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第166話 暗黒空間

「確か、こっちだと思うのですが……」

 迷路のような城内の廊下の上でクルス・ホームは周囲を見渡した。その手には、この城の見取り図が握られている。道筋を記したそれを右手の人差し指でなぞり、一歩を踏み出す。顔を前に向けると、曲がり角が見えてくる。進むべき道を見つけ、迷うことなく進んだクルスの視界の端で何かが光った。


 いつの間にか曲がり角に姿見が召喚され、地図を頼りに進む巨乳少女の姿を映し出す。先ほどまでなかったはずのモノの出現を不思議に思うクルス・ホームの眼前に、銀色の輝く短刀の剣先が飛び込む。

 地図から伸びた黒い手が握る短刀が、首を掻き斬ろうと左右に動く。

 クルスが咄嗟に地図から手を放し、大きな胸を揺らしながら、体を後ろに飛ばす。


「残念ですね。楽に殺してあげようと思ったのですが」

 少年の声を耳にしたクルスが歯を食いしばる。それと同時に、曲がり角からラス・グースが姿を現した。


「ラス……さん」

「ルスお姉様からの命令です。あなたの能力は脅威になるようなので、この世界から排除します。まあ、この城は僕の庭のようなものですから、どこに逃げても無駄です」


 頬を緩めたラスが曲がり角の姿見の前に体を飛ばし、右手で触れる。そうして、それを消し去ると、今度は左手で握った銀色の短刀を侵入者がいる前方へ投げた。

 風を切り、前進する短刀を右目に映したクルスが、体を右に飛ばす。だが、飛ぶ凶器は一瞬で少女の視界から消えてしまう。

「なっ」と驚く間に、消えた短刀がクルスの右の太ももに突き刺さる。身に着けていた長ズボンが血の色に染まる。


「痛いですか? 安心してください。毒は塗っていませんから。この世界の物理法則を破壊する愚かな研究に関わってしまったことを後悔しながら、この世界と共に消えてほしいのです」

「違います。先生と僕……いや、フェジアール機関のみんなは、新たな技術で世界を豊にするためにあのシステムを開発したんです。だから、絶対に後悔しません!」


 足の痛みに耐えながら、クルスが言い切る。だが、ラスは聞く耳を持たず、右手で頭を抱えた。

「愚か者の言うことは、理解できませんね。いずれにしろ、あなたは僕に勝てません」

「仲間を大切にしない人には負けません! だから、約束してください。僕が勝ったら、二度と仲間を犠牲にするようなマネをしないって」


 覚悟を決めたように右手を強く握りしめたクルスが前へと駆け出し、ラスとの間合いを詰める。一歩も動こうとしないヘルメス族の少年の姿を瞳に捕えると、格闘少女はラス・グースの腹部に拳を三回叩き込む。

 だが、その打撃はラス・グースに届かない。


「お返しです」とラスが頬を緩めると、クルスの背後から拳を握った黒い魔の手が飛び出る。

 咄嗟に体を半回転させ、蹴り上げた右足に拳をぶつける。その動きを目にしたラスが両手を叩く。

「気配を感じ取り、僕の攻撃を防ぐとは。少しは骨のある格闘家のようですね。しかし、残念です。この一撃であなたは地獄に落ちるのですから」

 ラスがそう告げた直後、クルスの腹部は衝撃を受けた。顔を真下に向けると、前方から飛び出した黒く染まった拳が、腹部に食い込んでいる。


 強い衝撃はクルス・ホームの全身を駆け抜ける。その打撃に耐えることができなかった少女の背中は、廊下に叩きつけられた。

 意識が失われそうな体を小刻みに揺らしながら、クルスが立ち上がる。


「はぁ。はぁ」と息を整えたクルスの前でラスがため息を吐き出す。


「まだ戦うつもりですか? 五大錬金術師の助手はバカでもなれるんですね。もう分かったでしょう。あなたは僕に勝てないって。あなたの攻撃は、僕には届きません。そして、その攻撃は全て跳ね返ってしまう。吸収した攻撃をエネルギーに変換すれば、先ほどのように通常の数十倍の一撃を叩き込むことも可能。あなたは何も見えない空間から放たれる自らの技を受け、自滅するのですよ」


