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第151話 勇敢なる勇者様の仲間

医療都市ムクトラッシュから離れたのどかな街。エフドラと呼ばれるこの街にアビゲイルとミラがいた。


 青空の下でふわふわとした毛皮が特徴的な白い小さなドラゴンが流れていく。白い石を削って作られた丸い家が多い住宅街を抜けると、アビゲイル・パルキルスは目的地を見つけ、立ち止まった。


「あっ、ここみたいだね。エフドラ獣人騎士団事務局!」

 そう呟いたアビゲイルが、前方に見えた文字を指さす。玄関となる茶色い扉の近くには看板がある。

 一方で、アビゲイルの傍にいるミラ・ステファーニアはそわそわと体を動かした。

「ううぅ。緊張するよ。もう六年くらい会ってないし、私がホンモノのミラだって信じてくれるかも分からない。いっそ、このまま逃げ出したい」

「何言ってるの? わざわざこんな遠くまで来て、会わずに帰るなん……て……」

 不安なミラの右隣にアビゲイルが並ぶ。その瞬間、石畳の地面が小刻みに揺れた。


 振動はふたりの太ももも揺らす。

「何、これ?」


 驚いたミラが周囲を見渡す。



 詰所の右隣に併設された屋外稽古場。そこにミラが視線を向けると、アビゲイルも同じ方向を見た。そこでは、緑色の迷彩柄のローブ姿のふたつの人影がぶつかりあっている。


「朝の稽古をしてるみたいだね。地面を震わせるほど激しい戦いだ」

「そう……だね」と返すミラの視界の端に、大きな男の背中が映りこむ。その背中はどこか懐かしい。不安だった表情が和らいでいき、ミラは何かに導かれるように、稽古場へと足を進めた。

「ちょっと!」と呼び止めようとしたアビゲイルも彼女を追いかける。


 数十秒でふたりは屋外の稽古場へと辿り着く。透明な壁で覆われた広い空間で、二メートル以上の大きな人物が「はぁ」と息を吐き出す。鍛え上げられた筋肉が特徴的な茶髪の人物は、極普通な鉄の長刀を握っている。


 その人物の横顔を見たミラ・ステファーニアは目をパチクリと動かした。記憶の中の親友とどこか似ている彼女は親友の兄の面影がある。


 相対するのは、黄色と黒のシマシマ模様の尻尾を生やしたトラ耳の獣人。長身で腰ほどの長さの黄色い髪をポ二-テールのように結った彼女の胸は少しばかり大きい。



「ダメだ。この程度の剣技しか放てないのであれば、あの剣を使いこなせない」


 獣人の女剣士が瞳を閉じ、剣を鞘に納める。


「珍しいな。こんな時間に客人とは」


 瞳を開けた女剣士が真横に見えたふたつの人影に向け、歩みを進める。それに合わせて、大柄な人物も体を横に向けた。

 平均的な大きさの胸を持つ茶髪ショートカットの女は、突然の訪問者の顔を見て、目を丸くする。


「……ミラ?」

「誰かと思えば、ルクシオンの友達か? それなら、詰所の中で話すといい」

「イース。ちょっとは警戒しなさいよ。もしかしたら、この子……」

 茶髪ショートカットの女はミラから目を反らしながら、イースに耳打ちする。だが、イースは警戒心を見せない。

「大丈夫さ。匂いで分かる。あの子からは悪意を感じられない」

「でも……」と眉を潜める親友の姿に、ミラは目を点にした。

「何か、勘違いされてそう」




 詰所内にある一室にミラはアビゲイルが足を踏み入れる。正方形の白い机を挟むように二人掛けの木の椅子が置かれ、四角い窓から朝日が差し込む。

 ミラがアビゲイルと横並びに座り、彼女たちと向かい合うように、大柄な女が腰を落とす。

 山のように盛り上がった左前腕にEMETHという文字が刻んだ彼女の傍には、ふたりを招き入れたトラの獣人女剣士が立っている。


「えっと……ルクシオンだよね? 信じてもらえないかもだけど、ミラ・ステファーニアです」

 向かい合う彼女にミラが身分を明かす。そんな少女の顔を暗い目をした女がジッと見ていた。

「あなた、ホントにミラなの? またミラのフリをして私の前に現れたってわけじゃないのよね?」

 疑惑の視線を向ける彼女の前で、ミラは目を丸くする。

「えっ、知ってたの? 私のニセモノがいるって」

「何、言ってるの? この前、暴露したでしょ? あなたは五年前から村が滅ぼされるまでの三年間、私の親友を演じてきたって。その事実を知った時は、ショックを受けたわ。あの三年間の思い出は、全部ウソだったんだって……」

