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第161話 勇敢なる勇者様の物語 後編

「アビゲイル・パルキルス。あなたはちゃんとここにいるよ。自分を見失わないで!」


 円形の広場を白ずくめの観客たちが囲む舞台の片隅で、ミラが真剣な表情でアビゲイルと向き合った。

 そんな彼女からアビゲイルが目を反らす。


「……意味が分からないわ。私はルルのことが好きなんだよ。ルルは私の心を満たしてくれた。強くてかっこいいところも大好き。あんなキレイな指輪もくれたしね。ルルは私のことを大切にしてくれるんだ」

「ふふっ、私が前でそんなこと言わないでよ。照れちゃうわ。私も好きだよ。アビゲイルのこと」

 アビゲイルの背後で照れたルルが彼女の体を抱きしめる。それに対して、ミラは首を横に振った。

「それは違うよ。アビゲイル。あなたは私と一緒にルルを倒して、奪われたモノを全て取り戻すって誓ってくれた。戦えない体になっているって絶望した後も、あなたは回復術式という希望を見つけ出した。これまでのことが全部演技だったとは思えないし、信じたくない!」

「あなたに何が分かるの? ルルは夢の中で私に会いに来て、寄り添ってくれたんだよ。夢だけど、会えてすごく嬉しかった。戦えない体になったと分かって絶望した時も、ルルはどこかに希望があるって教えてくれた。あの言葉がなかったら、私は希望を見つけられなかったの」


 声を荒げ、反論するアビゲイルの頬をミラが優しく包み込む。


「ねぇ、アビゲイル。ホントの気持ちを教えて。大切な家族の絆や自分の存在がなかったことにされて、どう思った? もう一度、剣を握って戦いたいって思わないの?」


「ミラちゃん。あまり私のアビゲイルをたぶらかさないでよ」


 突然、背後からルルの声を聴いたミラは目を見開いた。驚き振り返ると、そこには、いつの間にかアビゲイルから手を離したルル・メディーラがいる。彼女が手にしている緑色の剣を見たアビゲイルが驚いた口元を右手で隠した。


「もしかして、その剣……」

「そうよ。アビゲイル。これはあなたの剣。これを使えば、一緒に戦っているような気持ちになれるでしょう? あなたの技は全て再現可能だから、私はあなたを演じることもできる」


 優しく微笑んだルル・メディーラがその剣を斜めに振り下ろす。硬直した三つ編みの少女を刃が迫る直前、顔を前に向けたアビゲイル・パルキルスが一歩を踏み出す。


「ミラ!」と叫ぶ黒髪ロングの少女が、友達の背中を突き飛ばす。

「えっ……アビゲイル?」とミラが驚き目を見開き、その場に倒れこむ。そうして間合いに割り込んだアビゲイルの胸に斜めの切り傷が刻まれる。



「アビゲイル、どうして?」

 ミラが問いかけながら、うつ伏せの体を起こす。それに対して、胸の傷を押さえたアビゲイル当然のように答える。

「私の剣で友達が傷つく場面を見たくなかっただけよ。ルル。返してもらうわ。その剣も。私の存在も」

「あら、逆効果だったみたい。あなたの剣技で愚かな復讐者たちを倒したら、喜ぶと思ったのに」

 ルル・メディーラが残念そうな表情で目を伏せる。そんな彼女の近くにいるアビゲイル・パルキルスの瞳には闘志が宿っていた。


「ミラ。もう大丈夫よ。私も一緒に戦って、奪われたモノ、全部取り返すから!」

 ミラの右隣に並んだアビゲイルが、左手を前へ伸ばし、指輪が嵌った左手の薬指を立てる。瞳を開け、勇敢なる勇者様の動きを認識したルルが余裕たっぷりな顔でクスっと笑う。

「何をするつもりかな?」

「ここからは、あの作戦通りのことをやるだけよ。イースが教えてくれた回復術式でみんなを……」

「私がこの展開を想定してなかったって思った?」

「えっ」と驚くアビゲイルの心臓が強く震えた。何が起きているのか分からない、アビゲイルが目をパチクリと動かす。

「ウソ。体が……」


 自らの意思に反して、伸ばした左手がストンと地面に落とされる。湧き上がった闘志も急速に冷めていく。

 

