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第153話 聖戦前夜 後編

 世界の命運を託された少女が作戦を語ったその頃、西洋風の城の王室の中で、白いショートボブの髪型をした幼女が「ふぅ」と息を吐き出す。耳を尖らせた小さな女の子のような見た目の彼女が座るのは、黄金に輝く王座。幼女の姿では、床に足が付かないほど大きなそれの手元には、円形の机が置かれている。

 白いローブで身を包む白髪の幼女、ルス・グースの左隣には、黒髪ショートボブのヘルメス族の少年が並ぶ。


 一方で、真っ赤な絨毯が敷かれた王室の中で、帽子から靴先まで全てを白で統一した四人組が壁際に集まり、作業をしていた。

 ルス・グースは幼い顔を右に向け、彼らに優しい眼差しを向ける。


「間に合いそうで良かったのです」

「そうですね。ルスお姉様。まさか、搬入が今日になるとは、想定外でした」

 幼女のことを姉と呼ぶ左隣の少年、ラス・グースにルスは視線を向けた

「埃塗れになっていたと聞いたのです。ちゃんと修復したのですか?」

「もちろんです。専門の修復業者に依頼しました。僕もまだ見ていませんが、描かれた当時の色合いを再現したそうです」

「それならいいのですが、人間の考えていることは理解できないのです。あの絵画を暗い地下室の中へ隠し続けてきたなんて……」

 

 ルスが顔を前に向け、右手で持ったティーカップを口元へ近づける。丁度その時、壁際で作業をしていた白ずくめの男の一人が、ルスの元へ歩み寄った。


「ルス様。設置完了しました!」

 白い中折れ帽子を目深に被り顔を隠した男が、幼女に頭を下げる。それに対して、ルスは優しく微笑んだ。

「ご苦労様なのです。あの赤い幕はまだ取らないでほしいのですよ。明日、あの子がここを訪れるまでのお楽しみにしたいのです」


 右に見える王室の壁には、長方形の絵画が赤い布で覆い隠されている。それを見たルスは頬を緩めた。


「アソッド・パルキルス。あの幻の名画を見たあの子はどんな顔をするのでしょう? 明日が楽しみなのです。久しぶりに会うのですから、美味しい紅茶でおもてなししたいのです」

「相変わらずですね。ルスお姉様。メルから聞きました。あの街で平穏の暮らしていたアソッドを迎えに行った時も、強引に拉致せず、お茶会に招待すると誘い、自ら行動を共にするよう仕向けようとしたとか」

「懐かしい話なのです。あの時はあの女剣士に邪魔されましたが、今回は大丈夫だと信じているのですよ。フェジアール機関の五大錬金術師の汚れた血しか流れないよう祈っているのです」



 ルス・グースが両手を合わせ、祈るように瞳を閉じた。そんな姉の隣でラスが心配そうな表情を浮かべる。


「ルスお姉様。ホントに大丈夫でしょうか? 相手は例の能力者集団です。彼らとアソッドが手を組めば……」

 

「大丈夫なのですよ。敵の数はおよそ六人。一方でこちらはおよそ一万人。さらに、相手は罠だらけなこの城を攻めることしかできないのです。改修工事はしていませんが、城内の至る所に罠を仕掛ければ、簡単に追い詰めることも容易なのですよ。それに、西門のマリアとホーエンハイル騎士団第一部隊の包囲網は簡単には突破できないのです。長期戦になれば、必ずこちらが有利になるのです。能力者の数も絶望の狂戦士を含めると五対五。能力者の数が敗戦に直結することなどありえないのです」


「数的有利と地理的有利ですね。仮に彼らが東門から攻めてきても、場内に待機させた騎士団の別動隊を東に送れば、結果は同じです」

「そうなのです。明日は良い日になりそうなのです。罪深い五大錬金術師たちを滅ぼし、この世界を正しい方向へ導くのです」


 静かに決意した聖人の彼女は、もう一度ティーカップを手に取り、茶色い液体を口に含んだ。


 丁度その時、王室の扉が開き、白いローブ姿の兵士が室内へと足を踏み入れた。深くフードをかぶり顔を隠したその人物は、王座に腰かけたルスの前で立ち止まり、頭を下げる。


「失礼します。ルス様。例の石像の処理が完了しました」

 報告した兵士が左手の薬指を立て、空気と叩く。すると、指先から灰色の粉末が詰められた円筒状の瓶が召喚される。

 それを兵士から渡されたルスは、右手でそれを掴み、傾けてみせた。窓から差し込む月光に照らされた物質を眺めていたルスの表情が緩む。


「メランコリア。これであなたの魂も解放されるのです。最高級の憎悪と絶望の不純物を含んだ石灰へと変わり果て、最恐のゴーレムとして生まれ変わる。それは素晴らしいことなのですよ」


