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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第十七章 セレーネ・ステップ
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第139話 即興劇

ヘルメス村にある一軒家のリビングの中で、ユイ・グリーンが欠伸をした。

 白くふわふわとした小さいドラゴンの姿になった彼女は、部屋の片隅にある竹の籠の中で丸くなっている。


 彼女を元の姿に戻すことができる少女が旅立ってから数日が経過し、退屈な時間だけが過ぎていく。


 一刻も早くルル・メディーラのことを調べなければならないが、この姿になったら言葉が通じない。

 この家で暮らしているアタルを頼れば、話を聞き出すことはできるが、アタルのことを考えると躊躇ってしまう。好きな人の悪事が暴かれたら、アタルは傷ついてしまう。それだけは避けたいとユイは思った。


(はぁ。あんまりやりたくないけど、家探しするしかないのかな? いや、今日はクルスが帰ってくるって聞いたから、また元の姿に戻してもらって……えっ?)


 頭の中で思考を巡らせたユイの耳が真っすぐ立つ。耳を澄ませて聞こえてきたのは、微かな足音。それはユイがいる部屋に近づいてくる。


 しばらくすると、ユイの目の前に見える木製の扉が開き、一人の少女が顔を覗かせた。


「ただいま……って、誰もいないか」


 顔を上げ、突然現れた少女の姿を認識したユイは、目を大きく見開いた。

 そこにいたのは、ルル・メディーラ。アタルが好きな人だった。

 写真よりも大きな胸と長い黒髪を揺らしながら、部屋の中へと足を踏み入れたルルが、室内に潜む白い影を感じ取り、視線を片隅の竹籠に向ける。



「あら。私がいない間にこんなかわいい子を飼い始めたのかしら?」


 一瞬で体を竹籠の前に飛ばしたルルが、その場に腰を落とす。それから彼女は笑顔になり、目の前にいる白いドラゴンの首を優しく撫でた。


「特に怪我をしてるわけじゃないみたい。それにしても、かわいいブラドラね。えっ?」

「ララ」とかわいらしい鳴き声を出したユイを見たルルは、あることに気が付く。そのドラゴンの首筋には、EMETHの文字が刻まれている。


「あなたもそんな姿になって大変ね」


 何かを察したルルはユイの元から離れ、籠の近くに置かれた木製の椅子に腰を落とす。


「やっと分かったわ。どうしてあなたがここにいるのか。とはいっても、細かい事情までは分からないけどね。アタルはあなたの通訳になったんでしょ? アタルは昔から動物やモンスターの言葉が分かるから、こんな面倒な仕事を押し付けられたんだ」


 ルルが楽しそうな顔で名前も知らないドラゴンに語り掛ける。その一方で、ユイが小さなドラゴンの羽を羽ばたかせ、飛び上がる。その体をルルの大きく弾む胸の上に着地させたユイは、顔を上げ、ルルの顔をジッと見つめた。


 優しい雰囲気の彼女は、どうしても悪人には思えない。そんなことを考えたユイが瞳にルルの姿を映し出す。


「面白い子ね。こんなところに止まるなんて。もしかして、甘えん坊さんなのかしら? ああ、こういうのに詳しいアタルに聞いとけばよかったわ。ブラドラの習性について。いや、例のシステムの影響で姿を変えられたんだから、あんまり意味ないかも。それにしても、あなたも大変ね。絶対的な能力と引き換えに、そんな不便な姿に変えられちゃったんだから。言葉を失ったあなたは、孤独の中で生きてきたのでしょう。アタルと会うまで」


「ララッ」


 そんなことないと否定しようとしても、ユイの声はルルに届かない。


「あなたの気持ちはよくわかるわ。私はあなたのような異能力者じゃないけれど、強さと引き換えに大切なモノを失った」


 ユイの瞳に悲しそうな顔のルルが映る。

 どうしてそんな顔をしているのだろうか?

 彼女は何を言っているのだろうか?


 いくつもの疑問がユイの頭に浮かび上がる。

 その直後、部屋の中に細目の少年が顔を出した。尖った耳が特徴的な彼は、居間の片隅にある椅子に座っている同じ種族の少女を見て、目を泳がせた。


「ルル、お前、帰ってたのかよ!」

「ただいま。今日はゆっくりこの家で過ごさせてもらうわ。明日の朝には帰っちゃうけどね」 

 笑顔になったルルが右手を左右に振る。それを見たヘルメス族の少年、アタル・ランツヘルガーは溜息を吐き出した。

「帰ってくるなら早く言ってくれ。食材の買い出しに行かなくちゃいけなくなるだろ?」

「ごめん。今日の夕食と明日の朝食だけでいいからさ。ところで、この子、誰?」


 両手を合わせたルルが、大きな胸の上に乗る小さな白いドラゴンを指さす。

 

「ああ、ユイだ。本名はユイ・グリーン。例のシステムの影響でブラドラの姿になった元獣人の女の子だよ。年齢は俺たちと同じくらいで、エフドラの獣人騎士団に所属してた女剣士なんだ」