「念のために用意した小道具が使えるなんて、思わなかったよ」

「小道具?」とアビゲイルの隣で驚くミラが目を見開く。


「そう。その指輪は役を演じるための小道具。その指輪を嵌めている限り、あなたは私が与えた役を演じ続ける。自我が目覚めたとしても。個人的な感情で舞台から降りるなんて、許さないわ。アビゲイル・パルキルス。あなたは私を愛するだけでいいんだよ? これはチカラを奪った因縁の相手を愛してしまう禁断の恋物語。あなたは私の傍でヒロインを演じればいいんだよ。ふたりの前に立ちふさがる敵を倒して、ハッピーエンドに導いてあげるから、そこで見ててよ」


 笑顔になったルルがアビゲイルの肩を優しく叩く。


「違う。そんなのアビゲイルは望んでない! 生まれ育った街のみんなの記憶から自分の存在が消されて、すごく悲しんでた。お母さんに自分がホントの娘だって信じてもらえなくて、胸を痛めてた。あなたから全てを取り戻して、元の生活に戻りたいって本気で願ってた。自分を偽って人を愛するなんて間違ってる!」


 ミラが真剣な顔つきで身を震わせながら、ルルに向けて訴える。だが、その魂の叫びはルルには届かない。


「自分を偽って他人の人生を演じる。それが演技だよ。そんなこと、素人のあなたには分からないでしょうね.。さて、そろそろクライマックスかな? たった一人で私の相棒を相手してるジフリンスも限界みたいだし……」


 ルルが視線を前に向ける。その先では、二本の剣でドラゴンと戦うジフリンスの姿があった。

 兄の近くでユイが飛び回り、周囲に漂う石の粒子に触れると、水球が生成されていく。それがジフリンスが持つ左手の細身の剣の周囲に吸い寄せられる。

 水の球体が剣先に集まり、それを振り、ドラゴンに向けて斬撃のように飛ばす。だが、ドラゴンが大きく口を開け、咆哮すると、水の斬撃は一瞬で消し飛ばされてしまう。


「はぁ。はぁ。流石にキツイな」


 傷だらけになり、ボロボロになった鎧の隙間から血を垂れ流す獣人の騎士が、全身を揺らす。防戦一方な状況の中、彼の目の前にいた黒のドラゴンが高く飛び上がった。後退していくドラゴンは、ルルの頭上で羽を広げ、停止する。


「ふふっ」と笑うルルが、近くにいるミラの腹を素早く蹴り上げた。少女の体は一瞬でルクシオンが倒れる舞台の中心まで飛ばされてしまう。


 それから、彼女はアビゲイルの剣を右手の薬指で触れ消し去り、新たに鉄色の長刀を召喚する。一歩を踏み出し、その剣の先を天に向ける。それと同時に、ドラゴンの口が開き、赤く渦巻く炎の玉が放出される。


