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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第十八章 決闘と劇団と亡霊と
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第148話 約束

「ファブルはルスって子と私を殺した人と一緒に洞窟から出て行ったんです。それから私は霊になって街を彷徨いました。このことをティンクさんに伝えるために」


 岩場の上でアストラルの瞳を閉じたソフィーが語る過去を、ティンクとフブキは黙って聴いていた。


「知らなかったぜ。ファブルは騙されやすい大バカ野郎だったなんてな。あんな悪いヤツの言うことを信じるなんて、どうかしてるぜ!」


「私はそういう素直なとこが好きなんですけどね」とソフィーが顔を赤くして呟く。それに対して、ティンクは首を傾げた。


「なんか言ったか?」

「いっ、いや、なんでもないから!」

 ソフィーが慌ててアストラルの両手を振り、咳払いする。

「とにかく、私は心配です。ファブルが悪い女に騙されて大金を失うんじゃないかって。もう一緒にいられないから、ファブルを守れないし、現に怪しい宗教の教祖みたいな子に騙されて、ホイホイついていってるでしょ?」


「ああ、姉ちゃん、ホントにファブルのこと好きなんだな」

「今は関係ないでしょ! とにかく私が言いたいのは、その手でファブルを殴ってこい!」

 声を荒げるソフィーが、右手を強く握りしめる。そんな彼女の前で、ティンクが真剣な顔で首を縦に振る。

「言われなくてもそうするさ。ルスってヤツと一緒にブッ飛ばす! 姉ちゃんもそうしたいんだろ?」


 そう熱血漢が尋ねると、ソフィーが「ぷはぁ」と息を吐き出す。次第に瞳が虚ろになっていく。突然のことに、ティンクは心配そうな表情を浮かべた。


「おい、大丈夫か?」

「いつものことです。制限時間を過ぎてしまいました」

 灰色の髪の低身長少女の喉は、ソフィーではなくアストラルの声を発する。

「代理人の姉ちゃん、説明してくれ。一体、何がどうなってんだ?」

 困惑する大男の前で、アストラルは首を縦に動かした。

「この体は彷徨う魂を憑依を永遠に留めることができないんです。体調がいい日はもっと長く憑依させることもできますが、今の私は一日に五分間だけしか体を貸せません。もちろん、一分間だけ体を貸すという条件ならば、最大で一日に五つの魂を憑依させることもできますが……もしも、制限時間を超えて憑依を続けた場合、この体は拒絶反応を起こし、死に至ります」

「なんか大変そうだな。ところで、ソフィーはどこ行ったんだ? まだ近くにいるのか?」

「今もソフィーの魂は私の近くにいます。最も、この魂を現世に留めておける時間は限られています。最長で三年間も魂を現世に留まれる場合もあるけれど、ソフィーの魂は大体、三週間後には消えてしまうでしょう。そうなれば、二度とソフィーとして誰かと会話することもできなくなります」


 アストラルが瞳を閉じ、自分の小さな胸の谷間にクロスさせた両手を触れさせる。


「そうか。それでよ。白熊の姉ちゃん。さっきから全然話してないけど、大丈夫か?」

 ティンクが近くにいるフブキに視線を送る。何かを考え込むように右手人差し指の爪を噛んだフブキは、ティンクの視線に気が付く。


「雲行きが怪しくなってきました」

「雲一つ見えねぇのに、何言ってんだ?」

 青い空を見上げた五大錬金術師が首を捻った。

「いいえ。こちらの話です」と冷たい目をしたフブキが返すと、ティンクが目を丸くする。

「そうか。じゃあ、代理人の姉ちゃん。俺の仲間にならねぇか?」


「えっ。私を仲間に……なんかイヤな予感」

 突然のことに驚くアストラルが、ゴツゴツとした岩場で後退りする。そんな彼女を隠すように、フブキが前へ飛び出す。

「アストラルは私たちの仲間です。そう簡単に渡しません」


 それに対して、ティンクはマジメな顔で両手を合わせた。

「頼む。代理人の姉ちゃんにしかできねぇことだ。俺が考えてることができるのかは、相談してみねぇと分からねぇが、これだけは分かる。ソフィーがいたら暴走するファブルを救えるかもしれねぇんだ!」

