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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第十七章 セレーネ・ステップ
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第137話 大軍

 人が一人通るだけで精一杯な狭さの穴から顔を出したクルス・ホームは息を飲み込んだ。

 半径四メートルほどの広さがある開けた円形の空間内は、大柄なオークたちで埋め尽くされている。

 その石の壁に埋まった紫色の鉱石を守るかのように、壁際のオークたちが立ちふさがる


 その様子を見渡していたクルスは、視線を右隣に立つノアに向けた。


「敵の数は予想通り百体いそうですね?」

「そうみたい。数は多いけど、問題ないと思う」

 前方に見えた緑の怪物が頬を高揚させ、ノアの元へ迫る。その姿から目を反らさないノアは、体を前に飛ばし、間合いを詰めると、右足を振り上げたまま体を横に回転させた。

 人間の回し蹴りで体勢を崩すのと同時に、高く飛び上がり、醜いブタのような顔を右の拳で叩く。


 そのまま着地し、息を整えたノアの周囲を二十三体のオークが囲む。熱い息を吐き出す醜い怪物たちに寄られても、ノアは敵から目を反らさない。

 

「前言撤回。この数を一度に相手するのキツそう」

 ノアの頬から冷や汗が落ち、オークたちが人間との間合いを詰めていく。そのうちの三体が体勢を崩し、右方から巨乳の黒髪少女が転がり込む。

 ノアに背を預けるように立ったクルスは、姉と顔を合わせることなく、拳を握りしめた。

「ノア姉ちゃん、加勢します!」

「ああぁあぅ。クルスを襲っていぃのはぁ、私だけだよぉ」

 オークたちと同じく頬を高揚させたノアの背後で、クルスは苦笑いを浮かべる。

「いや、その理屈はおかしいです!」

「かわいい妹に指一本触れたら許さないって意味だよ。冗談が通じないわ……ねっ」

 右斜め前から飛んだきた拳を、体を左右に揺らし避けたノアが、オークの太ももを蹴りで叩く。

「だから、僕は弟です!」

 続けてクルスの眼前にオークの拳が飛び込んでくる。それを見たクルスは頭を下げ拳を避け、攻撃を仕掛けたオークの腹を殴る。


 クルスとノアを中心にしたオークたちの包囲網の外で、クマの耳と尻尾を生やした獣人の少年が銀色の太刀を振るい、目の前にいるオークの腹に斜めの切り傷を刻む。

 痛みに耐えることができず、その場にオークが倒れこむのと同時に、新たなオークがムーン・ディライトの前に姿を現す。

 休む間もなく現れた敵の数は十五体。それを見たムーンは、少し離れた唯一の出入口の穴の前で待機していたフブキに視線を向けた。無表情で右手の小指を立てる彼女の仕草を認識したムーンは、顔を前に向け、太刀の柄を強く握りしめた。


「ああ、分かった。盗賊の時みたいに、こいつらをイッキにブッ飛ばす!」


 太刀にチカラを込めた瞬間、銀色だった刀身が光沢のある黒に染まる。オレンジ色の炎を剣先に宿し、太刀を真横に向け、体ごと横に一回転させる。


 オレンジの炎を纏う円形の斬撃が飛び、オークの巨体が弾け飛んだ。一瞬にして、十五体ものオークを撃破したムーンが、その場に倒れた敵の中心で、白い息を吐き出す。

 


 周囲の空気が冷やされ、壁際にいたオークたちが次々に倒れていく。その首筋には、鋭い氷の柱が刺さっていた。


「流石に疲れますね。一秒間でこれだけの氷柱を生成するのは……」

 右手を開き、前に伸ばすフブキ・リベアートの指先に十本の鋭い氷の柱が浮かび上がる。

 それが彼女の指先に触れた瞬間、氷の柱が消えた。

 その直後、侵入者たちに向けて駆け出した十体のオークたちの首筋に氷柱が一本ずつ刺さる。

「残り五十体くらいだね。フブキ。そろそろ、アレやっていい?」

 フブキの右隣に並んだホレイシアが首を傾げる。

「はい。標的は包囲網の中にいるクルスとノアだけで構いません」

「おい、フブキ。俺を無視するな!」


 フブキの元に歩み寄ったムーンが不満を口にする。それに対して、フブキは真顔でギルドマスターの少年と向き合う。

「マスターは回復術式を施すほど疲れてないでしょう? 時間の無駄です。そんなことより、近くにいるオークをその剣で片付けてください」

「まあ、別にいいけどな」と呟いたムーンが右斜め前に見えたオークに向け、太刀の剣先を向ける。

 そのまま間合いを詰めた彼は、太刀を縦に振り上げながら、左方にいるオークの腹を蹴り上げ、高く飛び上がった。

 そうして、右斜め前から迫る敵の右腕を斬りつけ、構えた太刀を斜め下に振り下ろし、着地する。

 前方にいた三体のオークが斬撃で吹き飛び、腹を蹴られたオークがムーンに迫る。

 

