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第157話 禁断の錬金術

「……それを知ってどうするつもり? 事情が分かれば、助けられるって本気で思ってるの?」


 アゼルパイン城、西門の先の庭の中で、ポニーテールに結った後ろ髪を揺らしたマリアが首を傾げる。 

「はい。この戦いは話し合いでも解決できるとステラさんから聞きました。そのためには情報が必要です」

 迫りくる三人の白い兵士たちの腹を蹴りながら、クルスが答える。次々と兵士たちが倒れていく状況の中で、マリアは溜息を吐き出した。

 

「姿が変わっても優しいところは変わってないみたいだね。だけど、私はどんな言葉をかけられても、答えを変えないよ。師匠のためなら、私は……」


「劣勢のようですね?」


 その時、マリアの声を少年が遮った。その直後、マリアの右隣に黒髪ショートボブの少年が姿を現す。耳を尖らせたヘルメス族の少年の姿を見たアルカナが眉を顰めた。


「この子、確かヘルメス村で会った……」

「はい。お久しぶりです。ラス・グースです」

 ラスが白い歯を見せ、上空にいるアルカナに視線を向けた。一方で、ラスの隣にいるマリアが驚き目を見開く。


「あっ、姉弟子? どうしてここに……」



「姉弟子?」と兵士たちの攻撃を防いだクルスは、マリアの声に反応を示した。

同時に、五大錬金術師の助手の脳裏に、ふたりの言葉が浮かぶ。


 一つは、ルクリティアルの森の中で敗れたブラフマの言葉。

 

 「違う。確かラス・グースって名乗ったわい」


 もう一つは、同じ森の中でアルケミナが語った言葉。

 

 「私の記憶が正しかったら、テルアカが管理する研究施設に聖人の身内がいたと思う」


 ふたつの言葉は、一つに結ばれる。目の前に現れたのは、聖人の身内、ラス・グース。

 その実力は、全盛期のブラフマと互角かそれ以上で、テルアカが管理する研究施設に所属していた。

 もし、その施設がフェジアール機関の研究施設だとしたら、マリアの呼称にも納得ができる。



「この人がラスさん?」と呟いたクルスは、目の前の三人を殴り倒し、マリアの隣にいる少年に視線を向けた。

 すると、ラスが不敵な笑みを浮かべる。

「少し様子を見に来ました。そうしたら、驚きましたよ。攻撃無効化術式を施しているにも関わらず、兵士たちが倒れているのですから。約一千五百人ほどでしょうか?」

 顔を前に向けたラスが、クルスの近くに倒れた兵士たちを視認する。

「クルスくんの異能力が強力すぎて……ごめんなさい!」と謝るマリアの隣でラスは頬を緩めた。

「仕方ありませんね。こうなったら、テルアカが考えた最後の策を使うしかないようです」

 そう口にしたラスが青空に向け左腕を伸ばす。それから、左手の薬指を立てると、上空のアルカナは表情を強張らせた。

 

「ウソ」と呟く五大錬金術師が、左手の薬指を動かし、指先の竜巻を斜め下のラスに向け飛ばす。だが、それは見えない何かに吸い込まれてしまう。

 そうして、ラス・グースは宙に生成陣を記した。


 東に固定を意味する双子座の紋章

 西に風の紋章

 南に増殖を意味する水瓶座の紋章

 北に凝華を意味する蛇使い座の紋章

 中央に水の紋章


 それらで構成された生成陣が上空に浮かび上がると、青かった空が白雲に覆われ、雨が降り出す。その雨粒を瞳に映したアルカナは、身を震わせ、絶叫した。


「やめてぇ!」


 目を見開いたアルカナが蝶の羽を動かし、切り裂いた雨雲に空気を飛ばす。だが、それは雨雲を消し飛ばさず、見えない何かに吸い込まれてしまう。その間にも、雨粒は地上へと降っていく。


 地上で拳を振るうクルス・ホームはすぐに異変に気が付いた。拳を振り下ろすよりも先に、雨で濡れた兵士の体がボロボロに崩れていく。異様な光景にクルスは動きを止め、周囲を見渡す。



「助……け……」


「い……や……だ……」


「死に……たくな……い……」


 戦場に響くのは、悲痛な叫び。苦しそうに悶える兵士たち。次々と白いローブで身を包む彼らの体が溶けていく。その残骸は肌色の砂に変化していった。


「これは、何ですか?」と動揺するクルスの隣に、アルカナが降り立つ。


「最悪ね。まさか、もう一つの代償を自ら発動するなんて……」

「アルカナさん。教えてください。何が起きているんですか?」

 動揺して目を泳がせるクルスが尋ねると、アルカナは目を伏せた。

「攻撃無力化術式。その代償は感覚を麻痺させるだけじゃないの。恐ろしいのは、もう一つの代償。酸性の成分が多く含まれた液体に体が触れた場合、地獄のような苦しみに悶え、やがて砂に変化する。もちろん、そうなれば、二度と人間の姿には戻れない。それを防ぐために、雨雲を消し飛ばそうとしたけれど、できなかった」


