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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第十八章 決闘と劇団と亡霊と
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第143話 堕天使 前編

 狭い村の中で獣人の少女は、村の中にある一軒家の前で荒くなった息を整えた。

 水色のワンピースを身に纏う犬耳少女の緑色の後ろ髪は、腰の高さまで伸ばされている。

 前髪がない額から汗を垂らしたその少女、ユイ・グリーンは目の前に見えた一軒家の玄関のドアに手を伸ばし、中へと足を踏み入れた。

 その後ろ姿を黒い影は見ていた。


「えっと……ただいま」と明るく挨拶したユイが薄暗い玄関の中で一歩を踏み出す。その瞬間、彼女の目の前で白い影が浮かび上がった。瞬く間に現れたのは、白いローブで全裸を覆うヘルメス族の少女。

その少女は、黒く長い髪と大きな胸を揺らしながら、侵入者の元へ歩み寄る。


「珍しいわね。わざわざ玄関から泥棒が入ってくるなんて」

 右手の薬指を立て空気を叩こうとするヘルメス族の少女の姿を見たユイは、慌てて両手を左右に振った。

「ルルちゃん。ちょっと、待って。私は泥棒じゃないから。ほら、私だよ。ユイ・グリーン」

 その名を聞いたルル・メディーラは動きを止め、ジッと獣人の少女の顔を見つめた。

「ウソは吐いてないみたいね。あなたがユイちゃんなんだ」

「はい。元の姿に戻してもらいました。この姿なら、あなたと即興劇について、ゆっくりお話しができそうなので」

 即興劇。獣人の少女の口から飛び出した言葉に、ルルの表情が暗くなる。

「もしかして、心の声漏らしちゃったのかな? それとも、そういう能力? いずれにしろ、私を尋問するなんて、いい度胸ね」

「尋問なんて堅苦しいのじゃなくて、ただ知りたいんだよ。あなたのことが!」

 真剣な表情になったユイと顔を合わせたルルがため息を吐き出す。

「はぁ。まあいいわ。このこと、アタルには聞かれたくないから、場所を変えていい? アタルにはユイと女の子同士で出かけてくるって置手紙残しとくから」

「はい」とユイが首を縦に動かすと、ルルは右手の薬指を立て、空気を二回叩いた。

 そうして、召喚された白い紙と茶色いペンを使いメッセージを残すと、それを床の上に置き、近くにいるユイの右肩に手を伸ばす。

 向かい合って立つルルの右手がユイの右肩に触れ、ふたりは薄暗い玄関から姿を消した。



「ここって……」


 木目調の床の上でユイ・グリーンは目をパチクリとさせた。

 前方には赤い座席がいくつも並び、その奥には大きく重たそうな赤い扉がある。

 天井に設置されたスポットライトは光を放たず、右の半円の窓から差し込んだ月光が舞台を照らす。


「私の劇場だよ。それにしても、相変わらず汚いなぁ。劇団員に掃除を命じとけばよかった」

「もしかして、あなた、役者なの?」

 ルルと向かい合って立つユイが首を傾げる。

「そうよ。小さい頃から女優に憧れて、演技の勉強もしてきた。いろんな舞台に連れて行ってもらったり、いろんな劇の台本を読み、役になりきってた。そのうち、ホントの自分が分からなくなって、アタルの前ではいい子を演じてしまうようになった。まあ、アタルには酷いことしたから、どう接していいのか分からないっていうのも理由の一つだけど、即興劇っていうのは、そういう意味だよ」


「そうなんだ。じゃあ、早く仲直りした方がいいと思うよ。どうしてアタルとケンカしたのかは分からないけど、アタルならすぐに許してくれると思うから」

 納得の表情になったユイが、力強く首を縦に動かす。

 その顔をジッと見つめたルルが表情を曇らせる。

「そうだね。私はアタルの大切なモノを壊したのに、アタルは笑って許してくれた。でも、ホントは許さないって思っているんだ」

「そんなことない! アタルの幼馴染なら、それが分かるはずだよ!」

 強く首を横に振ったユイがルルの両肩を掴む。それでもルルは暗い顔を俯かせ、静かな劇場の舞台の上で叫んだ。


「分からないよ。こんなの私は望んでない! でも、幕を下ろしたら、アタルは私から離れていく。それもイヤ!」

「言葉の意味が分からないけど、アタルは離れないと思うよ。だって、アタルはホントに……」

「ウソだよ。アタルは私のことが好きだって思い込んでるだけ。そう。この体に魅了された者は、台本に書かれた役を演じてしまう。それは、あなたも同じだよ」


「えっ」と声を漏らしたユイが目を見開く。

 ルル・メディーラの全身から狂気が溢れだし、獣人の少女は身を震わせながら、後退りした。


「好きだよ。他人の世話を焼こうとする優しい天使のような瞳。ああ、あなたが音も届かない漆黒の闇の中に堕ちた時、その瞳が映すのは、絶望なのでしょう。地獄のような苦しみの果てに、あなたは堕天使となり、自らの手で幕を降ろす。観客たちは悲劇的な結末に涙することでしょう」