 その間にホレイシアが右手の薬指を立て、空気を三回叩く。同時に左手の薬指を立てた彼女は、宙に魔法陣を記した。


 東に土の紋章


 西に乙女座の紋章


 南に牡牛座の紋章


 北に双子座の紋章

 

 中央に火星の紋章


 それらの紋章が刻まれた魔法陣が浮かぶ指先を真下に向けたホレイシアは、視線を自分の右手に向けた。

 三本の指の先端に数センチほどの大きさをした三個の小さなフラスコが浮かぶ。右から順番に水色、紫色、黄緑色の液体で満たされたフラスコの先端は、真っ赤な指のような蓋で塞がれている。

 魔法陣に、素材が浮かぶ右手を真下に向けると、フラスコの先端が下を向き、液体が一滴ずつ中央の紋章の上に落ちていく。


 紋章の上で素材が混ざり合い、白い煙が左右に揺れると、ホレイシアは右手を開き、前に伸ばした。液体の落下が止まり、フラスコの先端が上を向く。

 再び左手の薬指の先端に魔法陣を浮かべたハーフエルフの少女は、指先をクルスたちを包囲するオークたちに向ける。


「はぁ」と息を吐き出した彼女は、指先の魔法陣を指で弾き、包囲網に飛ばした。

 その直後、包囲網の中心で地響きが起こり、地面に転がる石が弾け飛ぶ。そんな異変に気が付いたクルスは、咄嗟に近くにいるノアの右腕を掴み、引っ張った。


「動かないでください。来ます」

「えっ」とノアが目を丸くすると、突然、ふたりの四方を囲む石壁が浮上する。緑色に光るレンガ模様のそれは、数十体のオークと人間を阻む。


「これって……」

 ふたりが横並びに立つだけで精一杯なほど狭い空間の中で、ノアが周囲を見渡すと、右隣に並んだクルスが首を縦に動かした。

「ホレイシアさんの回復術式です。昨晩、錬金術書を見せてもらったので間違いありません。一分間だけ敵の攻撃を防ぎ、壁の中の空間にいる対象者の体力を回復させる」

 連戦で疲れた体は、壁が放つ緑の光で癒されていく。そのうち、狭い空間に取り残されたノアの茶色い瞳にピンク色のハートマークが浮かび上がった。

「やっと、ふたりきりに慣れたわね」

 火照った頬を両手で隠したノアがクルスとの距離を詰める。その姿にクルスは頬を引きつらせた。

「まだ戦闘中……です」

 後退りしたクルスの背中に、生成された壁が触れる。その瞬間、壁にヒビが入り、緑色の巨体が隙間から顔を覗かせた。


「ええっ。まだ五十秒くらいしか経ってないのに!」

 頬を膨らませたノアの近くで、クルスは真剣な表情になる。

「予測持続時間より短いようですね」

 目の前に飛び込んできたオークの右頬を拳で抉る。そのオークが一撃で倒れると、クルスとノアは周囲を見渡した。


「なるほど。あの中で回復してる間に、フブキとムーンが結構敵の数を減らしてくれたっぽい」

「残り二体ですね。今、フブキさんたちが相手にしているオークと、目の前にいるオーク。それで全滅です」

 クルスが状況を分析する右隣でノアは深刻な表情になった。

「最後に残ったの、厄介な相手ね。クルス、見て。あの棍棒……」

 ノアがオークが右手で持つ棍棒を指さす。いくつもの凹みと傷が目立つ黒い棍棒を、オークが振り下ろす。地面が小刻みに揺れ、岩の地面が粉々に崩れ凹む。

「あんなので殴られたら即死だよ」

「分かっています!」と気合を入れたクルス・ホームが拳を握りしめ、前へと駆け出した。

 その間にオークが棍棒を飛び込んできた人間の少女に向け振り下ろす。


 「今です」と口にしたクルス・ホームが地面を強く叩き、飛び上がる。そうして、振り下ろされた棍棒の上に飛び乗り、チカラを軸足に込め、高く跳ねた。


 一瞬で重たい棍棒が消失し、オークの頭に右の拳を振り下ろす。衝撃でオークの頭が左右に揺れ、続けて回し蹴りが叩き込まれる。

 緑の巨体が地面の上に倒れこみ、地上に着地したクルスは息を整えた。



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