第142話 巨乳格闘少女VS紺碧の重戦士第三形態
「生成する前に、改めて説明するです。この高位錬金術の効果は、単純明快です。間合いに入った敵を確実に攻撃できる。小槌を叩けば、直径五十センチの水の円があなたの周囲を流れるです。その円の中があなたの間合いです」
数時間前、ステラの自宅にある錬金部屋でクルスはアルケミナの隣で説明を聞いた。その効果を知ったクルスは首を傾げる。
「必中攻撃ですか? それのどこが下位互換なのでしょうか?」
「覚えているですか? ルクリティアルの森であなたに出会った日のこと」
質問を重ねたステラが右手の人差し指を立てる。その瞬間、無色透明な球体が彼女の指先に浮かんだ。
「もちろんです。あの時、ステラさんは森の地面に潜っていた凶暴なサメを一撃で倒しました」
あの時のことを思い出したクルスと向き合ったステラが頷く。
「そうです。あの時に使ったのが、私の高位錬金術です。間合いはあなたの二倍、他にもどんな環境下でも液体であり続ける特殊な水を自在に操ることもできますが、その術式は必中攻撃に特化したモノなので、私と同じことはできないです。もちろん、その術式で生成される液体の主成分は、ただの水なので、熱せれば水蒸気になりますし、冷やせば凍ってしまうです。弱点も多く、できることも限られている。それが下位互換と呼ばれる理由ですが、凡人には凡人なりの戦い方があるはずです」
あの時聞いたステラの言葉を思い出したクルスは、石畳で構成された円筒の戦闘場の中心に立ち、頬を緩めた。
大きな胸を持つ彼女の周囲には、直径五十センチの水の円が流れている。
相対する群青色の鎧戦士は、素早く体を後方に飛ばした。そんな敵を追いかけたクルスがマリーとの間合いを詰める。
「はぁ」と気合を込めた右拳を伸ばした巨乳少女が紺碧の重戦士の腹に拳を何度も叩き込む。避けることもできないほどの猛攻を全身に受けたマリーは、甲の中で唇を噛み締め、全身を青白く発光させた。
激闘を間近で見ていたメイド服姿の審判、ステラ・ミカエルはその現象を目の当たりにして、ため息を吐き出した。
「はぁ。凡人相手に第三形態なんて、何を考えているのか理解できないです」
再び発光した体に警戒したクルスは、素早く間合いを取り、深く息を吐き出した。
全長二メートルある紺碧色の鎧に身を包んだ戦士は、三本の群青色の円筒を背負っている。
顔を覆う球体の甲には、前後左右、上と五つの青い瞳が刻まれている。
「紺碧の重戦士第三形態。チカラの制御が難しいけど、常にこの姿で戦えるようになれば、エルメラ守護団序列十位の守護者と互角の戦闘力を得ることができる。まあ、能力を覚醒させない限りは、序列十六位以上に昇格できないんだけどさ」
マリーが右手の薬指を立て、空気を一回叩く。その瞬間、柄が黒い鉄の小槌が召喚された。それが地面に叩きつけられると、魔法陣の上に漆黒のバズーカ砲が浮かび上がる。
それを手にした紺碧の重戦士は、素早く少女との間合いを詰めた。
第二形態よりも素早い動きによって生じた強風が、クルスの体を吹き飛ばす。
体を後方に飛ばされたクルスの衣服が破れ、大きな胸と長い髪が上下左右に強く揺れる。
右手を握りしめたクルスの眼前に、両手に一丁ずつのバズーカ砲を構えた紺碧の重戦士の姿が飛び込んでくる。
その穴から見えない速さで火の玉が数十発放たれると、クルスは全身にチカラを込め、素早く体を動かした。
体を滑らかに動かし、一発ずつ飛球に拳や蹴りを連続して入れ、相手の攻撃手段を文字通り消滅させていく。
「ふぅ。これで終わりですか?」
解き放たれた砲弾を全て消し去った後で、ボロボロのシャツから大きく柔らかい胸を覗かせた格闘少女が首を傾げる。余裕がありそうな顔の挑戦者と相対する紺碧の重戦士は、鎧兜の中で目を見開いた。