「元獣人……あっ、ごめんなさい。そうとは知らず、失礼なこと言ったわ」

「失礼なことって?」

「言葉を失ったあなたは、孤独の中で生きてきたんだろうって。その予測は間違ってた。獣人ならこの姿になっても会話はできるから、孤独は感じないはず。ホントにごめんなさい!」

 ルルが頭を下げると、顔を上げたユイが微笑み、鳴き声を出す。


「ララ。ララァ」


「気にしてないから、大丈夫だってさ」

 アタルの通訳を聞いたルルが胸を撫でおろす。

「良かった。ところで、どうしてユイはここにいるのかな?」

「ユイは、あのシステムの影響で姿を変えられた人々を元の姿に戻すための実験体だ。その世話を俺はカリンから任された。とは言っても、退屈を紛らわせる話し相手や通訳として間に入って会話を円滑に進めることくらいしかできてないけどな」

 アタルの説明を聞いたルルが目を丸くする。

「えっ。元の姿に戻れるの?」

 

「ああ、詳しい理論は分からないけど、ユイを元の姿に戻すことができる異能力者がいるんだ。そいつは今日中にヘルメス村に帰ってくるんだけど、この村を訪れているフェジアール機関の五大錬金術師たちは、彼の異能力のメカニズムを解析して、システムを解除しようとしているらしい」


「へぇ、システムを解除できる異能力者。興味深いわね。一度、会ってみたいわ。フェジアール機関の五大錬金術師と事件のカギを握る異能力者さん。どうせ、彼らはどこかの家に滞在しているのでしょう? ヘルメス村には宿屋がないから。人間のステラとなぜか異種族の友達が多いカリン辺りが怪しいわね」


その推測を耳にしたアタルが手を叩く。


「正解だ。ブラフマとティンクがステラの家、アルケミナとアルカナ、アソッドがカリンの家にいる」


「なるほどね。いいこと聞いたわ。それにしても、神主様の考えていることが理解できないわ」

 頭を抱えたルルの前で、アタルは首を傾げた。

「何のことだ?」

「エルメラ守護団が存在を問題視している彼らがヘルメス村にいるのに、手を出すなだって。多分、リズが彼らの身の安全を保障するようにと神主様と交渉したんだろうけれど、正直面倒くさいわ」

「ああ、その話なら聞いてるよ。でも、アルケミナは俺たちが考えるような危ないヤツには見えなかった」


 瞳を閉じ無表情な銀髪幼女の姿を思い浮かべたアタルに対して、ルルはジド目になる。


「アルケミナ・エリクシナ。あの子の肩を持つんだ? あの子のこと好きになったのかな? 近くにあの子以上のスタイルの持ち主がいるのに……」

 イタズラに笑うルルがアタルの右肩に手を伸ばす。一方で、頬を赤く染めたアタルは体を左右に振り、彼女の手を避けた。


「ちっ、違うからな。大体、いつも近くにいるから知ってるだろ? 俺はロリコンじゃないって」

「なるほどね。アルケミナはあのシステムの影響で小さな女の子になってるんだ」

 話に興味を示したルルに対して、アタルが溜息を吐き出す。

「大体、お前もお前だ。最近、スシンフリさんのこと避けてるみたいだな。もしかしたら、スシンフリさんのことが好きになったんじゃないかって、ユーノが言ってたぞ!」

「……ああ、ちょっと顔を合わせにくい事情があってね。早く謝らないといけないんだけどさ」

 そう言いながら、ルルはアタルから目を反らした。その直後、アタルがルルの右肩を優しく撫でる。

「なんかよくわかんないけど、珍しいな。お前がそんなこと考えるなんて」

「……とにかく、これは私とスシンフリの問題だから、これ以上深入りしないで。そんなことより、早く行かなくていいの? 買い物行くって言ってたよね?」


 ルルと言葉を交わしたアタルが思い出したように両手を叩く。


「そうだった。じゃあ、買い物行ってくる!」

 アタルが急いで部屋から出て行く。


 そんな一部始終を見ていたユイは目を丸くした。ユイの目に映ったルルとアタルは、友達以上恋人未満の関係に見える。ふたりの会話は自然で、息もピッタリ。

 

 ホントにルル・メディーラは村を滅ぼしたのだろうか?


 不意に浮かんだ疑問は、ユイの目の前にいる少女が消し去る。


 もしかしたら、誰かに騙されて、村を滅ぼしたのかもしれない。

 そんなことを考えたユイは、顔を上げて、ルルの顔を見た。その瞬間、ユイは彼女の異変に気が付き、困惑の表情を浮かべた。


 アタルの後ろ姿を見送ったルルの明るい表情が冷めたように暗くなる。悲しそうな顔になったルルは、ユイと共に部屋の中に取り残され、深く息を吐き出した。


「はぁ。いつまで続ければいいんだろう。こんな即興劇に意味なんてあるわけないのに……」


 そんな呟きを耳にしたユイは目を見開いた。

 いままでの会話は全て演技だったのだろうか?


 だとしたら、今までの印象は全てウソになる。


 ユイ・グリーンはルル・メディーラという少女のことが分からなくなった。

 

 





 

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