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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第十八章 決闘と劇団と亡霊と
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第146話 代理人、アストラル

 雲一つない青空の下、ゴロゴロとした岩が転がる岩場に、大柄の男がいた。

 そこにいる角刈りの男は、黒色の長ズボンしか履いていない。上半身裸の姿の彼の筋肉は鍛え上げており、腹筋も割れている。腹には絶対的能力者であることを示す『EMETH』という文字が刻み込まれていた。


 その男、ティンク・トゥラは、真剣な表情で目の前にある大きな岩を見た。自分の身長と同じ二メートルの岩を見ると、右の拳を力強く握り、抉るように前へ突き出す。

 一瞬の内に放たれる数十発の拳が、硬い岩を砕き、周囲に細かい石の欠片が飛び散る。


 大男が「ふぅ」と深く息を吐き出し、拳を真下に向けた。すると、修行中の彼にふたつの気配が近付く。


「相変わらずの変態筋肉バカですね」


 背後から聞こえてきた少女の言葉に反応を示したティンクが、体を半回転させる。その視線の先には、白髪ロングのヘルメス族の少女がいた。白いローブを身に纏うクールな印象の彼女の右隣には、黒いワンピースを着た不健康そうな真っ白い顔色の少女。


 半円を描くように曲がった山羊のツノを頭に生やした灰色の髪の少女は、ティンクの姿をジッと見つめると、顔を赤くして、すぐにヘルメス族の少女の背中に隠れた。


 彼女たちと対面を果たしたティンクは、目をパチクリと動かす。


「姉ちゃん、俺とどっかで会ってるような気がするのに、全然思い出せねぇ!」

 頭を抱える大男に対して、ヘルメス族の少女が、左手の薬指を立てながら、ため息を吐き出す。

「私のことを思い出せないバカでも、高位錬金術師を名乗れるんですね?」

 一瞬の内に、彼女の指先に鋭い氷の柱が浮かぶ。まっ直ぐ投げられたそれを、ティンク・トゥラが掴み、握り潰した。


「この技……まさか、白熊の姉ちゃんか? あん時は顔が見えなかったからなぁ。こんなかわいい顔してたのかよ。ビックリだぜ! ところで、お前ら、よく分かったな。俺がここにいるって」

 首を傾げたティンクの前に、ヘルメス族の少女、フブキ・リベアートが一歩を踏み出す。

「はい。ステラに話を伺いました。五大錬金術師の一人、ティンク・トゥラはこの岩場で修行していると。その情報を得た私は、あなたに会いたがっている仲間を連れてきたわけです」

 事情を明かしたフブキが、自分の背中に隠れた少女の背後に回り込む、

 現れたのは、灰色の後ろ髪を肩の高さまで伸ばし、左右二つに分けて結んだ低身長の貧乳少女。上げた前髪を黒猫のカチューシャで止めていた。


「えっ、あっ、ちょっと、おかしいじゃないですか!」

 フブキより頭一つ分小さな彼女は、一歩を踏みとどまり、体を半回転させる。


「アストラル。あなたらしくありませんね。目の前にいるのは、超大物錬金術師ですが、見た目通りの筋肉バカです。それなのに、人見知りするなんて、おかしな話です」


「おかしいです。なんで男の人が上半身裸でいるのに、どうして、何事もないように話してるんですか?」

「ああ、そういうことですか? 別に気にすることはありません。ティンク・トゥラが服を着るのは稀なことだと聞いたことがあります」

「気になります! いいから、早く服を着てください。そうじゃないと、私、帰ります!」

 そんな彼女の右隣に並んだフブキが、ティンクに冷たい視線をぶつけた。

「……女の子が二人もいるのに、裸でいるなんて。これだから変態筋肉バカは!」


「ぐわっ」

 銀髪の無表情幼女、アルケミナに罵倒されたように熱い心を抉られたティンクが、勢いよく体を後ろに飛ばす。

 突然の行動に、フブキが呆れ顔になる。

「何をしているんですか? 変態の考えていることは、理解できません」

「ぐはっ、白熊の姉ちゃん、アルケミナと似てるな」

「昨日も同じことを言われました。そんなことより、早く服を着てください。まさか、研究用のローブや白衣を所持していないわけではないのでしょう? もしも持っていないのならば、研究者として失格です」