 仲間として接してきた獣人の変わり果てた姿をルス・グースが優しい眼差しを向ける。

 一方で、ラスは「ルスお姉様が怖いです」と身を震わせた。その後で、ルスが妹に手にしていた瓶を差し出す。


「この素材は、自由に使っていいのです。それと、例の件、メルに頼んだのですか?」

「はい。指示通り頼みましたが、わざわざアレをする意味が分かりません」と眉を潜めたラス・グースは姉から渡された瓶を右掌に乗せた。

「もしもの場合の後始末なのです。夢幻の僧侶、あの子は優秀な仲間なのです」


 そう語ったルスは、不敵な笑みを浮かべた。


 同刻、城内に併設された書庫の真っ赤な扉を水色のワンピース姿の低身長少女がノックした。腰の高さまで伸びた黒色の後ろ髪をポニーテールに結った十五歳くらいの見た目の彼女が扉を開け、本棚が並ぶ一室へと足を踏み入れる。


 キレイに整理整頓された本棚の間を進み、右折した彼女は、木の椅子に座って錬金術書を目に通す長身の黒いスーツ姿の男性を前方に見つけ、頭頂部のアホ毛をピンと真っすぐ伸ばした。


「師匠、こんなとこにいた!」

「マリア、私に何か用ですか?」

 彼女のことをマリアと呼ぶ男性が真っ白な笑顔の仮面で隠した顔を上げる。

「明日は大切な日なんだから、一緒にいたいなぁって」

 頬を赤く染めたマリアが、男性の元へ歩み寄り、彼の右腕に抱き着く。その男、テルアカ・ノートンは仮面の下の表情を変えない。

「相変わらずですね。でも、ホントに良かったのですか? アレは私の罪です。罰を受けるのは私だけで充分なんですよ?」

「何言ってるの? 私は師匠と一緒に罪を償うって決めたから。そのためなら、フェジアール機関に所属する錬金術師を名乗れなくなってもいい!」

 覚悟を決めた顔を上に向けたマリアと視線を合わせたテルアカが、ため息を吐き出す。

「はぁ。これが最後の説得です。今ならまだ間に合います。マリア、あなたにはウンディーネのお屋敷で平穏に暮らす未来があるんですよ。大罪を犯した私のことを忘れて、アルケア政府の人間として生きていく。そちらの方が幸せです」

「どうしてわかってくれないかな? 師匠。私は師匠の隣を歩きたいの。アルケア政府の人間として生きていくなんてごめんだわ。師匠は私をあの息苦しい世界から救ってくれたんだよ。今更そこに戻れなんて、ズルいよ!」

 マリアが頬を膨らませる。その顔を見たテルアカは目を伏せた。

「もう決めたことのようですね。今回も説得失敗です。明日はよろしくお願いします」

 テルアカが頭を下げると、マリアは彼の右腕に抱き着いたまま、笑顔になった。

「師匠、私の幸せを願ってくれて、ありがとう。それとね。師匠、死んだら許さないから!」

「もちろんです」とテルアカがマジメの答える。

 生きろと叫ぶ助手のメッセージを胸に刻んだ彼は、仮面の下で頬を緩めていた。

 


 城の外に広がる緑の庭の上で、ヘルメス族の少女がぐるりと一回転する。腰に届きそうで届かない程度の艶がある長い後ろ黒髪を月光で照らした彼女は、白いローブ以外何も着ていない。


 大きな胸と半円を描くように曲がった後ろ髪の毛先を揺らした彼女、ルル・メディーラは天高く輝く満月に向け、右腕を伸ばす。


「ああ、なんと醜い怪人なのでしょう。だけど、その仮面の下に隠した劣等感は、あなたを強くする。私はそう信じています」


 満天の星空の下、少女は近くにいる黒い影に呼びかける。ルルと同じ白のローブを着た長身の男性は彼女の即興劇を黙って観ていた。


 それから、ルルは頬を緩め、たった一人の観客の元へと歩みを進める。


「残念ね。私も同じ舞台に立ちたいのだけど、私は別の舞台に出演しなくちゃいけないから。あなたの物語の結末が観られない」

 無言で前だけを見ている長身男性の顔は、ローブのフードを目深にかぶっているため見えない。だが、ルルは彼の感情を見透かしたかのように、優しく微笑む。

「そんな顔しないで。あなたを街で拾ってからもうすぐ一か月が経過するわ。その期間、あなたは私の稽古をマジメに頑張ってきた。あとは私が与えた役を演じればいいんだよ。そうすれば、いい舞台になるはず」


 ルルが棒立ちする男性の背後に回り込み、抱き着く。柔らかく大きな胸が男性の背中に触れ、男の頬が赤く染まる。


「ふふっ、素直ね。お互いに最高の舞台を演じましょう。かわいい怪人さん」


 この世界を揺るがす聖なる戦いを明日に控えた夜は、いつものようにゆっくりと過ぎていった。


 

 

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