「いくよ。サンシャイン・インパクト!」


 真下に落とされた炎の玉が、真下に落ち、ルルの剣も振り下ろされる。斬撃が直径三十センチの火の玉を素早く飛ばし、空気が熱を帯び、黒煙を生み出す。


 投下された玉がミラたちの目の前へと迫る。


「うっ」

 意識を取り戻したルクシオンが仰向けの状態から起き上がるが、ふらふらな体は思うように動かない。

 迫る炎との距離が一メートルを切ったその時、黒い影が客席から飛び出す。


 一瞬で空気が切り裂かれ、火の玉が粉々に砕かれていく。


「間に合ったようだ」


 その声の主は、ルクシオンとミラの前に立つ。懐かしい声を耳にしたルクシオンの瞳から涙が落ちる。


「ウソ。兄……ちゃん?」


 だが、そこにいたのは、大柄な体型の兄ではなく、黒いワンピースを身に纏う灰色の髪の少女。その少女は、ルクシオンの兄が持っていた黒い剣を斜め下に構えている。


「ルクシオン。ミラ。大きくなったな。今、俺はこの子の体を借りて話している」


 凛とした表情の少女が、背後のふたりに顔を向けた。半円を描くように曲がった山羊のツノを生やした彼女の後ろ髪は肩の高さまで伸ばされ、左右二つに分けて結んである。

 低身長の少女の姿で現れた兄を前にして、ふたりは目をパチクリと動かした。


「どうして、お兄さんが?」とミラが疑問を口にすると、その少女、アストラルの体を借りたルクシオンの兄、ヴィータ・イザベルが頷く。


「この子が言うには、大切にしていたモノに故人の魂が宿ることがあるそうだ。俺はあの剣の中で今日まで眠っていたらしい。とにかく、俺は数日後には現世から冥界へ送られるらしいから、残された時間が少ないんだ。消える前に、この剣であの女を倒す!」


 熱く決意を口にした新手の少女の元へ、ルルが歩み寄る。


「最後にハーデス族の子が出てくるなんて、想定外のシナリオだよ。さらに、その身には私が倒したお兄さんの魂が入ってる。厄介ね」


 ルル・メディーラが両手で握った長刀をハーデス族の少女に向け振り下ろす。だが、その動きはすぐに見切られ、少女は体を後ろに飛ばす。

「この一撃で決める。ミラ、ルクシオン。えっと、そこの獣人の少年。最後のチカラを振り絞れ!」

「兄ちゃん。またその声が聴けて嬉しいわ。あとで話をさせて!」

 嬉しそうに頬を緩めたルクシオンが全速力でルルとの間合いを詰め、彼女の右腕に蹴りを入れる。ポキっと音が響き、右腕が下がると、すかさず回し蹴りを彼女の腹に、食らわせる。


 そこでルクシオンが膝をつくと、片手では持てないほど重い剣を、ルルがその場に捨てる。その隙を狙い、二刀流の獣人の剣士とアストラルが前へ飛び出す。

 アストラルより早く一歩を踏み出したジフリンスが、振り上げた二本の剣を同時に斜め下に振り下ろした。


「くっ、右手の指が動かせない」


 体を後ろに飛ばしたルルが顔を上に向け、上空のドラゴンと目を合わせる。その直後、空中のドラゴンがルルとジフリンスの間合いに割り込んだ。

 ジフリンスに追走するヴィータがゆらゆらとした刀身を上下左右に振る。そうして飛ばされた見えない斬撃は、ドラゴンの体を切り裂いていく。強烈な痛みが全身を走り、ドラゴンが口を大きく開けた。

 一方で見えないはずの斬撃をルルは素早い足技だけで落としていく。だが、それでも彼女の足には傷が刻まれていった。


「はぁ、はぁ」と深く息を吐き出したルル・メディーラがふたりの剣士から間合いを取り、息を整える。そこへ鉄剣を構えたミラ・ステファーニアが迫る。だが、ルル・メディーラは何もできなかった。


 動かない足は得意な素早い蹴り技を放てない。


 折れた右腕は指先まで動かせず、新たな剣を召喚できない。


 手元にあるのは、人体を斬れない細身の剣だけ。鎧を着ていないミラには何の効果もない。


(ああ、何よ。腕の振りが遅い下手くそな技。こんな素人に負けるなんて……)


 心の中で呟いたルルの瞳から涙が落ちる。一歩も動こうとしない因縁の相手に、ミラが斬りかかる。その技を全身で受け止めたルルは意識を手放した。

 


 

 

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