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第164話 縦長な檻と灰のゴーレム

アゼルパイン城の中央に位置する王室の中で、ルス・グースは手元にあるティーカップを持ち上げ、甘い薄茶色の液体を飲み干した。

 王座に君臨するヘルメス族の幼女の前には、黒いショートボブの同種族の少年の姿がいる。白いローブで身を包む彼は、姉に対して頭を下げた。


「ルスお姉様。戦況の報告です。東門に配置した絶望の狂戦士、ファブル・クローズの敗北と同時に、ティンク・トゥラが戦線離脱。手薄になった東門から、アソッド・パルキルスがアルケミナとブラフマと共に侵攻。彼らを迎え撃つため、二千の軍勢を待機させています。一方で、西門はアルカナとマリアがボクが生成したゴーレムと交戦中。そして、城内には既にアルケミナ・エリクシナの助手、クルス・ホームが潜入中です」


 状況報告をするラス・グースの声に耳を貸したルスが頬を緩める。


「分かったのです。作戦通り、攻撃無効化術式を施した軍勢で侵入者を足止めするのです。そして、彼らがある程度疲労したところで、テルアカを東門に投入。アソッドをこの王室へ連行し、全てを終わらせるのです」


「城内に侵入したクルス・ホームの始末は?」

「ラスに任せるのです」

「了解です。ルスお姉様」と微笑んだラスは、姉の前から一瞬で姿を消した。




 一方、その頃、城の東門から三つの影が侵入した。黒いローブで身を包む赤髪の好青年、ブラフマ・ヴィシュヴァの後ろを銀髪の幼女、アルケミナ・エリクシナと黒髪セミロングの少女、アソッド・パルキルスが続く。


 真っすぐ伸びた石畳の道を三人が駆け抜ける。先導するブラフマが周囲を見渡すが、近くの庭にも城内の出入口となる前方の扉にも敵らしき影がない。


「どうやら、こっちには敵がいないようじゃが、油断できないわい。ワシが敵の軍師なら、今すぐにでもここに援軍を送り、侵入者を拒むのじゃ」

 老人のようにブラフマが推測を口にすると、彼の後ろで白衣姿のアルケミナが首を縦に動かす。

「そう。油断できない。ルスなら東門を守ってたファブルを倒された場合を想定して、第二の策を練っているはず」

 地下研究施設で顔を合わせたルス・グースの姿をアルケミナが思い浮かべる。その直後、前方に見え城の赤い扉が開き、二千の軍勢が押し寄せる。

 扉の数メートル手前で立ち止まったブラフマが警戒心を強め、片膝を曲げ、左手で石畳を叩いた。

 その瞬間、前方を目指し駆けてくる騎士たちの体が次々に強風により飛ばされる。


 体を後ろに飛ばし、地面に叩き込まれた騎士の左手の甲に刻まれし生成陣を目にしたアルケミナが歯を噛み締める。


「ブラフマ。気を付けて。クルスの報告通り、彼らの体には……」

「言われなくても分かっておるわ」

 ふたりが言葉を交わす間に、百人規模の騎士たちが、銀髪の幼女を包囲する。同様に、ブラフマもアソッドと共に退路を断たれた。


 ふたりの高位錬金術師を分断する包囲網の中で、ため息を吐き出しながら、右手の薬指を立てる。その瞬間、彼女の小さな背中を一つの影が押した。反動で一歩を踏み出した瞬間、アルケミナ・エリクシナの真下の石畳が白い光を放つ。眩い光は幼女の視界を白く染め、彼女は包囲網の中から一瞬で姿を消した。




「ここは……」とアルケミナは、右目を瞑りながら周囲を見渡しながら呟いた。気が付くと薄暗い縦長な檻の中。灰色の粉末が無作為に付着したレンガ造りの壁と床で構成された地下室のような空間。その中で、蝋燭の炎が小さく揺れる。十メートルほどの高さの天井に、無数の鉄棒が突き刺さり、二メートルの広さの縦長の空間を区切っている。


 閉じ込められた幼女が息を呑むと、右方より黒い影が幼女に声をかけた。


「よぉ。餓鬼。お前の苦痛に歪む顔を見せてもらうぜ」

 得体の知れない狂気を肌で感じ取ったアルケミナが顔を上げる。視線を右に傾けた彼女の前にいたのは、白いローブ姿の金髪スポーツ刈り男、マエストロ・ルークだった。


「……どういうつもり?」と尋ねる無表情な幼女を無視したマエストロが両手を広げる。

「ここは最高な舞台だ。餓鬼の血でレンガを赤く染めれば、俺の願いが叶う。一人の餓鬼を殺せなかった屈辱、晴らしてやるぜぇ」

「こんなところに呼び出されるほど、私は暇ではない」 

「うるせぇ。餓鬼。一騎打ちだ。俺を倒したら、ここから出してやるよ。この鍵を使って、檻の外に出るといいいさ」


 ビシっと右手の人差し指を立てたマエストロが、左手で首からぶら下げたネックレスの鍵を見せびらかす。それと同時に、アルケミナが一歩を踏み出した。


「なんどやっても結果は同じ。時間の無駄」

 無表情の幼女が左手の薬指を立てる。そんな彼女の前で、マエストロは力強く石畳を叩き、体を前に飛ばした。眼前に飛び込んできた殺人鬼が青空に伸ばした右腕を振り下ろすよりも早く、アルケミナが宙に生成陣を記す。

