後で、アソッド・パルキルスがルスの元へ歩み寄る。


「あの、ルスさん。私から奪ったものを全て返してください」


 ルスの前に立ったアソッドが両膝を曲げ、視線を幼女に合わせる。それに対して、ルスは首を傾げた。


「ホントにそれでいいのですか? その能力があれば、触れるだけで多くの人々を救うことができるのですよ。それだけではなく、神の加護を受けられるので、体を傷つけない安全な毎日を過ごすことができるのです」


「いいえ。その能力よりも私は家族や友達との思い出を大切にしたいんです。だから、まずはムクトラッシュのみんなが私のことを思い出せるようにして……」


「ちょっと、待ちなさい。私もお母さんから忘れられているんだから。お願い。私から奪った家族の絆を返してよ!」


 慌てたアビゲイルが妹の右隣に並ぶ。ふたり揃った姉妹に視線を向けたルスが、右手の薬指を立て、空気を叩き、「それが答えなのですね」と呟く。

 幼女の呟指先から真っ赤な正方形の石板が飛び出すと、そこに刻まれた文字を指でなぞる。

 それと同時に、石板は粉々に崩れていった。


「これで術式は解除されたのです。ただ、一度に全ての記憶を思い出させると、脳に負担がかかりすぎるので、人々は少しずつアソッドとアビゲイルのことを思い出すのです」


 ルスの言葉を耳にした姉は、大粒の涙を流し、隣にいる妹の体を抱きしめた。


「良かったわ。これで家族に戻れる」

「良かったね。アビゲイル」


 抱擁する姉妹を見つめていたアルカナの瞳に涙が光る。

 ルスが、ゆっくりと世界から忘れられた姉妹の元へと足を運ぶ。


「さあ、帰る時間なのです」と優しく微笑んだルスが、ふたりの腰に手を当てる。その瞬間、ふたりの姿がアルケミナたちの前から一瞬で消えた。


 戻るべき場所へと戻ったふたりを見送った後で、相変わらずな無表情のアルケミナが、静かな足取りでルスに近づく。


「ルス。私の頼みも聞いてもらう」


「何なのですか?」と顔を上げたルスが首を傾げる。それから、アルケミナは、ルスとの距離を近づけ、小さな彼女に目線を合わせるため、両膝を曲げた。





 

 


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