「アルカナさん。早く僕をあの雨雲まで飛ばして……」

「もう手遅れよ」

 悲しそうな顔をしたアルカナが残酷な現実から目を反らす。

「そんな、酷すぎます!」

 怒るクルスがマリアの隣にいるラスの顔を見て、拳を強く握りしめる。



「さて、次はこれを投入します」


 イタズラな笑みを浮かべたラスが、右手の薬指を立て、空気を叩く。そうして、指先から飛び出した瓶の蓋を開け、真下に傾ける。中に詰められた全ての石灰が地上に落ちていき、肌色の砂と混ざり合う。


 一方でマリアは身を小刻みに震わせ、顔色を青くした。


「そんな代償、私、知らない。ホントにこんなこと、師匠が考えたの? 弱い兵士を制裁するなんて……」


「制裁? そんなわけないでしょう? 僕は彼らの願いを叶えただけです。それに、東門からアソッドたち三人が侵入して、ティンクは一時撤退。残るそちら側の兵士は、あのふたりのみ。こういう状況ならば、これで足止めするのも悪くないはずです」


 悪魔のように笑ったラス・グースが再び左手の薬指を立て、宙に生成陣を記す。



 東に固定を意味する双子座の紋章

 西に分離を意味する蠍座の紋章

 南に鉄を意味する火星の紋章

 北に増殖を意味する水瓶座の紋章

 中央に土の紋章



 それらで構成された指先の生成陣に吸い寄せらせるように、肌色の砂が集まっていく。それは一瞬の内に、十メートルを超える巨大な丸坊主の男性を模したゴーレムの姿に生成された。上半身だけの巨体は、黒く連なった三つの穴が開く太い両腕を前のめりにしている。 

 大きく口を開け、獣のように吠えるゴーレムを見上げたアルカナが首を傾げる。


「どういうつもり? 人間を錬金術の素材に使うのは、禁忌のはずよ」

「ご冗談を。僕はそこにあった砂を素材にして、ゴーレムを生成しただけです。錬金術師は、そこにある素材や手持ちの素材を用いて、様々なモノを生成する。常識ですよね?」

 はぐらかすように両手を広げたラスをクルスが睨みつける。

「絶対に許しません!」


 激怒したクルスを他所に、ラスがマリアに冷酷な視線を向けた。


「さて、マリア。あなたの願いも叶えてあげましょう。テルアカのため、西門から攻めてくる敵を足止めする。あのゴーレムの一部になり、あのふたりを足止めできれば、テルアカが喜びます」


 降り続ける雨の中、ラス・グースが右手の薬指を立て、空気を叩く。その指先から白い小槌が飛び出すと、すぐに持ち手を掴み、悪魔のような目をしたヘルメス族の少年がそれを彼女の頭に振り下ろす。


 呆然とする彼女は動くことができなかった。


 これは、テルアカのために暗躍してきた彼女の末路。道具のように利用され、あの兵士たちと共に死んでいく。絶望の色が少女の顔に射し、恐怖が全てを支配していく。不意に流れた涙と冷たい雨が混ざり合い、マリアは瞳を閉じた。


 だが、最期の時は訪れない。恐れながら瞳を開けたマリアの瞳に、自分とラスの間に割り込んだクルスの後姿が飛び込む。振り下ろされそうな小槌を拳で受け止め、チカラを入れる。その瞬間、ラスの手の中にあった小槌が消え去った。

 その現象を目の当たりにしたラス・グースが体を後ろに飛ばし、納得の表情を浮かべる。


「なるほど。どうやって攻撃無効化術式を攻略したのか疑問に思っていましたが、そういうことだったんですね。これは早急に伝えた方がよさそうです」


 冷静なヘルメス族の少年が、クルスたちの前から姿を消す。その直後、マリアは体を脱力させ、緑の草の上に座り込んだ。そんな彼女と向き合うように、クルスが体を半回転させた。


「マリアさんだけでも助かって良かったです」

 ホッとしたように胸を撫でおろしたクルスに対して、マリアは首を傾げる。

「……どうして、助けたの?」とマリアが問いかけると、クルス・ホームは首を縦に動かす。

「同じフェジアール機関に所属する錬金術師仲間ですから。それに、ラスさんは間違ってるって証明したかったんです。テルアカさんのために命を犠牲にするなんて、おかしいです。あんなやり方では、テルアカさんは喜ばないし、それをマリアさんは望まない。そうでしょう?」


 真剣な表情をした黒髪ロングの少女と顔を合わせたマリアが頬を緩める。


「はぁ。相変わらずね。そんな優しいクルスくん、早く姉弟子、倒してきて! ゴーレムの相手は私がするから」


 脱力した体を起こしたマリアが視線を巨大ゴーレムに向ける。そんな彼女に対して、クルスは目を丸くした。


「えっ、マリアさん?」

「安心しなさい。こう見えて、私もフェジアール機関五大錬金術師の助手だよ。さあ、早くアルカナと一緒に城の中へ! おとなしくしてる今が侵入のチャンスだよ」

 マリアが右手の親指を立てると、アルカナがマリアの右隣に並ぶ。


「いや、二千人の兵士を一度に相手するようなモノよ。異能力があるとはいえ、一人でどうこうできる相手じゃないわ。だから、私もここに残る。クルスくん、あとは任せた♪」


 かわいらしくウインクしたアルカナと視線を合わせたクルスが息を整える。


「はい。分かりました!」と元気よく口にした五大錬金術師の助手は、城内へ侵入するため、前へと駆け出した。

 


 


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