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第171話 平行線のふたり

 アゼルパイン城の廊下を白いローブを着た集団が埋め尽くす。数百人規模の兵士たちは、前方にいる三人の侵入者の方へと進軍した。

 そんな彼らと相対するように、背中に虹色の蝶の羽を生やした茶髪ショートカットの錬金術師と黒髪ロングの女剣士が並び立つ。


「ふーん。まだいたんだ」と呟く錬金術師、アルカナ・クレナーが呟く。その右隣で鎧姿の女剣士、アビゲイル・パルキルスが刀の束を強く握りしめた。


「頑張ってください。この角を曲がれば、王室に辿り着けます!」

 アルカナとアビゲイルの背後で、後ろ髪をポニーテールで結ったマリアが呼びかけ、ふたりを励ます。

 それから彼女は両手を広げ、ふたりの背に手を触れさせた。


「はい。ダメージ・キャンセル。これで少しは頑張れる……」とマリアがふたりと顔を合わせることなく言葉を口にする。その直後、地面が小刻みに震えだした。遠くで轟音が響き、一瞬で空気が熱くなる。


 その瞬間、マリアの胸がざわめいた。健康そうな肌色が青く染まり、頭の上にはテルアカの姿が浮かび上がる。


 作戦通りなら、音がした方にテルアカがいる。もしも、あの音が爆発によるモノだとしたら……


 イヤな予感で脳が埋め尽くされたマリアは、首を縦に動かし、ふたりの背中を追い越した。


「ごめんなさい。道案内はここまでです! この兵士たちを倒して、右に曲がった先にある扉を開ければ、王室に入れます」


 全速力で兵士たちの間をすり抜けるように駆け出すマリアが、大声で伝える。だが、兵士たちは勝手な行動を許さない。通り過ぎていく彼女に彼らは剣先を向け、襲い掛かる。


 必死に走るマリアの後ろ髪を追い風が揺らす。周りの剣士たちの体が風に煽られ、体勢を崩す。


「ふぅ。マリアちゃん。よく分からないけど、いきなさい。道は私が作るわ」


 遠く離れたマリアに声をかけたアルカナが左手の薬指を真っすぐ伸ばす。その指先には風が集まっていた。


 全力で足を動かすマリアがメッセージを受け取り、頷く。そうして、一分ほどで兵士たちが占拠した廊下を抜けると、彼女の目の前に次々と倒れていくもう一つの集団が飛び込んできた。彼らは東門から攻めてきた侵入者を拒む兵士たち。何が起きているのだろうかと考える頭をマリアが左右に振る。


 それと同時に前方から銀髪の幼女が飛び出した。その幼女は前方で佇むマリアを気にすることなく、王室へ向かい、一歩ずつ進んだ。





「はっ」とアソッド・パルキルスは目をパチクリと動かした。気が付くと豪華な美術品が並ぶ一室の中。縦に長い部屋の中で顔を前に向けると、金色に輝く王座に鎮座する白髪ショートボブの幼女がティーカップを持ち上げている。


「お久しぶりなのです。アソッド・パルキルス。私はこの時を待っていたのですよ」


 尖った耳を生やす幼女が手元にある机の上のソーサーにティーカップを置き、王座から立ち上がる。そうして、彼女は前方に佇む少女の元へ歩み寄った。


「ブラフマさんたちは、どこですか?」

 心配そうに尋ねるアソッドの前でルスがクスっと笑う。

「もちろん排除したのです。あの森の中で失われるはずだった命を癒神の手で救ったことが、間違いだったのですよ。あの時、見殺しにしておけば、瓦礫の山に押しつぶされなくて済んだのです。いずれにしろ、胸を痛める必要はないのです。ブラフマ・ヴィシュヴァという愚かな人間は死の運命に抗えなかった。それだけのことなのです」


