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第154話 東門を突破せよ。

 審判の日と呼ばれる聖戦が行われるその日、アゼルパイン城東門を、大柄の男が軽々しく開けた。


 上半身裸に長ズボンという姿をしたマッチョな男の腹にはEMETHという文字が刻み込まれている。

 白雲が流れる青空の下、その男、ティンク・トゥラは周囲を見渡しながら、真っすぐ伸びる石畳の道を歩いた。

 数メートルほど歩いた彼の目に、一人の少年の姿が映ると、彼は足を止めた。

 

 「よぉ。ファブル。元気そうだな!」


 西洋風の城を背にして立っている黒髪パーマの青年に対し、ティンク・トゥラは笑顔で右手を挙げる。

 彼は躊躇うことなく冷たい赤い目をした中肉中背な助手の元へと、石畳の道を真っすぐ進む。

 

「全てを壊す」

 青年の額に埋め込まれた黒い水晶から、ティンクは目を反らさない。

「そこで待ってろ。今すぐ、それを壊してやるからな!」

 静かにそう告げた大男が右手を強く握りしめる。それと同時にファブルが動き出した。右足を踏み出し、そこにいる人物を拒むように、石畳の上で黒い水晶を横一列に増殖させる。

 飛び込んできた水晶の壁を視認したティンクが右手を振るう。その拳が何度も黒水晶を砕き、周囲に細かい破片が散らばる。

 

 そうして出来上がった穴から、拳を握ったファブルが飛び出した。


「全てを壊す」と告げた冷たい目をした助手の拳を、ティンクが簡単に受け止める。


「どうした? ファブル。お前の拳はもっと強かったはずだ。今のお前は弱い!」

「全てを壊す。全てを壊す。全てを壊す」

 絶望の狂戦士と化したファブルがティンクの腹を蹴りあげる。一瞬の痛みが走り、掴んでいた手が離れ、絶望の狂戦士は体を後退させる。


「さっきの蹴りはちょっとだけ痛かった。だが、まだ弱い。お前は弱くなったんだ!」

「全てを壊す」

 ファブルが全速力で前へと駆け出し、ティンクとの距離を詰める。


 何度も一心不乱に拳や蹴りを入れてくる助手。それらの伎は五大錬金術師に簡単に避けられてしまう。


「ファブル。今のお前をソフィーが見たら、どう思う?」

「ああああ」

 絶叫した青年の赤い瞳が一瞬だけ光指す茶色に戻る。同時に格闘技を放つ動きが停止する。

 その変化をティンクは見逃さなかった。


「それにしても、遅いなぁ。代理人の姉……ちゃん」

 ボソっと呟いたファブルの前でファブルが青い空に向け、右腕を伸ばす。それが振り下ろされた瞬間。黒水晶が半円を描くように飛ばされる。

 斬撃のように飛んだ数百個の黒水晶が巨漢に迫る。石畳を抉り、細かな砂埃が舞う。


「最初から装備してて正解でした」


 砂埃の中で黒い影が揺れる。その中で舞う砂を一振りで消し去ったのは、二又に分かれた槍を持つ灰色の髪の少女だった。

 円を描くように地面を強い衝撃で抉られたその上に立っているのは、黒衣のワンピース姿の少女。


 上げた灰色の前髪を黒猫のカチューシャで止め、額を見せた彼女の頭には、半円を描くように曲がった山羊のツノが生えていた。

 

 後ろ髪を肩の高さまで伸ばし、左右二つに分けて結んだ低身長の彼女は、「ふぅ」と息を吐き出しながら、前方に見えた中折れ帽子をかぶった青年を見上げる。



「ねぇ。あの子がファブル?」


 その少女、アストラルが少し離れた後方にいるティンクに尋ねる。


「ああ。そうだぜ。代理人の姉ちゃん。それにしても、姉ちゃん、スゴイな。その槍であの黒水晶を全部砕いたんだろ?」

「激しい戦いになると想定していましたからね。最初からコレを持っておこうと決めていました。ハーデス族に伝わりし槍、バイデント。ホンモノは一振りで人体を真っ二つにして、聖人や神様に傷を負わせることができます」 

「すげぇの持ってるんだな。そいつを使えば、ルスに傷を負わせることもできるってわけだ」

 クレーターの上に首を傾げたティンクが立ち、アストラルと並ぶ。だが、彼女は首を横に振った。

「いいえ。それができるのはホンモノのバイデントです。私が持っているのはハーデス族なら誰でも持ってる複製品。威力も大幅に抑えられ、一振りでモース硬度七程度の硬さを持つ鉱石を砕くことしかできません。また、人体を真っ二つにすることもできず、ただ、このように吹っ飛ばすことしかできません」

 目の前に飛び込んできた青年に向け、バイデントと呼ばれる槍をアストラルが振り下ろす。生まれた衝撃波は、襲い掛かる青年の体を後方へと吹っ飛ばす。

 すぐに右足で石畳を蹴り、ファブルが黒水晶を新手の少女に向け飛ばし、体を前へ飛ばす。その間に、ティンクは首を傾げた。 


「モース硬度七?」 

 指さす先にある、飛ぶ水晶を二又の槍で振り落とすと、水晶が氷のように細かく砕かれていく。

「一般的な水晶と同じ硬さなら簡単に砕けるということです。見たところ、召喚される黒水晶のモース硬度は七と推定されます。その程度のことも知らないなんて、ホントに高位錬金術師なんですか?」 

