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第172話 世界の破壊者

「アソッドとの直接対決が始まると思ったら、仲間が駆けつけるとは思わなかったのですよ。しかも、あの創造の槌に選ばれたアルケミナ・エリクシナが一番乗りとは……」


 城内の中央に位置する王室の中で、ルス・グースはアソッドの右隣に並ぶ銀髪の幼女に視線を向けた。それに対して、無表情の白衣姿の幼女、アルケミナ・エリクシナが左手の薬指を立てる。


「ルス・グース。私はあなたを許さない」

「初めて会った時にも言ったけれど、許してほしいとは思わないのです。なぜなら、私は正しいことをしているのですから」

「あなたは間違っている」

「はぁ、こんな小さな女の子だからって手加減はしないのです。錬金術を凌駕するような異能力を人々に与えた罪を償わせてあげるのです」

 そう告げたルスが右手の薬指を立て、素早く空気を叩く。指先から黒いオーラを纏う茶色いクマのぬいぐるみが召喚されると、それを子どもらしい無邪気な顔で抱きしめる。

 その瞬間、ルスの小さな体を黒いオーラが包み込んだ。禍々しい黒い気体をヘルメス族の幼女が吸い込む。

 やがて、ルスの周りを隠すように黒い気体が発生。その中で幼女の体が少女の体へと変化していく。

 平だった胸が膨らみ、少女のシルエットが黒煙の中で揺れる。数秒で気体が空気に溶け、白いローブに身を包むヘルメス族の少女が顔を出した。

 身長はアソッドと同程度。髪型は白のショートボブ。真の姿を現したルス・グースが頬を緩める。


「これが本当の私なのです。小さな子どもの姿でも完封できそうなのですが、悪の化身と融合したら、元の姿に戻ってしまうのです」

 楽しそうに笑うルスが左手の薬指で宙に生成陣を記す。それを左手の人差し指で触れると、小規模な爆発が発生し、オレンジの熱風が空気を熱くする。


「ムクトラッシュの地下研究施設を爆破させたあの能力なのです。この姿でも能力は使えるようなのですね」

「なるほど。やっぱり、あの爆破はあなたの仕業だった」と呟くアルケミナの隣でアソッドが右手を強く握った。

「この人が私の故郷の人たちを危険に晒したんだ。許せない」

「その時が来れば、術式を解除して、アソッドとアビゲイルに関する記憶を思い出せようとしていたのに、勝手に解除しようと動いたから爆破したのです。死傷者が出ないように爆破の威力も調整しましたし、思い出されたら困るのです。流れるのは、フェジアール機関の五大錬金術師の汚れた血だけでいいのです。私は間違ったことはしていないのです」


 反省の態度を示さないルスが肩をくすめる。


「許せない」と呟くアルケミナが左手の薬指を動かし、宙に生成陣を記す。一瞬で空気中の水分が指先に集まり、水の球体が指先に浮かぶと、彼女はそれを指で弾いた。

 一歩も動かず、前に飛んでくる水の球体を認識したルス・グースが瞳を青く輝かせる。


「時空を超えた先にあるのは、漆黒の世界。熱々の風呂に青い薔薇を添えて……」


 左手の薬指を立てたルスが早口で術式を唱える。それと同時に、ルスに迫っていた水の球体が見えない何かに吸い込まれ消えた。理解不能な現象を目の当たりにしたアソッドが目を見開く。


「何……これ?」

「……聖人七大異能の一つ。完全学習。一度見た術式や現象を錬金術で再現する」

 アルケミナの考察にルスが頷く。

「正解なのです。錬金術の延長線上に、絶対的能力でできることがあるとテルアカから聞いたのです。全ての事象は錬金術で再現可能という錬金術の基礎を元に、ラスの異能力を再現してみたのです。この世にある全ての素材が手元にある私は、この世の全ての事象を錬金術で再現できるのです」

「その能力は、この世界をよくするために使うべき」

「本気を出せば、この世界の全ての錬金術研究を終わらせることもできますが、それではつまらないのです。その欲深い独りよがりな研究は身を亡ぼすのです。さて、次は……」


 不適な笑みを浮かべたルスが右手の薬指を立て、空気を叩く。そうして緑の液体で満たされたフラスコを召喚し、宙に浮かせる。それを見たアルケミナは左手の薬指を立てながら、素早く体を前に飛ばした。

