第155話 ダメージ・キャンセル
ティンクが東門に攻め入ったのと同刻、反対側に位置する西門を開け、正反対なふたりの女が潜入した。
かたや、茶髪ショートの貧乳低身長女子。
かたや、黒髪ロングの巨乳高身長女子。
キレイな虹色の蝶の羽を生やした茶髪の彼女のペースに合わせ、動きやすい長ズボンと白いシャツを合わせた大きな胸を持つ彼女が石畳の道を駆け抜けていく。
遠くから轟音を耳にした貧乳の五大錬金術師、アルカナ・クレナーが息を整えながら呟く。
「はぁ。はぁ。始まったみたいね。戦闘」
「そのようです。上手くいくといいのですが……」とアルカナの隣のクルスが呟く。丁度その時、前方から一人の少女がふたりの元へと近づいてきた。
石畳の上をコツコツと真っすぐ、歩くのは、腰の高さまで伸びた黒色の髪をポニーテールに結った低身長の少女。頭頂部の髪がアホ毛のように跳ね、白いローブで身を隠すその姿を見たふたりが目を丸くする。
「もしかして、マリア……ちゃん?」
そう尋ねるアルカナに対して、少女は頷いてみせた。
「お久しぶりです。例のシステムの影響で急成長したマリアちゃんです。えっと、そっちのおっぱい大きな子がクルスくんだっけ?」
アルカナよりも頭一つ分小さな見た目の少女が、クルスの大きな胸をジッと見上げる。それに対して、クルスは恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
「そんなに見ないでください。マリアさん」
「別にいいでしょ? 同じ五大錬金術師の助手という身分なんだからさ。ところで、珍しい組み合わせだね。このふたりが一緒に行動するなんて。もしかして、ふたりでここに乗り込んできたのかな?」
「ふーん。やっぱり、マリアちゃんもルス・グースの仲間なんだ。テルアカがルスの仲間になったと聞いた時から疑ってたけど……」
アルカナの推測を耳にしたマリアがニヤリと笑い、手の薬指を立て、宙に魔法陣を記す。
東西南北に火の紋章。
中央に煆焼を意味する牡羊座の紋章。
シンプルな構成の生成陣を指先に浮かべ、白雲が浮かぶ空は示す。その瞬間、マリアの指先から炎が噴き出した。
「もうちょっと情報聞き出したかったんだけど、まあ、いいや。全軍前進!」
風で揺れる小さな炎が漏らす白煙を合図に、前方から二千人規模の白い群衆が押し寄せる。
マリアの手前で整列し立ち止まった集団の顔は、白いローブのフードを目深に被っているため見えない。
「ふーん。マリアちゃん。いっぱいお友達連れてきたんだ」
紫色の左目にEMETHという文字を移したテルアカが呟く。
「そうだよ。こちら、ホーエンハイル騎士団の皆さん。全軍って言っちゃったけど、ホントはこの規模の軍勢が城内に何部隊か待機してるから、最大戦力を投入したわけじゃない。たったふたりを相手にするには、もったいない数だけど、恨まないで!」
右目でウインクしたマリアが、天を示していた右腕を斜め下の降ろす。その動きを合図に、先頭の数百人が前進し、アルカナとクルスを包囲する。
頭からつま先まで白で統一した軍勢は、包囲網の中心にいるふたりの女に向けて、鉄剣を振り上げた。
押し寄せるように間合いを詰めていく白の集団に視線を向けたクルスの眼前に、白い影が飛び出す。
「はっ」と息を呑んだクルスは、握った拳を敵の腹を狙い、振り上げる。白ずくめの敵の体勢が崩れると、新たな十人の敵が格闘少女の視界に入り込む。彼らが一斉に剣を振り下ろそうとした隙を狙い、次々に蹴りや拳を体に叩き込み、後方へと退けていく。
そんな格闘家を背にして立っていたアルカナは紫の瞳を閉じ、召喚した白手袋を両手に填めた。
一歩も動こうとしない五大錬金術師に、十二人の敵たちが迫る。その内の六人が正面から剣を振り下ろしても、その一撃は届かない。見えない何かで弾かれてしまう。
その間に右手の薬指を立て、指先に召喚した灰色の粒子が詰まった小さなフラスコを浮かべ、白手袋で覆われた左手の小指を穴に突っ込む。それから、少量の粒子が付着した小指を口元へ近づけ、息を吹きかけ、左手の薬指を立てる。
それと同時に、三人の敵がアルカナの後方に回り込み、剣を斜めに振り下ろした。だが、結果は同じ。何かが敵の斬撃を防ぐと、アルカナは指先に浮かぶフラスコを右手の薬指で消し去る。