 五大錬金術師の発言から何かを察したアストラルがフブキの背中から顔を出す。


「ちょっと待って。つまり、私にアイザック探検団を殺害した人たちがいる危ない場所へ行けって言いたいの?」

 

「今から二週間後のことだけどな。そういうことだ」


「こんなかよわい女の子に危ないところに行けなんて、塔の上から飛び降りて死ねっていうのと同じ意味ですよ! それに、あんなところには、亡霊がウヨウヨしているんです! まさに怨念の巣窟。未練を果たした状態の魂を冥界へ誘うためだと頭では分かってっても、正直行きたくないです。ほら、ソフィーの声を伝える方法なら、心霊オルゴールとかいろいろとあるんです。それだけはホント勘弁して!」


 アストラルがプイとティンクから顔を反らす。その時、アストラルの視界の端でソフィーの霊が揺れた。零体を保つソフィーは両手を合わせている。



「お願い。ファブルと話しがしたいの!」


 どこかでソフィーの声を聴いたアストラルがため息を吐き出し、フブキの右隣に並んだ。凛とした表情の彼女は右手の人差し指を立てている。


「ああ、もぅ。分かった。分かった。条件付きで協力します」

「代理人の姉ちゃん、何言ってんだ?」とティンクが尋ねると、アストラルが視線を目の前にいる大男に向ける。

「ハーデス族は、霊感もあるし、霊の声も聴けるんです。そこにいるソフィーは、録音ではなく直接の対話を選びました。そういうことなら、この選択肢しかありません。ソフィーと再契約を結び、この手でファブルを一発殴ります。そして、報酬を二倍受け取るのです」

「よく分かんねぇが、姉ちゃん、俺の仲間になってくれるんだな?」

 アストラルが黙って頷く。

「まあ、そうと決まったら、いろいろと準備しなくちゃダメですね。ああ、お父さん、ごめんなさい。危ないと感じたら逃げる。その約束を破ります」

 両手を合わせたアストラルの隣で、フブキがため息を吐き出す。


「アストラル。この岩場を六百メートルほど下った林の中に、メルケシミンが生えています。ホレイシアのお土産です。採取してきてください。私はこの変態バカ野郎と話しをしてから、すぐに追いかけます」

 フブキが振り返ることなく指示を出す。それを受け、アストラルは慌てて岩場を駆け下りていった。その後ろ姿が見えなくなると、フブキは自身の額に右手を置き、ため息を吐き出す。


「はぁ。アストラルがソフィーの霊を連れて帰ってきた時から、イヤな予感が頭を過っていました。もうこういう運命なのだと受け入れるしかありませんね」

「白熊の姉ちゃん。言ってることがよく分かんねぇ」

 困惑する大男に対し、白熊の騎士が静かに両手を合わせる。

「二週間後に行われる聖戦に、私はあの子たちを巻き込みたくなかったんです。だけど、アストラルは何も知らずに聖戦に関わってしまった。これは運命なのだと受け入れ、願います。どうか、アストラルを守ってください。あの子の強さは分かっていますが、聖戦で生き残れるかどうかは分かりません」

「ああ、分かった。ファブルにソフィーの声を届けて、一発殴ったら、すぐに安全なトコまで逃がせばいいんだろ? あんなところに長時間いたら、命がいくつあっても足りねぇからな。あそこは激しい戦いの場になりそうだ」

 太い腕を組んだティンクが何度も頷く。

「はい。それでお願いします。それともう一つ。詳しい事情をアストラルに伝えないでください。聖戦の意味とアソッドに課せられた運命。それらは知らなくていいことです」


「ああ。分かった。こう見えて、俺は口が堅いんだ。心配するな!」


 ティンクが豪快に笑う。そんな熱血漢をフブキは冷たい目で見ていた。


「その言葉は信用できませんね」

「おいおい」とティンクが目を点にする。それに対し、フブキは目の前にいる大男に背中を向けた。


「聖戦当日、私はアストラルを絶望の狂戦士、ファブル・クローズがいる座標に送り込みます。それからのことはあなたにお任せです。もしも、私との約束が守られなかった場合、私はあなたを地獄の底まで追いかけ、冷たい氷の中に閉じ込めます」


「怖いこというなぁ。でも、大丈夫だ。俺は姉ちゃんとの約束は絶対に守るぜ!」


 ティンクが胸を張り、右手の親指を立てる。その瞬間、彼の前から白熊の騎士は姿を消した。






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