「酷い。酷すぎます。あそこにはあなたの仲間もいたんですよ!」

 激怒するアソッドの姿を見上げたルスは反省の色を見せない。


「テルアカ・ノートン。彼には感謝しているのです。断罪すべき愚かな人間を一人減らしてくれたのですから。EMETHシステムという愚かな研究に関わってしまった罪を、自らの命で償っただけの話なのです。因みに、テルアカが封鎖した六つの部屋にいた兵士たちは、爆破の直前にここへと続く扉の前に飛ばしたので、死んでいないのです。血を流すのは、フェジアール機関の五大錬金術師だけでいいのです。彼らの死は、この世界を正しい方向へ導くために必要な犠牲だったのです」


「あなたに会って分かりました。あなたはこの世界を正しい方向へ導けないって」

 相対するヘルメス族の幼女にアソッドが敵意を向ける。

 それに対して、ルス・グースは宥めるように両手を広げた。


「落ち着いてほしいのです。私は争いごとが苦手なのですよ。だから、城内に侵入したアソッドの仲間がここに駆けつける前に、私の話を聞いてほしいのです。神の使いである私が百万の民たちを選別して、彼らが住む新世界を創造する。それが私の目的なのです」

「百万の民? それだけしか救えないんですか?」とアソッドが尋ねると、ルスはクスっと笑った。

「あまり多すぎると管理できないのです。神となった私のお告げに耳を貸すだけで、誰も間違いを犯すことのない幸せな世界が実現するのです」


「管理って……」とアソッドが呟くと、ルスが両手を広げた。


「この世界には、不純物が多すぎるのです。毎日のように未知の物質を生成できる実験器具、エルメラを奪いに来る強欲な人々。この世界の物理法則を乱す愚かな実験をする人々。彼らはこの世界には不必要なのです」


「そんなこと、あなたに決める権利があるんですか?」

「あるのですよ。私はこの世界を正しい方向へ導くために生まれたのですから。エルメラに封印されし悪の化身と手を組み、この世界を崩壊させることで、不純物と純物質を分離させ、悪意なき純物質のみの世界を創造するのです」


 ルスの思想にアソッドは絶句した。

「……あなたは狂っています」


「心外なのです。私は正しいことをしているのですよ。この世界の人口は一割以下にまで減少しますが、それも仕方ないことなのです。神によって選別された民たちは、この世界と共に消滅した家族や大切な人に関する記憶を消され、新世界で幸せに生きていくのです。それはとても素晴らしいことなのですよ」


「そんなの絶対におかしいです。大切な人たちとの思い出をあなたに奪われた私には分かります。大切な人たちのことを思い出せなくて、私はとても苦しみました。それは私と同じ境遇の人を増やす最悪な世界です!」


「理解できないのです。狂っているのは、この世界なのですよ。新世界に存在していない人たちの思い出なんて、不必要なのです」


「違います。大切な人と過ごした思い出は、みんなにとっての宝物なんです。それを奪っていい理由なんて、あるわけがありません!」


 目を怒らせたアソッドが右手を強く握りしめる。体の内側から湧き上がる怒りは、彼女の体を震わせる。その一方で、ルスは溜息を吐き出した。


「平行線なのですね。アソッドが能力を得なければ、この世界は今頃、滅んでいるのです。私を止められるのは、あなただけなのですよ」


「どうしてですか? どうして私が選ばれたんですか? 突然、どこかに連れ去られて、異能力と引き換えに記憶まで失って……私、何か悪いことでもしたんですか?」


 不意に浮かび上がる疑問の数々をぶつけられたルスがアソッドの前から姿を消す。


「その答えが知りたければ、こちらをご覧くださいなのです♪」


 右方から聞こえてきた楽しそうな声に反応したアソッドが視線を傾ける。その先の壁には赤い幕がかかった絵画が設置されていて、手前にはルスが佇んでいる。


「探し出すのに苦労したのですよ。百年以上の間、暗い地下室に隠し続けてきた幻の絵画。そこにあなたが選ばれた理由が隠されているのです」


 笑みを浮かべたルスが赤い幕を右手で掴み引っ張った。すると、幻の絵画が露わになる。瞳に映るそれを目にしたアソッドの心臓が揺れる。


「何、これ?」


 そこに描かれた肖像画の中で、白いドレス姿の黒髪少女が微笑む。黒いショートボブの髪型や目つきなど全てが自分と酷似している不思議な絵を目にしたアソッドは、目をパチクリと動かした。