「違うよ。村が滅ぼされるまでの三年間の私との思い出はウソだったかもしれないけど、その前の思い出はホンモノだから。信じてくれないかもしれないけど、私はルルって人に全てを奪われたんだ。私からミラ・ステファーニアとしての身分も奪ったルルは、ルクシオンの親友を演じていた。それが真実だよ!」


 椅子から勢いよく立ち上がり、ジッと親友の顔を見つめたミラが必死で訴える。だが、ルクシオンの目に光は宿らない。


「分からないわ。あなたはホンモノなのか。それともニセモノなのか。あの女の演技は恐ろしいの。あの女に事実を聞かされるまで、私は騙され続けてきた。そこにいたミラがニセモノだったなんて、全く気が付かなかった。性格や仕草、記憶までトレースして、役になりきる。そんなことができるあの子を倒すまでは、誰も信じない」


「……ってことは、私たちと目的は同じってことね?」

 ミラの右隣にいるアビゲイルが右手を挙げる。

「目的?」とルクシオンが首を傾げると、アビゲイルは「あっ」と声を漏らした。

「自己紹介がまだだったわ。初めまして。アビゲイル・パルキルスです。私もルル・メディーラに全てを奪われました。剣を握ることもできなくなったし、誰も私のことを覚えていません。私はミラと手を組み、あの人に奪われたモノを全て取り戻そうと考えています。ルクシオンも私たちと同じように、ルルと倒したいって考えているんだよね? だったら、私たちの仲間になってください!」


 ミラの隣で立ち上がったアビゲイルが頭を下げる。その姿を見ていたイースは顎に右手を置いた。


「なるほど。全てを奪うとは、興味深い話だ。もっと詳しい話を聞かせてもらおう」

 イースがアビゲイルに興味を抱く。その隣でルクシオンが慌てて席を立った。

「ちょっと、この子たちの言ってることがウソだったら、どうするのよ?」

「大丈夫だ。ユイにもルルのことを調べてもらっているからな。手に入れた情報と照らし合わせれば、真偽が分かる」

 イースが小声でルクシオンに伝えると、彼女は瞳を閉じながら、着席する。それから、イースは目の前にいるふたりに視線を送る。

「おふたりさん。座りなさい。そして、教えてもらおうか? ルルに関する全ての情報を」


「ルルは複数の剣を使いこなす剣士よ。ドラゴンが相棒みたいだけど、私が戦った時は一人で戦ってた。私が見たのは、鎧の腰の鞘に納めてあった二本の細長い長刀。そのうち、使ってたのは、一本だけだったけど、恐ろしいのはいつの間にか召喚されたあの二本の長刀。それは、どんなに硬い鎧でも貫通し、体に傷を刻むことができるみたい」

「鎧貫通か。恐ろしい剣だ」

「他にも、半円を描くように曲がった小刀も使ってた。常人では回避できないほど速い蹴り技も使えるし、あと注意しておきたいのは、二メートル以上ある緑色の大きな槌。アレを使われた後、あの女に唇を奪われたら、全てを奪われてしまうの。存在自体は別の術式で消されたのかもしれないけれど、あの人にキスされた瞬間、チカラが抜けていったんだ」


「その槌、まさか……いや、アレは伝説上のモノのはず。存在するはずがない」

 アビゲイルの話を聞いていたイースがブツブツと呟く。その姿を見ていたルクシオンが首を傾げる。

「イース。どうかしたの?」

「いや、なんでもないさ。とにかく、ルルは恐ろしい剣士だということは分かった。あの剣を使いこなせるようになったとしても、たった一人で倒せる相手ではない」

「つまり、この子たちを仲間にしろってこと?」

「そうだな。目的も一致しているし、仲間にしない理由がない」


  ルクシオンの隣でイースが腕を組む。その後で、ミラが右手を挙げた。


「さっきから気になってるんだけど、あの剣って?」

「ルルに殺された兄ちゃんの形見よ」

「えっ。お兄さんが……」

 茶髪をオールバックにした大柄な男の姿を思い浮かべたミラの表情が暗くなる。

「村が滅ぼされたあの日、兄ちゃんはルルに負けて、ボロボロの姿になって家に帰ったきたの。病院に連れて行こうとしたんだけど、最期のチカラを振り絞って、瞬間移動術式で火が放たれた村の中から私を逃がしてくれて……」