「何もそこまで言わなくてもいいだろ。ちょっと待ってろ。すぐ着替えっから」


 そう言いながら、ティンクは右手の薬指を立て、空気を一回叩いて見せた。指先から大きなサイズの白衣が召喚されると、それに袖を通し、腕を組む。


「おい、白熊の姉ちゃん。これでいいか?」

「五十点。ギリギリ合格というところです」

「白熊の姉ちゃん、厳しいなぁ。ところで、どうしてその姉ちゃんは俺のことを捜してたんだ?」

「……そうですね。その前に紹介します。彼女は私が所属するギルド、セレーネ・ステップの仲間、アストラルです。種族はハーデス族」


「ハーデス族? 聞いたことねぇな」


 頭の上にクエスチョンマークを浮かべた五大錬金術師の前で、フブキがため息を吐き出す。


「マスターと同じかそれ以上の無知がいたんですね。その程度の知力しかないのに、五大錬金術師として世間からチヤホヤされるなんて。子どもになってもう一度学校に通ったらいかがですか?」

「悪かったな。何も知らないバカ野郎で。それで、ハーデス族って何だよ!」

「冥界からやってきたとされる異種族です。黒い衣装に身を纏い、特徴的なツノを持つその種族は、死者の魂を冥界へと誘う異能力者として世間では知られています」


 フブキの話を隣で聴いていたアストラルが、笑顔で彼女の右肩を叩く。


「フブキ、解説ありがとう。死神じゃないですからね。目の前に現れても命を狩らないから安心して。本職は、錬金術研究機関、深緑の夜明け新人研究員のアストラル・ガスティールです」

「ん? 本職はってどういうことだ?」

 当然のように首を傾げた巨漢をフブキが見上げる。

「私たちは副業として、ギルド活動をしています。アストラルはあなたと同じ研究者としても働いているんですよ」

「まだ半人前なので、琥珀のネックレスは貰っていませんが、私は錬金術の研究者です」

 フブキに続いてアストラルが胸を張る。


 それから、アストラル・ガスティールが両手を一回叩く。

「さて、私はある人の代理人として、あなたに会いに来ました」

 アストラルと名乗る少女が礼儀正しく頭を下げる。それに対して、ティンクは首を捻った。

「どういうことだ? 代理人って……」

 そんな疑問を耳にしたアストラルが、瞳を閉じながら、一歩を踏み出す。


「私があの人に出会ったのは、昨日のことでした。あの日、深緑の夜明けに所属する研究員たちとの研修旅行の帰り道、私の真横をあの人が通り過ぎたのです。困っている様子のあの人をなんとか助けられないかと思った私は、フブキと相談し、あなたの居場所を突き止めました。そして、今、私はあの人の代理人としてここにいます」


 事情を明かしたアストラルが一呼吸置き、両手を合わせる。


「天から授かりしこの能力を使い、私は私にしか救えない人たちを救います! ふぅっ」


 深く息を吸い込んだアストラルが瞳を開ける。その瞳は灰色ではなく、黒に染まっていた。


「……ティンクさん。お久しぶりです。私です。覚えてますか?」


 ティンクの目の前にいる灰色の髪の少女は、喉から声を出す。だが、それは先ほどまでのアストラルのモノではなかった。


「ん? その声、どっかで聞いたような気がするんだが……」

「ソフィーですよ。ファブルの幼馴染で、アイザック探検団のメンバーってとこまで言えば、思い出してくれるかな?」

「ああ、あの姉ちゃんのモノマネかぁ。一瞬、本人かと思ったぜ」

 ティンクが腕を組み、納得の表情を浮かべる。だが、少女は慌てて首を横に振った。

「そうじゃなくて、本人です。今は、アストラルちゃんの体を借りて、話してるの。ティンクさんに大切なことを伝えたくて」


「マジかよ! お前、ホントにあの姉ちゃんか?」

 驚いたティンクが目を見開く。その姿を近くで見ていたフブキが目を伏せた。

「そう簡単に信じるなんて、その頭には何が詰まっているんですか?」

「フブキちゃん。そこは、信じてくれて良かったでしょ? 直感的に分かっちゃったんだと思う。ここに私がいるって。そういう素直なとこ、師匠に影響受けたんだろうなぁ」

 ソフィーがアストラルの頬を赤らめ、両手を広げ、フブキを宥める。

「そういうものなのですね。私には理解できません」

 冷静な彼女の隣で、アストラルの姿のソフィーが苦笑いを浮かべた。そんな彼女の前で、ティンクが首を傾げる。


「じゃあ、そろそろ教えてくれ。俺に伝えたい大切なことって何だ?」

 真剣な表情でティンクが尋ねると、アストラルの姿のソフィーが頭を下げた。


「お願いします。ファブルを助けてください!」 


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