「アソッド・パルキルス。あなたは、かつて滅ぼされた王族の生まれ変わりなのです」


 衝撃の事実を告げたルス・グースが右手の薬指を立て、空気を叩く。その指先から茶色い表紙の本を召喚すると、彼女はそれを右掌に乗せ、そっとページを開いてみせた。


「私とアソッドの運命は生まれた時から決まっていたのです。この本によれば、ヘルメス族と聖人の特徴を持つ子が生まれた日の同刻、滅ぼされし者の魂を継ぐ者も生まれると書いてあるのです。私と同じ年に生まれた子の中から、同日同刻に誕生した者をこの広い世界から大捜索した結果、あなたに辿り着いたのです。それにしても、驚いたのです。政府を立ち上げようとした者たちによって滅ぼされた王族の生き残りだったお姫様とアソッドの顔が瓜二つだったのですから」


「私の前世が昔のお姫様? そんな話、信じるわけないでしょ?」


 予想外な話を聞かされたアソッドが強く首を左右に振る。信じようとしない彼女の前でルスが頷く。


「別に信じなくてもいいのですが、アソッドは転生者なのです。その証拠は聖人である私の能力の付与ができたからなのです。一般には知られていませんが、聖人は自らの異能力をこの世界とは違う者に与えることができるのです。聖人から異能力を受け取ったムスメになれたということは、そういうことなのです。さて、そろそろ本題に入るのです」


「本題?」とアソッドが首を捻る。

「そうなのです。アソッドから記憶を奪った理由は、真っ白な状態で、この世界を見てほしかったからなのです。記憶を失った世界で出会った様々な者たちから、この世界のことを学び、滅ぼすに値する世界かどうかを判断させる。それをするためには、これまでの人生で積み上げてきた先入観が邪魔だったのです」


「そんなことのために、あなたは私から記憶を奪ったんですか? あなたの身勝手な理由で、私は……」


「全てはこの世界のために必要なことだったのです。アソッド・パルキルス。あなたは私に感謝するべきなのです。無駄な血を流させないために、あなたの故郷に住む人々の記憶から、アソッド・パルキルスという存在を消し去ってあげたのですから。あなたを大切に想っている人なら、アソッドを助けようとするのです。そうなれば、彼らは傷つき、最悪の場合、命を落とすのです。それで傷つくくらいなら、彼らの中からアソッドの存在が消えてもいいと思うのです」


「そんなの頼んでいません。あなたの所為で、私は帰るべき場所も奪われたんですよ!」

 強い怒りを爆発させたアソッドに対してルスは冷静な表情で彼女に右腕を差し出した。


「さあ、手を繋ぐのです。今から三分後、アビゲイル・パルキルスがあなたを助けるために、ここを訪れるのです」

 ルス・グースが目を青く光らせる。一方でアソッドは動揺したように目を左右に動かした。

「ウソ。アビゲイルが近くに……」


「そして、アビゲイルはあなたの目の前で命を落とすのです。光の弾に心臓を貫かれて。聖人七大異能の一つ、未来予知を使い観測した結果なので、間違いないのです。あまりこういう脅迫のようなことはしたくないのですが、仕方ないのです。この手を取れば、未来を変えることができるのです。世界は滅びますが、アビゲイルだけは作り替えられた世界の住民にしてあげるのです。さあ、審判の時です。この世界が滅んでもいいというのなら、この手を取り、それを望まないのなら戦う意思を示すのです!」


 ルス・グースが優しく微笑む。その直後、扉の向こう側でバタバタと人が倒れる音が次々と響く。一瞬の静寂の後、アソッドは決意を胸に顔を前に向けた。


「自分のことが分からなくて、不安だった私を助けてくれた人たちのためにも、私はあなたを倒します。あなたの思い通りなんて絶対にさせません!」


 強い主張を耳にしたルスがため息を吐き出す。


「はぁ。結局、こうなってしまうのですね」と呟いた直後、扉が勢いよく開き、白衣姿の銀髪幼女が王室の中へ足を踏み入れる。無表情の幼女、アルケミナ・エリクシナはアソッドの右隣に並び、目の前にいるルスに冷たい視線をぶつけていた。

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