 過去を振り返ったルクシオンの背後に、ミラが立つ。彼女は優しく微笑み、ルクシオンの両肩を掴み、前かがみになったその身を親友の背中に預ける。


「ルクシオン。生きててよかった。お兄さんが助けてくれたんだね?」

「兄ちゃんがいなかったら、私はこの世にいなかった。だから、私はあの村で焼かれたみんなの分まで……」

「だったら、私にも手伝わせて。信じてくれなくたっていい。私はルクシオンの仲間だよ!」

 背中から伝わってくる少女の体温は、氷の心を溶かしていく。一瞬だけルクシオンが頬を緩める。


「感動の再会に水を差すが、残された時間は少ない。ルクシオンの勾留期限は残り二週間だ。それまでにシルフにある監獄へ連行しなければならない」


 両手を叩いたイースと向き合ったアビゲイルが頷く。

「つまり、ルルを二週間以内に倒さないといけない」

「そうだ」とイースが短く答えた直後、一室のドアが叩かれ、犬耳の獣人の少年が顔を出す。


「失礼します。イース騎士団長。ユイからルルに関する情報が……客人ですか?」

 背筋を伸ばした獣人の少年が尋ねる。イースが首を縦に動かす。

「ルクシオンの友人だ。彼女たちもルル・メディーラの被害者だから報告を続けても構わない」

「はい。イース騎士団長。二週間後のルクシオン拘留期限最終日当日、ルルがホーエンハイルに現れるらしい」

「ホーエンハイル……シルフとは逆方向だな。それなら、ユイに頼まなければならないな。ヘルメス族の誰かを仲間にしろと。ホーエンハイルとシルフを繋ぐ送迎担当者が必要だ」


「ヘルメス族の瞬間移動」

 ボソっと呟いたミラが身を震わせる。動揺する彼女の隣で、アビゲイルが右手を挙げる。

「瞬間移動でホーエンハイルへ行かなくても、私とミラは自分たちの足でそこへ行けばいいのよね? ここからホーエンハイルまで十二日もあれば辿り着けそうだから、私たちは現地集合現地解散で行くわ」

「ああ、それでも構わないが、ルクシオンとジフリンスは策戦通り、瞬間移動で移動してもらう」

「えっ」と驚くジフリンスが目を丸くした。

「なぜ驚く? 罪人は騎士団が連行する。常識だろう?」

「いや、そういうのはイース騎士団長の仕事かと……」

「私は退院した騎士団の仲間たちをエフドラを守らないといけないからな。それと、ヘルメス村にいるユイの迎えも任せる。ホーエンハイルでルルを倒してから、瞬間移動でシルフの監獄へルクシオンを連れて行く……ヘルメス族の仲間は、アイリス・フィフティーンがいいだろう。彼女とは一度手合わせをしたことがあるからな。私の名前を出せば協力してくれるだろう。こっちの出発は十日後でいい。それがジフリンスの仕事だ!」


 騎士団長の指令にジフリンスが「了解です!」と元気よく答える。


「……最後にアビゲイル。四日後、ここに計略書を送る。それと作戦で使う錬金術書と必要な薬草も与えよう。私は一緒に戦えないからな。十日以内に術式を覚え、作戦通りに動けば、必ずルル・メディーラを倒せるはずだ。役立ててほしい!」


 イースが机の上で右手の薬指を叩き、小型の石板を召喚する。丸い円が刻まれた灰色のそれを受け取ったアビゲイルが、イースに頭を下げる。  

 その間にミラがルクシオンと向かい合うように立ち、優しく微笑む。

「ルクシオン。ホーエンハイルで待ってるから!」

「……分かったわ」とルクシオン・イザベルが淡々と答え、ミラ・ステファーニアはアビゲイルと共に会釈し、詰所の一室から出て行く。


 次なる目的地、ホーエンハイルまでの道のりは遠いが、ミラは因縁の相手の背中に一歩ずつ近づく。

 一方で、ミラの隣を歩くアビゲイルは頬を赤く染め、あの子との再会の瞬間を、胸を躍らせ待っていた。

 

 

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