その後で無傷の彼女は瞳を開け、宙に生成陣を記した。
東に昇華を意味する天秤座の紋章。
西に固定を意味する双子座の紋章
南に煆焼を意味する牡羊座の紋章
北に火の紋章。
中央に風の紋章
それらの紋章で構成された生成陣を指先でクルクルと回し、円を描くように飛ばしていく。
そして生まれた熱風は、数十人の敵の体を後方へ飛ばす。白のローブが黒く焦げ、煽られた体が次々と地面に叩きつけられていく。
「暑い。あの一瞬で錬金術を使うなんて、流石はフェジアール機関の五大錬金術師。でも……」
拍手をしたマリアが、目の前で倒れている六人の仲間の右手の甲を次々と触れていく。その直後、仰向けに倒れた仲間の体が数センチ跳ね、何事もなかったかのように起き上がる。
フードの下から獣のような目を覗かせた六つの白い影が一つにまとまり、クルスとの間合いを詰める。集団を視認したクルス・ホームが、石畳を右足で叩き、体を前に飛ばす。
眼前に飛び込んできた敵の腹を右足で蹴り飛ばし、真っすぐ伸ばした左足で体を横に半回転させ、右方から襲う敵に蹴りと殴りを連続して叩き込む。
だが、敵は痛がる素振りをみせない。何事もなかったかのように、三人の敵が「うぉおお」と大声で叫び、間合いを詰め、剣で斬りつける。
「はっ」と息を漏らしたクルス・ホームは、同時に放たれる一撃を瞬時に避け、左方から飛び出した敵の右腕を掴み、捻り上げた。
そのまま、敵の体をうつ伏せに倒すと、彼の目に生成陣が飛び込んでくる。
東に固定を意味する牡羊座の紋章。
西に風の紋章
南に発酵を意味するやぎ座の紋章。
北に増殖を意味する水瓶座の紋章。
中央にエーテルを意味する丸い紋章。
謎の術式の生成陣が敵の右手の甲に刻まれている。そのことに気が付いたクルスを中心に、四人の剣士が四方より攻める。
「この術式……」と呟いた巨乳格闘少女が、うつ伏せに押し倒した敵の右腕から手を離し、背の上で逆立ちした。
そのままの体勢で四方の剣士の頭に回し蹴りを叩き込む。それでも、敵は倒れない。打撃を受けてもなお侵攻してくる剣士たちを前にして、クルスは敵の背の上で伸ばした両腕を曲げ、上空へと高く飛び上がった。
空中で体を縦に回転した格闘少女が、息を整えながら、アルカナの右隣に着地する。
「はぁ。はぁ。アルカナさん。見えますか? 敵の右手の甲に刻まれた生成陣」
「もちろんよ。あの術式が書かれてる錬金術書、読んだことがあるわ。ダメージ無効化という強力な効果があるものの、生成するためには大量のエーテルと特殊な素材が必要なため、実用化不可能と言われた幻の術式。その効果を仲間に付与するのが、マリアちゃんの能力みたいだね」
クルスの隣でアルカナが腕を組む。それに対して、マリアは不適な笑みを浮かべ、右手の指を鳴らした。
「正解。私の能力はダメージ・キャンセル。私が触れた人物のダメージは二十四時間限定で無効化されるんだけど、ホントの恐ろしさはここから。その実用化不可能と言われた術式が記録された小槌の大量生産化に成功しました!」
衝撃的なマリアの一言に、ふたりが目を見開く。
「ウソよ。あれを生成するためには、数千万人の致死量を超えるエーテルを一度に投入しないと無理。そんなことできるわけが……」
怯え身を震わせたアルカナの前で、マリアがクスっと笑う。
「もうお忘れかな? こっちにはそんなあり得ないことができる高位錬金術師がいるんだよ。その名は、聖人、ルス・グース。聖人七大異能の一つ、第五元素免疫。致死量を超えるエーテルを扱っても死なず、当然のように疲労しない。つまり、常人には生成不可能な錬金術を無限に繰り出すことができるってわけ。それと師匠が採取してきた素材を使えば、あの術式が記録された小槌の量産化も可能ってわけ。そう。それこそが私たちの秘密兵器。量産化したそれを、合計一万人の兵士たちに施したわ」
「つまり、敵と戦えば戦うほど、こちらの時間と体力を浪費してしまう。恐ろしいわね」
恐ろしい敵を前にして、アルカナ・クレナーは身を震わせた。そんな貧乳の彼女の隣にいたクルスが大きな胸を揺らし、一歩を踏み出す。
「話は分かりました。アルカナさん。下がってください。ここは僕だけで行きます」
覚悟を決めたような真剣な顔をしたクルス・ホームは、目の前にいる二千人規模の軍勢に視線を向けた。