 東西南北に下向きの三角形、中央に温浸を意味する獅子座の記号。

 その記号で構成された生成陣から飛び出した水柱が、マエストロの腹部を狙い真っすぐ伸びる。

 水流を叩き込まれた衝撃を受けたマエストロは、左腕を斜めに振り、水を切り、上空へ飛び上がった。


「ここの空気の水分量は、通常の半分程度らしい」

 生じた結果を分析する間に、天井を蹴り上げたマエストロが降下し、アルケミナとの間合いを詰める。

 右手を振り下ろそうとする殺人鬼が眼前に飛び込んでくると、彼女は後ろへ体を飛ばした。

 だが、背中に冷たい鉄の感触が伝わってくる。


 退路が断たれ、追い詰められている。それでもアルケミナは表情を変えない。


「どうした? 絶望しろよ。今からこの手で殺してやるからなぁ」

 冷酷な目をしたマエストロが右手を幼女の頭上に振り下ろす。それよりも先に、アルケミナは右手の薬指を立て、空気を一回叩いた。一瞬で神々しい光を放つ大槌を召喚すると、素早くそれを背に回し、鉄格子を叩く。

 その瞬間、退路を拒んでいた鉄が溶け、銀髪の幼女が体を後方に飛ばす。

 

 それから、上空に向け左手薬指を伸ばし、素早く生成陣を記す。指先に浮かぶ生成陣をマエストロの真下の石畳の上へ飛ばすと、そこから水柱が飛び出す。

 数十メートルまで伸びたそれが、マエストロの体をさらなる高みへと持ち上げる。


 そこから風を切り勢いよく降下してくる敵の姿を見上げた銀髪の幼女が、素早く右手の薬指で空気を二回叩く。

 指先から召喚されたのは、ピンク色の液体が詰まった手のひらサイズの小さな試験管とガラスの小瓶に入った黒の粉末。

 試験管の蓋を開け、液体と粉末を周囲へ散布した後、彼女は左手の薬指で宙に生成陣を記す。


 東に凝固を意味する牡牛座の紋章

 西に投入を意味する魚座の紋章

 南に鉄を意味する火星の紋章

 北に風の紋章

 中央に水の紋章


 それらの紋章で構成された生成陣と散布されたピンクの液体が反応し、鋭い桃色の槍が一瞬で生成される。

 長槍の柄を握ったまま、降下予測地点へ素早く移動し、鋭い先端を上空へ向ける。


 顔を上げることなく槍を持ち上げると、落下するマエストロが右手を左右に振るい、槍に向けて斬撃を飛ばす。だが、生成された槍には傷一つ付かない。


 その直後、鋭い先端が落下するマエストロの右胸を貫く。痛みが前進を駆け抜け、彼の体は悲鳴を上げた。


 真っ白に染まった視界の中で、彼は頬を緩めた。そうして、石畳の上に叩きつけられ、意識を失った男性の姿を一瞬見た幼女が、長い銀の髪を揺らしながら、背を向ける。


 小さな顔を上げ、目の前に石の階段が飛び込んでくると、彼女は迷うことなく一歩を踏み出した。その瞬間、彼女の視界の端に映りこむ壁の生成陣が怪しく光る。今まで記されていなかったはずのそれを見つけたアルケミナが創造の槌の持ち手を掴む。


 床や壁に付着した灰色の粉末が生成陣に吸い寄せられるように集まっていき、女性の姿を模した灰色のゴーレムが生成される。ウサギのような耳を生やした二メートルほどの大きさのゴーレムを見上げたアルケミナが目を伏せる。



「イタ……イ……ダッ……レ……カ……タスケ……テ……」


 その女性の声が幼女の耳に届くと、恐ろしい仮説がアルケミナの脳裏に浮かぶ。


 その声を聴いたのは、ルクリティアルの森。そこで相対したのは、聖なる三角錐のメンバーを名乗る獣人の女性だった。その声と同じということは……

 

「ルス・グース。仲間を錬金術の素材に使うなんて、絶対に許さない」


 行く手を阻むゴーレムに冷たい視線をぶつけたアルケミナが、巨大な槌の持ち手を掴んだまま、右手の薬指を立て、空気を叩く。

 そうして召喚された水色の小槌を左手でゴーレムの頭上を狙い、投げ飛ばす。それがゴーレムの頭に直撃すると、頭上に一つの生成陣が浮かび上がる。


 東西南北に下向きの三角形、中央に温浸おんしんを意味する獅子座の記号。

 

 その記号で構成された生成陣から勢いよく水の帯びが伸び、灰色の体が一瞬で崩れ行く。


 石灰で構成されていたゴーレムの体が、水に溶けていき、姿を完全に失うと、銀髪の幼女は深く息を吐き出しながら、目の前の階段を昇り始めた。

 


 

 


 


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