「はぁ。はぁ。さっきの一撃は体に響きました。それでも、負けるつもりはありません! 僕はラスさんを倒すために修行を続けてきたんです」

「無駄な努力ですね。どんなに頑張っても結果は同じです。あなたは僕に指一つ触れることなく負けるのです」

 冷たい目をしたヘルメス族の少年と顔を合わせたクルスが左の拳を握り、三歩を踏み出す。間合いを詰め、息を吐き出したクルスが左の拳を前に突き出す。そのまま、右足を振り上げ、右方に回し蹴りを入れる。続けて、体を真横に飛ばし、動かない敵の背中を左の拳で叩く。最後に瞳を閉じたクルスが右手を前に伸ばす。


 一瞬の内に四方から仕掛けた格闘技も、ラス・グースには通用しない。


 「バカですね。僕の能力、暗黒空間に死角はありませんよ」

 ラスが不敵な笑みを浮かべた瞬間、クルスの真下から黒い右手が伸びた。その手は、瞳を閉じ動こうとしないクルスの左足を掴もうと動き出す。

 だが、その手は止まってしまう。右から回し蹴りを繰り出す黒い影と左の拳を叩きこむ影が飛び出すが、結果は同じ。

 予想外な現象に、ラス・グースは目を丸くした。


「まさか……」と動揺するラスの前で、クルスが真下から伸びた右腕の上に飛び乗る。それを踏み台にして高く飛び上がると、右方に出現した黒い影の左足に掴まり、伸ばした両足を前後に揺らす。

 その反動で右方の黒い影まで体を飛ばし、前へ突き出した影の両肩を掴む。


 ふたつの体が空中で縦に数回転し、地上のラスの元へと落とされる。落下に直前にラス・グースは咄嗟に体を後ろに飛ばした。地上へ着地したクルスが右手の薬指を立て、空気を一回叩く。

 指先から茶色の鉱石と青い宝玉が付いた指輪が召喚されると、すぐに鉱石を右拳で握る。左手で指輪を掴み、鉱石を握る右手の中指を前に伸ばす。その指にクルスは指輪を嵌めた。


 

 東に双子座の紋章

 西に火星の紋章

 南に牡羊座の紋章

 北に天秤座の紋章

 中央に土の紋章


 指輪の宝玉に刻まれた生成陣をジッと見つめたクルスが顔を前に向ける。その視線の先でラスが自身の顎を掴む。 


「砂岩ですね。不純物が混ざっていない上質な素材のようですが、お忘れのようです。あなたから吸収した技は、もう一発あるのですよ? これで終わりです」


 ラスがそう告げた直後、クルスの背後を狙い、何もない空間から漆黒の拳が真っすぐ伸びた。強化された拳は、空気も切り裂くが、標的を見失ったかのように、斜め下に落ちていく。

 振り返ることなく気配を感じ取ったクルスは、「はぁ」と息を整え、左足で廊下を叩き、前へ飛び出し、間合いを取る。そのまま体を半回転させ、斜め下に落ちた左腕を右足で叩き落とす。


 振り上げた左足を真下に落とし、背筋を伸ばして立ったクルス・ホームが目の前で呆然とするラス・グースに視線を向ける。

 

「これで分かりました。ラスさん、異能力に頼りきっているあなたは、そんなに強くありません!」

 そう言い切るクルスの話を耳にしたラスが苦笑いを浮かべた。

「何を言い出すのかと思えば、現実が見えていないようですね。あなたの作戦は、実に分かりやすい。わざと寸止めした格闘技を吸収させ、反撃に転じるため僕が放出させる。当然のように、与えられるダメージは両者共にゼロ。そうして、僕を足止めさせるつもりなのでしょう? こんな無意味な時間稼ぎに何の意味があるのですか?」

「時間稼ぎをするつもりはありません。あなたには、明確な弱点があると言いたいんです。それが今、分かりました。あの修行は決して無駄なんかじゃなかったんです。だから、まずは一発、この手であなたを殴ります!」

 確信を持ったクルスが右の拳を前へ突き出す。そんな格闘少女と対峙するヘルメス族の少年は、余裕そうな表情を見せていた。


 




 

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