「こっ、こんなのウソよ。火力は第一形態の数百倍。一発で山を消し飛ばせるほどの威力があるはずよ。それにこのバズーカ砲は時速二千キロの速さで弾を撃つことができるから、肉眼で認識することは不可能。火傷も負わずにそんな顔ができるはずがない!」
動揺した紺碧の重戦士が五つの青い瞳を左右に揺らす。その隙を狙い、クルス・ホームが体を前に飛ばした。
「行きます」と唱えたクルスが石畳を強く叩き、飛び上がる。そのまま体を縦に一回転させた格闘少女は、振り上げた右足を球体になっている甲に叩き込む。それから甲の頭頂部を素早く三回蹴り、紺碧の重戦士の腹に回し蹴りを入れる。
マリーから少し離れた石畳の上に着地したクルスは息を整えた。
顔を上げた格闘少女の目の前で巨体が左右に揺れ、背中から倒れる。衝撃で生まれた土埃が戦闘場の中を浮遊する。その中で動かなくなったマリーに視線を向けた審判役のステラがため息を吐き出す。
「勝者、クルス・ホーム。第二の試練も達成です。それにしても、この数日間でここまで強くなるのは想定外です。私が教えた高位錬金術も問題なく使いこなせていますし、基本的な体の動かし方も上手になっているです」
メイド服姿のステラ・ミカエルがクルスの元へと歩み寄る。
彼女と向き合うように立ったクルスは素直に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「これならラスちゃんの足止めができそうです」
「足止め……ですか?」とクルスが目を点にする。それに対して、ステラは首を縦に動かした。
「そうです。今のラスちゃんの実力は、ブラフマと互角です。ただの凡人が倒せる相手ではないです。最も、これは高位錬金術に満足して、修行を辞めた場合の話ですが」
「驚かせないでください!」
クルスの抗議の声に耳を貸したステラが肩をくすめる。
「驚かせるつもりはなかったのですが、あなたの現段階の実力は、ラスちゃんを数分間だけ足止めさせる程度のものです」
「ということは、修行を続ければ、ルス・グースたちと互角に戦えるということなんですよね?」
「……あまり時間がないので、ブラフマと協力しない限り難しいと思いますが、そういうことです」
「分かりました。もちろん、修行を続けます。それで、次の修行は……」
「私自ら格闘技の稽古をつけるです」
その発言にクルス・ホームは目を見開いた。
「えっ、ステラさんが稽古をつけれくれるんですか?」
「はい。そろそろ本格的な稽古をつける段階に入ったと判断したです。それにしても、力任せではない体の動かし方ができるようになっていたことに驚いたです。どうやら、フブキの仲間の女格闘家から何かを学んだようですね?」
ステラに指摘されると、クルスは姉のノアの姿を思い浮かべた。
「はい。そうですが、このことは本人に伝えたくありません。からかわれます」
「なるほど」とステラが短く答えた直後、石畳の上から何かが飛び上がった。
白いローブで身を包む低身長のヘルメス族の少女は、フードを目深に被り、顔を隠している。
「ステラ、こんなに簡単に弟子を取るなんて、おかしいわ。同じ人間だから、その子に甘いんじゃない?」
一瞬でステラの眼前に体を飛ばしたマリーが首を傾げる。
「別に同じ種族だからって優遇しているわけではないです」
「大体、戦闘力が高い第三形態が負けるわけないもの。人間があの第三形態を倒したのは、これで二人目よ。どんな修行をすれば、こんな短期間で強くなれるの? アタシも同じ修行するわ」
「努力の方向性を間違えるなです。凡人と同じ修行をしたところで、あなたは強くなれないです。そんなことより、常に第三形態で戦えるようになった方がいいです」
ステラがマリーに冷たい視線をぶつける。それに対して、マリーは悔しそうに唇を噛み締めた。
そんなやり取りを近くで見ていたクルスは深く息を吐き出し、拳を握りしめた。
まだまだ強くなれる。そんな期待を胸に抱いた格闘少女は、明るい顔を前に向けた。