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第158話 勇敢なる勇者様の再会

 レンガ造りの住宅街をふたりの少女が真っすぐ歩く。黒髪を三つ編みに結った小柄な少女、ミラ・ステファーニアの右手には街に地図が握られている。灰色の石畳の上で立ち止まった彼女は、不安そうな表情で眉を潜めた。

「うーん。あの角を右に曲がって、五百メートルくらい歩いたとこだよね?」

「……そうみたいだね」と呟いた黒髪少女、アビゲイル・パルキルスが、ミラが持つ地図を覗き込む。

 腰上の高さまで伸ばされたキレイな彼女の後ろ髪が、温かい風で揺れる。その熱は彼女の頬を火照らせた。


「大丈夫。イースから受け取った錬金術書に書いてある術式は完璧に覚えたから。必要な薬草も全部手元にあるから、あとは作戦通りに動けば上手くいくはずよ!」

 アビゲイルが明るく声をかける。その仲間の声に背中を押されたミラが深く息を吐き出す。

「はぁ。そうだよね? あとは作戦と仲間を信じるだけ。アビゲイル。一緒に頑張ろう!」

「もちろんよ。あの人に奪われたもの、全部取り返して……えっ……」

 

 ちょうどその時、ふたりの目の前にある曲がり角から白いローブ姿の少女が顔を出した。現れたのは、少し大きな胸を持つヘルメス族の少女。腰に届きそうで届かない程度の艶がある長い後ろ黒髪の毛先を全て半円を描くように曲げた彼女。その姿を見たアビゲイルの心臓が強く震える。

 ドキドキと何度も動悸を繰り返し、真っ赤になった頬が熱を帯びる。


「ルル」と呟いたアビゲイルの胸は彼女のことでいっぱいになった。


 その一方で、突然現れた因縁の相手を前にしたミラに緊張が走る。目を見開き動揺する彼女の頬から冷や汗が落ちた。


 

「やっと見つけた♪」

 

 そのヘルメス族の少女、ルル・メディーラが優しく微笑み、アビゲイルの元へと一歩を踏み出す。


「先週、ムクトラッシュに行ったら、あなたがミラと一緒に旅立ったって知って、心配してたんだよ。私の舞台に立てない体になったんじゃないかって」

「心配してくれたんだ。ありがとう。ルル」

 アビゲイルがルルに笑顔を向ける。そんな彼女の前で、ルルが両手を合わせた。

「ごめんね。アビゲイル。迎えに行くのが遅れちゃって。さあ、舞台でみんなが待ってるわ。一緒に行きましょう」


 赤面するアビゲイルの前に立ったルルが右手を差し出す。


「謝らなくていいよ。あなたに会えるって信じてたから!」

 アビゲイルが躊躇うことなくルルの手を掴む。それからルル・メディーラは、彼女の体を自分の胸へと引き寄せた。そうして、見つめ合ったふたりは、互いの背中に両手を重ね、抱きしめ合う。



「なっ」


 打開策を考え込む隣で起きた出来事に、ミラは目をパチクリと動かした。何かがおかしいと感じ取り、首を強く横に振ったミラがアビゲイルに呼びかける。


「ちょっと、アビゲイル。何してるの? その人は、あなたから全てを奪った悪い人だよ!」


 その声はアビゲイルには届かない。嬉しそうに頬を緩めた彼女の目は、恋する乙女のようだった。

 抱きしめた体からは薬草の香が漂う。そのことに気が付いたルル・メディーラが目を伏せる。


「はぁ。薬草の匂い。どうやら、無駄な役作りをしたみたいね。今度の舞台のあなたの役柄は新人ヒーラーじゃないんだから。回復術式について勉強しなくてもいいんだよ。役作りなんてしなくても、ありのままを演じればいいの」

「でも、私はルルと一緒に戦いたいの!」


「アビゲイル。何言ってるの? 目を覚まして!」


 叫んだミラがアビゲイルに手を伸ばす。だが、その手は届かず、ルルと共に一瞬で消えてしまう。


「無駄だよ。ミラちゃん。アビゲイルは私の劇団に所属する新人女優なんだから」


 背後からルルの声が聞いたミラは目を見開き、体を後ろに向けた。そこでルルと横並びに立つアビゲイルは、嬉しそうな表情で因縁の相手を見つめていた。


「アビゲイルに何をしたの? 答えて!」


 怖い顔で怒鳴るミラの前で、ルルが肩をくすめる。


「うーん。そうね。その前に、コレを見てもらおうかな?」


 頬を緩めたルル・メディーラが、右手の薬指を立て、空気を叩く。そうして、召喚されたのは、二メートルは超えそうなほど長く重たい緑色の巨大な槌。神々しいオーラを放つそれを目にしたミラの背筋が凍り付く。


「何……それ……」


「巨大国家アルケア。この国には強大すぎる故に封印された七つの神器があるの。これはその内の一つ。色欲の槌。ミラちゃんの故郷、テリアムのどこかにこれが隠されているところまでは分かったけれど、探し出すのに苦労したわ。ミラ・ステファーニアとしてあの村で暮らし続けて、約三年間。やっと見つけた時は、胸が震えたものよ」



「それを手に入れるために、私から名前や居場所を奪ったの?」


 当然のように浮かぶ疑問に、ルルがあっさりと頷く。


「そうだよ。封印された神器が悪用される前に、手中に収めろって神主様に命令されてね。村の新たな住民より、あの村の住んでいる同世代の女の子に成り代わった方が、長期間の潜入捜査に適していると判断したから、ミラちゃんの役を選んだんだ。最初にあの村を訪れた時、緑豊かな道ですれ違ったあなたは、とても演じやすそうだったから」


