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第160話 勇敢なる勇者様の物語 中編

「はぁ」と息を吐き出したミラ・ステファーニアが円形の広場の中で剣を握り、全速力で前へと駆け出す。

 ゆっくりと体を動かす大柄な彼女、ルクシオンを追い越したミラがルルに左方から迫る。その気配を感じ取ったルル・メディーラは、オレンジの炎を刀身に宿した赤い持ち手の長刀でジフリンスの剣をぶつけていた。


「ミラちゃんも戦うんだ。どれほどの太刀筋かは分からないけど……これはちょっとマズイわね」


 一瞬だけ左方から迫る新手を見たルルが唇をかみしめる。左手で持っているのは細身の剣。鎧を纏うことなく迫る新手との距離はおよそ五メートル。


「くっ、剣を交えてみたいけど……」


 ルルが左手で剣の柄を握りながら、薬指を立て、宙に魔法陣を記す。 

 東西南北全てに逆三角形の記号が記された魔法陣。

 中央には牡牛座の記号。


 指を曲げ、指先の魔法陣を下に動かすと、粉々になった石畳から土の壁が盛り上がる。

 召喚された壁が目の前に迫ると、ミラは咄嗟に壁を蹴り、後方へと体を飛ばす。

 

「ウソ。どうして? ルルは左手で剣を持ってたのに、錬金術で攻撃を防ごうとしたよ」


 ミラの口から疑問が漏れると、彼女の右の耳穴を埋めた球体状の通信機ごしにイース騎士団長が尋ねる。


「いくつか聞こう。ルルが持っていたのは、細身の剣かい? ミラは鎧を着ていない? 右方にいるジフリンスかルクシオンがルルと相対している?」

「全部正解だけど、どうして分かったの?」

「やっぱり。鎧を貫通する剣の正体は、振動剣だ。金属と金属がぶつかり合うことにより生じる衝撃波で、鎧を貫通し、生身に傷を刻むことができるが、生身の体を直接斬れない弱点がある。だから、左からくるミラには剣が振れなかったんだ。相手が使う剣の正体が分かれば、対策も容易さ」


 

 一方で、これまでの戦いを少し離れた舞台の上で見てきたアビゲイルの額から冷や汗が落ちる。

 なぜかルル・メディーラが劣勢になっている。その原因は自分にあるのではないだろうか?


 そんな気がしたアビゲイルの表情が暗くなった。


「どうしよう。私の所為だ。ごめん。ルル」

 閉じようとした彼女の瞳から涙が落ちる。

 丁度その時、彼女の目の前でジフリンスの剣を受け流していた、ルルが間合いを取り、右腕を青空に向けた。


「少し早いけど、第二章開幕だよ!」


 砂埃の中でルルが告げた瞬間、上空で突風が発生し、砂埃を消し去る。全身を纏う傷ついた白の鎧姿のルル・メディーラの右隣で、黒のドラゴンが上空に浮かぶ。


 全長、十メートルの大きさを誇る黒いドラゴンは、二本の白いツノを生やしている。黄色い瞳と両腕の黄色い十字模様が特徴的なドラゴンが、両腕に一本ずつ生えた鋭く長い爪を地上に向け、斜めに振り下ろす。


 切り裂かれた空気が斬撃のように飛び、ルルを斬るために剣を握り前へと駆け出したジフリンスに迫る。


「なっ」と目を見開いたジフリンスは、体を左方に飛ばし、斬撃を避ける。だが、切り裂かれた空気は地上の石畳の多くを細かく砕き、地面も揺らす衝撃波が獣人の少年の体を飛ばす。その衝撃は、ジフリンスの背中を

左方の土壁に叩きつける。激突の直前、ユイは白い羽を広げ、ジフリンスの右肩から飛び上がった。

「ぐっ、思い出すぜ。ルクシオン、あの黒いドラゴンを一緒に倒したよな?」


 背中に強い衝撃を受けたジフリンスが体をゆらゆらと揺らす。そんな獣人の剣士の隣にルクシオンとミラが並んだ。


「あのドラゴンはあの時倒したドラゴンの突然変異個体。一筋縄ではいかないわ」

「分かってるさ。ユイ。アレをやるぞ!」

「ララッ」とジフリンスの近くで浮遊するユイが鳴き声を出す。


 上空を飛ぶ黒のドラゴンを見上げたジフリンスが右手の薬指を立て、空気を叩く。同様にルクシオンも同じ仕草で小槌を召喚した。

 ジフリンスの指先から飛び出した水色の小槌が、石畳の上で弾む。そうして魔法陣が石畳の地面に刻まれ、水色の鞘に収まった細長い剣が浮かび上がった。


 一方で、ルクシオンの真下の地面に刻む魔法陣に、ゆらゆらと揺れる波状の刀身が特徴的な黒い剣が召喚された。

 それを両手で握ったルクシオンの隣で、ジフリンスが左手で鞘から柄が青い細長の剣を引き抜く。


 顔を上に向け、ドラゴンを見上げていたルクシオンの隣で、ミラが不安そうな表情のアビゲイルを見つめる。その目と目があった瞬間、彼女は剣を鞘に納め、隣の親友に両手を合わせる。