 アストラルが冷たい視線をティンクに向ける。

「おいおい。こんな時に白熊の姉ちゃんのモノマネかよ。じゃあ、ファブルの額の赤い水晶、壊せるか?」

 そう尋ねられたアストラルの前に、間合いを詰めたファブルが姿を現す。眼前に飛び込んでくる青年の額に埋まった赤い水晶を観察しつつ、飛んでくる拳や蹴りに合わせて槍で突く。ファブルの手や足、膝にいくつもの丸い傷口が刻まれ、そこから赤い血が垂れる。。

「うーん。大体硬度九……くらいでしょうか? 難しいですね」

「分かった。じゃあ、俺があの水晶を砕く。アレを壊したら、ファブルを元に戻せるからな。代理人の姉ちゃんは、ソフィーの声でファブルに語り掛けてくれ」

「了解です……ってことで、二十秒くらい助手くんの相手してて!」


 そう告げたアストラルが体を後方へ飛ばす。冷酷な目をしたファブルとティンクの目が遭い、絶望の狂戦士は次の獲物に襲い掛かる。


「全てを壊す」と口にする絶望の狂戦士がティンクの大きな上半身を狙い、何度も拳を振るう。だが、その技は簡単に避けられてしまう。


「待ってろ。もうすぐだ!」と語りかける五大錬金術師から少し離れた石畳の上で、アストラルが瞳を閉じる。

 

「天から授かりしこの能力を使い、私は私にしか救えない人たちを救います! ふぅっ」


 両手を合わせ唱えた後で、深く息を吸い込み、黒く変化した瞳を開ける。それから、右手で握っていた槍の柄を右手の薬指で叩き、消し去ると、右手の薬指を立て、空気を叩く。

 指先から水色の柄に縦に連なる五つの円が描かれた小槌が召喚され、石の地面上でそれを叩く。

 地面に刻まれた水色の魔法陣の上で、鉄の長刀が浮かび、アストラルがそれの柄を握る。

 頂点が鋭い六面体の刀身には、縦に連なる五つの穴が開いている。


 特徴的なその剣を握ったアストラルが拳をぶつけ合うふたりの間に体を飛ばす。


「ティンクさん。ちょっと下がって!」


 ソフィーの声でアストラルが叫ぶと、一瞬だけファブルの動きが止まる。

「ああ、分かった」

 ティンクがファブルから目を反らすことなく、後退する。その間に割り込んだアストラルは、手にしていた剣で十字を描くように空気を切り裂く。剣の穴から透明な球体状の斬撃が飛ぶ。

 その剣技を目にしたファブルの目が一瞬だけ茶色に戻る。目の前にいるハーデス族の少女と勇敢に剣を握り戦うソフィーの姿が重なった瞬間、ファブルの頭は鋭い衝撃を受けた。


「ああああああ!」

 痛みが押し寄せたファブルが両手で頭を抱え、絶叫する。放たれた斬撃を全身で受け止めたファブルの上半身に十字傷が刻まれた。


「ファブル。もうやめて。こんなのあなたらしくないよ」

「あああ、全てを……」

 一歩も動かない青年の背後に、ソフィーの魂を宿したアストラルが回り込む。

「全部見てたから分かるよ。私の仇を討つために、一人であの人に立ち向かった姿、かっこいいって思った。でもね。今のファブルはすごくかっこ悪い。戻ってよ。私が好きだったファブルに」

 硬直する青年の体をアストラルが優しく抱きしめる。

「ああ。ソ……フィー」

「ふふっ。やっと名前呼んでくれた。ありがとう。ファブル……はい。ティンクさん。今です!」


「うおぉ! この一撃に全てを込めるぜ!」

 ソフィーの一言を合図に、ティンクが拳を握り、前へと駆け出す。

 一瞬で間合いを詰め、振り上げた右の拳で何度も額の赤い水晶を叩き割る。赤い欠片が周囲を舞い、真っ赤な青年の瞳に光が射す。


「……ティンクさん。ソフィー」


 青年が小さく呟きながら、意識を手放す。うつ伏せ倒れたその体からは、赤い水晶が消えていた。


「ファブル!」と慌てたティンクが助手の体を起こす。それを近くで見ていたアストラルは深く息を吐き出した。


「はぁ。大丈夫です。気を失っただけですから。最も、早く病院に連れて行かないと、危ない状況なのは事実です」


 元のアストラルの声を発したハーデス族の少女の近くで、ティンクが助手の体をおんぶする。


「ああ、分かった。じゃあ、早く行ったほうがいいな……っと、その前に!」



 ティンク・トゥラが息を吐き出しながら、自分の右手の甲を左手の薬指で触れた。その瞬間、魔法陣が浮かび上がり、白い光が点滅していく。それを口元へと近づけた大男は、魔法陣に声を吹き込んだ。


「俺だ。アルケミナ。東門制圧完了。いつでも来い。俺は戦線離脱する」

「了解」と幼女の声が右手の甲の魔法陣から漏れると、すぐに光が消え、通信術式の魔法陣が見えなくなる。

 その後でアストラルは右手の人差し指を伸ばす。

 

「それと約束はしっかりと守っていただきます」

「もちろんだ!」と答えたティンクはアストラルと共にアゼルパイン城から立ち去った。

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