 身勝手な理由を明かすルルの前で、ミラが体を小刻みに震わせる。

 

「そんなことのために、私は……」


「そう。この槌に選ばれた私の体に魅了されたあなたは、全てのチカラと心を奪われる。そして、私に魅了された者は、私が与えた役を強制的に演じるようになる。因みに、アビゲイル・パルキルスは、戦うチカラを奪った魔王の娘を愛してしまう勇敢なる勇者様を演じてるの」


「ウソ……だよね?」


 呆然とするミラを恐怖が支配する。ルル・メディーラは恐ろしい槌を持っている。あれを使われてしまえば、胸に秘めた復讐心があっさりと消え、自分という存在が別のモノへと書き換えられてしまう。


 絶望で顔を強張らせたミラの元へ、ルルが歩み寄る。


「安心して。色欲の槌は強力だけど、あなたが考えるような万能なモノじゃないから。絶対的な能力には、必ず代償があるんだよ」


「代償?」とミラが呟いた後で、アビゲイルがルルの右手を掴み、優しく引っ張る。


「ルル、気を付けて! ミラはルクシオンたちと手を組んで、あなたを倒すつもりだよ!」

「やっぱり、そうだと思ったよ。大丈夫。私の強さはあなたが一番分かってるんでしょ? アビゲイル」

「ふふっ、名前呼んでくれてありがとう。じゃあ、いろいろ教えてあげるわ。獣人騎士団のジフリンスとユイもミラの仲間だよ。アイリス・フィフティーンも加勢するんだって。あと、ルクシオンはお兄さんの遺品の剣でルルと戦うみたい」


 アビゲイルが笑顔でルルに情報を与える。その姿をミラは呆然とした表情で見ていた。

 アビゲイルが持っている情報は全てルルに筒抜け。それが意味することは、ミラ・ステファーニアにさらなる絶望を与える。イヤな予感が過った彼女の瞳に映るのは、ルルの隣で右手の薬指を立てたアビゲイルの姿。


「まさか……」


 大きく目を見開いたミラの目の前で、アビゲイルが空気を叩く。その指先から白い縦長の封筒がひらりと落ちていく。当たり前のように、アビゲイルはそれを敵に差し出した。


「はい。これに詳しい作戦が……」

「それだけはダメ!」とアビゲイルの声を遮り叫んだミラが右手を前に伸ばして、前へと駆け出す。だが、時すでに遅し。計略書はルルの手の中に。

 その瞬間、ミラ・ステファーニアは絶望の淵に落とされた。絶望した彼女の前で、ルルが封筒を開け、中に入っている計略書を読み進める。


「へぇ。舞台の見取り図まで書いてある。分かりやすいわ。まず、正面からミラちゃんとジフリンスが迎え撃ち、舞台の中央まで誘導。そこからルクシオンが背後から飛び出し、光速蹴りで奇襲を仕掛ける。舞台の中央には、私の動きを足止めする魔法陣が仕掛けられている。魔法陣から飛び出した蔦で私の体が拘束された隙を狙い、アビゲイルが身体強化系の回復術式を発動。攻撃手のミラちゃん、アイリス、ジフリンス、ルクシオンの四人が東西南北に別れ、四方から渾身の一撃を放つ……こんな作戦で私を追い詰めようとしてたんだ。アビゲイル。教えてくれてありがとっ!」


 笑顔のルル・メディーラがアビゲイル・パルキルスの頭を優しく撫でる。アビゲイルが嬉しそうな顔でピンク色の頬を緩める。


「ふふっ。ルルを助けられたみたい。すごく嬉しいわ」

「あっ、ごめんなさい。大切なモノ、忘れてたわ」

 恋する乙女の顔で見つめてくるアビゲイルの隣で、ルルが思い出したように両手を叩く。それからヘルメス族の彼女は、右手の薬指を立て、空気を叩き、ピンク色のハート模様が描かれた茶色い小槌を召喚する。

 それが地面に叩きつけられると、刻まれた魔法陣の上に茶色い小箱が現れる。


「何、それ?」と首を傾げるアビゲイルの隣で、ルルが小箱を拾い上げ、中身を彼女に見せる。


「初めてのプレゼントだよ。久しぶりに会えたら、贈ろうって思って用意してたの、すっかり忘れてたわ」


 開かれた茶色い小箱の中には、直径五センチほどの大きさのピンク色の鉱石を取り付けた指輪が入っている。

 ルルは小箱からそれを取り出すと、アビゲイルの左手首を優しく掴み、指輪を左手の薬指に填める。

 彼女が左手から話した後で、彼女は指輪が嵌められた指先を、ウットリとした表情で見つめた。


「キレイな指輪。ルル、ありがとう!」


 



「ああ、ああ」



 顔面蒼白なミラの心を絶望が支配していく。


 イースが与えた作戦は通用しない。あの作戦はすぐに対策され、ミラたちは絶体絶命な状況に陥る。


 奪われたモノを全て取り返すことも、みんなの仇を討つこともできない。無様に倒された仲間たちの姿が浮かび、ミラの体が膝から崩れ落ちる。


「いやぁぁぁ!」


「ダメよ。ミラちゃん。もうすぐ幕が上がるんだよ。復讐に燃える愚か者が無様に倒される結末、みんなに見せちゃおう」


 頭を抱えるミラの目に、アビゲイルと手を繋いだルルの顔が飛び込んでくる。そのヘルメス族の少女の左手がミラの肩に触れた時、彼女の目の前は真っ黒になった。




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