「ごめん。ルクシオン。私、アビゲイルを助けたいから!」


 真剣な表情で訴えるミラと顔を合わせたルクシオンがため息を吐き出す。


「いいわ。あのドラゴンは私とジフリンスで倒すから、いきなさい」

 ポンと背中を叩かれたミラは、右方にいる友達に向けて走り出した。その後ろ姿を見送ったルクシオンが石畳を蹴り、上空へと飛び上がる。

 何度も光速で空気を蹴り、ドラゴンと同じ座標へと辿り着いたルクシオンは、ドラゴンの右足を蹴りで叩いた。


 だが、ドラゴンはビクともせず、漆黒の羽が空気を切り裂き、見えない斬撃を吹き飛ばす。

 生じた突風に煽られながらも、ルクシオンは手にした剣をドラゴンの右腕に向けて振り下ろそうとした。

 


「お兄さんが残した剣で敵討ちって話はホントだったんだ」


 近くからルルの声を耳にしたルクシオンが目を見開く。黒龍の右肩には、いつの間にか長刀の剣先をこちらに向けたルル・メディーラが乗っている。


「でも、その剣術はお兄さんの域には達してない」


 そう呟いたルルがドラゴンの肩から飛び降り、目の前にいるルクシオンの腹を突く。剣を斜め下に向け、突きを剣で防ごうとしても間に合わない。

 体勢を崩した巨体が一撃を受けた直後、ルルの姿がルクシオンの視界から消え、鋭いドラゴンの爪先が振り上げられる。


 突かれた腹の傷を抉る追撃に、ルクシオンは悲鳴を上げた。


「いっ、ああああ!」


 鋭い痛みが全身を駆け抜け、手にしていた剣が地上に落ちていく。再び生まれた突風が、落下する剣を包み込み、広場を囲む観客たちを飛び越えていく。


 それと同時に、ルクシオンの体も勢いよく石畳の上に叩きつけられ、黒龍も地上へ降り立った。

 

 ふたつの衝撃は地面を揺らす。気を失い動かないルクシオンを他所に、ドラゴンが獣人の剣士の元へ侵攻していく。

 



 そんな激闘をアビゲイルは不安な表情で見ていた。

 強いドラゴンの登場で戦況が好転したように見えるが、まだ不安が消えない。

 言葉でにできない不安を抱えた彼女が、贈ってくれた指輪を優しく撫でる。

 その後で、祈るように両手を合わせると、背中に柔らかく温かい何かが触れる。


「そんな顔しないで。大丈夫だから」

 背中から傷だらけの鎧で覆われた白い腕が伸び、アビゲイルの体を優しく抱きしめる。

「ルル」

「あなたの所為じゃないから、自分を責めないでよ。この物語はあなたが望む結末になるのだから」

 その優しい声は、アビゲイルの不安な気持ちを見透かしている。

 その優しい腕は、アビゲイルに安らぎを与える。

 満たされていく心が温かくなり、あの日の唇の感触が蘇る。

 ジフリンスと黒いドラゴンが戦う場面は、アビゲイルの瞳には映らない。

 激しい戦いを感じさせるような音も、心臓の音で聞こえなくなる。


 ふたりだけの舞台の上で、アビゲイルが赤くなった頬を緩める。


 その時、アビゲイルの前にミラが飛び込んできた。


「アビゲイル!」と名を呼ぶ三つ編みの少女は、前を向いている友達の頬を両手で挟む。


「アビゲイル・パルキルス。あなたはちゃんとここにいるよ。自分を見失わないで!」



 

 ミラが真剣な表情でアビゲイルと向き合っていたその頃、広場から数メートル離れた石畳の道をティンクとアストラルが走っていた。


「おい、ファブル。もうちょっとだ。ガンバレ!」


 傷だらけの助手を背負うティンクが励ます。その隣で、黒衣のワンピース姿の少女が荒い息を吐き出した。


「はぁ。はぁ。それにしても、ホーエンハイムが地震が起きやすい場所だったなんて、知らなかったです」

「ああ、そうだな。さっきの揺れ、すごかったよな? これもアルケア各地で起きてる異常気象の影響か?」

 ティンクが追走するアストラルの話に同意を示す。

「もしくは、誰かが戦っているのか……って、そんなわけないですね。こんな街中であそこまで地面が震えるような戦いが起きるわけが……はっ!」


 ティンクの隣にいる半円を描くように曲がった山羊のツノが生えす少女が、目を見開きその場に立ち止まる。灰色の瞳の中で剣のようなモノが人通りが少ない歩道に落ちていく。

「代理人の姉ちゃん、どうか……」

「動かないでください!」

 心配して声をかけたティンクの声を、アストラルが遮る。その直後、落ちてきた剣が石畳の上に刺さった。



「危なかったですね。あのまま一歩を踏み出していたら、剣に頭を貫かれて、死んでいました」


 安心したように息を吐き出したハーデス族の少女が、落ちてきた剣を凝視する。石畳の上に刺さっているのは、ゆらゆらと揺れる波状の刀身が特徴的な黒い剣。それを見たティンクは首を傾げた。


「ん? あの剣、どこかで見たような……」

「ともかく、ホーエンハイルで何が起きているんですか? 街中で剣が降ってくるなんて……えっ?」


「……助けてくれ。妹を失いたくないんだ」


 どこかから男の声を耳にしたアストラルが目を丸くする。降ってきた剣の柄から漏れた黒い気体が、大柄な体型をした男性のシルエットを形成する。それを見てしまった彼女は、ため息を吐き出した。


「ティンク。私のことはいいから、早くファブルを病院まで搬送してください。すぐに追いつきます」

「おい、代理人の姉ちゃん、何をするつもりだ?」

 困惑の表情の大男の隣から、アストラルが一歩を踏み出し、見えない黒い影と彼女の姿が重なる。それを引き抜いたハーデス族の少女は、真剣な表情で呟いた。


「天から授かりしこの能力を使い、私は私にしか救えない人たちを救います! ただそれだけです」

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