 ルルが右腕を斜め上にあるスポットライトに伸ばす。

 その瞬間、獣人の少女の体は、得体の知れない恐怖に支配された。


「あっ」

 

 次第に彼女の瞳は虚ろになり、何も映さなくなった。

 小刻みに震える体をユイは動かすことができない。

 そんな彼女の元へルルが歩み寄る。


「あなたが私のこと調べてる理由、分かったよ。獣人騎士団の仲間たちに頼まれたんだよね? 私の戦い方や弱点を調査して、ルクシオン・イザベルと共に仇討ちをしようとしている。全部、お見通しなんだから」


 ユイ・グリーンの前に立ったルル・メディーラが彼女の垂れた犬の耳を優しく撫でる。


「どうしようかしら? ユイ・グリーンとしての身分や名前を奪って、愚かな復讐劇を邪魔してもいいけど、あなたを私の使い魔役にするのも悪くない? ねぇ、どっちがいい? 誰も自分がユイ・グリーンだって信じてもらえず、孤独の中で生きていくのと、自由を奪われて、私の使い魔として一生暮らすの」

 

「イヤ」とユイが声を震わせる。恐怖しながらも涙だけは見せない女剣士の姿を見たルルが頬を緩める。


「大丈夫だよ。自由を奪われて、役を演じながら生きていく人は、あなただけじゃないから。私の劇団員たちはみんなそうだしね。エルメラを奪う冒険劇という第一幕を終わらせ、私の劇団で役者としての第二幕を始める。あなたも始めようよ。獣人騎士団なんて辞めて、私の劇団で第二幕を!」


 狂気に満ちた暗い瞳になったルルがユイの前に右手を差し出す。


 その一方で、ユイ・グリーンは暗い世界の中で身を震わせた。

 どこかから聞こえてきた獣人騎士団という言葉は、暗闇の中で一筋の光になる。

 やがて、虚ろの瞳に光が宿り、開けた明るい世界に同じ獣人の少年の後姿が浮かび上がる。


「ジフリンス」と大切な兄の名を呼ぶユイは、目の前に迫りくる闇を振り払った。


 


「私は獣人騎士団としての誇りを見失わない!」


 得体の知れない恐怖と身の震えを消し去ったユイが真剣な表情で右手の薬指を立て、空気を叩いた。


 向き合って立つ勇敢な獣人の少女の姿を見たルル・メディーラは頬を緩めた。


「あら、戦闘態勢? まあ、いいわ。あなたを絶望の底へ突き落してあげる」

 同じように右手の薬指を立てたルルは、空気を一回叩いた。指先から白い小槌が落ち、ルル・メディーラの姿を白い光が包み込む。

 その光が一瞬で消え去ると、ルルは白を基調にした鎧姿となった。

 すらっとした細身のシルエットに沿って、黄色い線が伸び、開かれた胸元から大きな胸が露わになる

 

「エルメラ守護団序列十四位。脚光の竜騎士。ルル・メディーラ」


  鎧の腰にある二本の鞘から剣を一本抜いたルルの目の前には、水色の鎧を身に纏う獣人の女剣士がいた。


「獣人騎士団、ユイ・グリーン。行きます」と名乗りを上げたユイが息を吐き出し、腰の鞘から細長い剣を引き抜く。



「アタルから聞いたわ。ユーノに手も足もでなくて負けたって。それほどの実力しかないのに、私に挑むなんて、バカな女剣士ね。お望み通り、瞬殺してあげる」


 相対する獣人の少女を嘲笑うルルが一瞬で間合いを詰め、鞘から引き抜いた細身の剣を斜めに振り下ろす。

 息を飲み込んだユイは、真横に剣を寝かせ、振り下ろされた敵の剣を叩いた。その瞬間、獣人の女剣士の体が痛み出す。傷一つ付いていない鎧の下で、彼女の腹に大きな斜めの傷跡が刻まれる。続けて、全身にいくつもの衝撃を受けたユイは背中を木の床の上に叩きつけた。


「……なに……これ?」


 仰向けに倒れた体を起こしたユイが首を傾げる。その両足は生まれたての小鹿のように震えていた。


「あなたは私に勝てないわ。それが分かったら、受け入れなさい」


 そう告げたルルが、長刀を振り上げる。その瞬間、一歩も動けないユイの右肩に何かが触れた。

 同時に、ユイの体が一瞬にして消え、振り下ろされた長刀が空気を切り裂く。


「えっ」とユイ・グリーンは目をパチクリとさせた。気が付くとルルと自分の距離が五メートルも開いている。何が起きたのかと首を傾げたユイの右肩を白い影が叩く。



「ユイとふたりきりで稽古なんて、酷いんですけど!」


 怒りの声が劇場に響き、白い影が一歩を踏み出す。

 ユイ・グリーンの前に現れたのは、白髪ショートボブのヘルメス族低身長少女、ユーノ・フレドールだった。

 


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