 だが、銀髪の幼女が最初の紋章を宙に記すよりも先に、目を輝かせたルスが生成陣を記す。


「翡翠の洞窟を抜けた先。そこから空を見上げた人々は、いつも笑っている。怒りは忘却の彼方へ消えていく」


 ルスの左手薬指の先端に炎が宿ると、それを右に浮かぶフラスコに近づける。フラスコの液体が沸騰し、翡翠色の気体が発生し、空気に溶けていく。それを目にしたアルケミナが自身の顎を右手で摑んだ。


「なるほど。ルクリティアルの森で獣人の女が使っていた能力。怒りや敵意を向けた者の行動を停止させる」


「そうなのですよ。これはメランコリアの能力、絶対領域なのです。あのフラスコの液体が気化すれば、この王室を支配することができるのです。この場で私に敵意を向けている者たちは動けなくなるのです。まあ、神の加護を受けているアソッドや感情が読めないアルケミナには無効のようですが、援軍に刺さればそれでいいのです。さあ、無駄な戦いを終わりにするのです。聖人七大異能の一つ、高速筆記を使えば、一瞬で生成陣を記し、錬金術を発動させることができるのですよ。高位錬金術師が最初の紋章を宙に記す頃には、もう術式が発動しているのです。錬金術で対応しようとしても、必ず遅れを取ってしまうのです」


「……それでも私はあなたを倒して、この世界を救う」

 密に闘志を燃やすアルケミナをルスが鼻で笑う。

「何をしても無駄なのです。圧倒的不利だということが理解できないようなのですね。さて、そろそろ時間のようなのです」

 そう口にしたルス・グースが瞳を閉じる。首を傾げたアソッドの背後で扉が開き、二つの影が王室に入り込んだ。


 その内の一つが長刀を振るいながら、前へと飛び出す。


「ルス。全部返してもらうわ!」


 間合いを詰めた黒髪の女剣士が、長い後ろ髪を揺らす。

「その声はアビゲイル・パルキルスなのですね。美味しい紅茶を最期に飲ませたかったのです」


 ルスが瞳を開け、剣を頭上に振り下ろそうとするアビゲイルの姿を認識する。その直後、アビゲイルの身に異変が起きた。まるで、体が硬直したかのように動かなくなる。

 指先すら動かせない不思議な現象を目の当たりにした援軍の彼女、アルカナ・クレナーが目をパチクリと動かしながら、アルケミナの傍に寄る。

「ウソ。何これ?」

「簡単に説明すると、ルスが発動した錬金術の効果。ルスに怒りや敵意を向けた者は動けなくなる」

 幼女の説明に耳を貸したアルカナは唖然とした表情を浮かべた。

「何よ。それ。ズルくない?」

「この状況を打破する方法ならあるが……」

「それを許すわけがないのです」

 アルケミナの声を遮ったルスが無表情の幼女の眼前に体を飛ばす。その場にしゃがみ込んだルスが左手の薬指で真っ赤な絨毯をなぞると、アルケミナの真下に白く光る生成陣が浮かび上がった。そこから光の拘束具が四本伸び、彼女の両手首と両足首に巻き付く。

 同じように、アルカナが立つ床の上にも同じ生成陣が浮かび、その体を拘束した。だが、アルカナの四肢を狙う拘束具は、見えない何かで弾かれてしまう。


 それを見たルスがため息を吐き出す。


「これは想定外な結果なのです。でも、いいことを知ることができましたので、よしとするのです」

 


 地面に釘付けにされた無様なふたりの姿をルス・グースが嘲笑った。


「あなたの考えていることは、未来を見なくても手に取るようにわかるのです。創造の槌を使い、私が支配した空気から絶対領域の成分を消失させようとしているのでしょう? でも、それはできないのです。罪人を処刑するために生成されたその拘束具を外さない限り、錬金術は使えませんし、槌を召喚することもできないのです」


「くっ」と唇を噛んだアルカナが両隣を挟むように並び、身動きの取れないふたりに視線を向ける。そんな彼女に対して、ルスは首を左右に振った。


「無駄なのです。私に敵意を向けた時点であなたは動けなくなるのです。アルケミナのように心を殺したら、行動可能なのですが、あの拘束具は私にしか外せないのです。さて、まずはあの子から始末してあげるのです」


 ルスがアルカナの前から姿を消し、動けないアビゲイルの前に体を飛ばす。その指先には光る弾が浮かんでいた。


「まさか……」とアソッドが目を見開く。ルス・グースが言っていた未来がもうすぐ訪れる。

 目の前で大切な姉が殺される最悪な未来。恐怖が心を支配する中で、アソッド・パルキルスは「やめて!」と叫びながら、やっと会えた姉の元へ駆け寄った。



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