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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第十七章 セレーネ・ステップ
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第133話 大蛇

「フブキ、そろそろ明日のクエストの必要物資を買いに行ってくるよ」

 石畳の広場の上で、ローブのフードを目深に被った少女がフブキに声をかけた。

 すると、フブキは彼女の方へ視線を向ける。

「ホレイシア。言うべきではないことですが、買い物が終わったら、宿でゆっくりしてください」

「うん。分かってる。じゃあ、ムーン。早く行こうよ」

 頷く少女が隣にいる獣人の少年の右手を引っ張る。

「ああ、分かった」と答えた獣人の少年、ムーン・ディライトはホレイシアと共に歩き出した。

 

 遠ざかっていくふたりの後姿を見送ったフブキが、視線を隣にいる巨乳少女に向け、両手を叩く。


「では、私たちも移動します。流石にここは人が多すぎますから……」

 周囲の様子をチラリと見たフブキが、人々の視線を感じ取る。

「そうですね。流石にここは戦いにくいです」とクルスも同意を示す。その後でフブキはノアに左手を差し出す。

「ノア、早くしてください」

「えええっ、どうせならぁ、クルスと手を繋ぎたい。あの女の子の指、いい感触なんだろうなぁ♪」

 フブキの手を拒むノアがうっとりとした表情で、首を横に振る。姉の甘い声を聴いたクルスは顔引きつかせた。

「イヤです。フブキさん。ノア姉ちゃんの言うことなんか無視して、早くどこかに飛ばして……」

「クルス、誰かさんと同じくらい素直じゃないなぁ。手くらい繋いでもいいでしょ?」

  

「全く、弟のことになるとワガママになるのですね。きょうだい仲良く、時空の狭間を彷徨うといいわ」

 冷たい目をしたフブキに対して、ノアは頬を緩ませる。

「でも、やろうと思えばできるんでしょ? 私とクルスの背後から私たちの肩を掴めばいいんだからさ」

「確かに、できますが、合理的理由が分かりません。飛ばす対象がふたりだけなら、この両手を繋ぎ、一緒に転移した方が安全です。万が一、気が緩んだら、時空の狭間を彷徨うことになるのですから」

「でも、フブキなら、そんなミスしないよね? 私、信じてるから。フブキのこと」


 ノアが悪戯な笑みを浮かべと、フブキが瞳を閉じ、ため息を吐き出す。

「そう簡単に他人を信用するなんて、バカなんですか?」

 それから、フブキはふたりの背後に体を飛ばし、人間の姉妹の両肩に手を伸ばした。背後を振り返ったノアが頬を緩ませる。

「へぇ。結局、やってくれるんだ」

「別に……」とフブキが小声で呟く間に、ノアが隣にいるクルスの手を掴む。ふたりの手が繋がれるのと同時に、彼女たちの体は一瞬で広場から消えた。




「ここって……」と呟くクルス・ホームは目をパチクリとさせた。

 目の前に広がるのは、大草原。緑色の草で覆われた地面しかない広大な空間。

 東から吹く風が、草草を揺らす。

「トリメースから数百キロ離れた草原です。ここなら、誰もいないので思う存分戦えるでしょう?」

 クルスの目の前に姿を現したフブキが、周囲を見渡すように頭を動かす。

「へぇ。どっかの道場で試すのかと思ったら、こんなとこでやるんだね?」

 クルスの右隣に並んだノアが首を傾げると、フブキが頷く。

「はい。ヘルメス村の道場や試練の塔を借りれなかったので、ここにしました。次いでにここでしか入手できない素材も採取します」

「あっ、そうなんだ」とノアが目を点にする。その隣にいる巨乳少女の姿の弟はクスっと笑った。

「フブキさんは、少し先生に似てますね」

「先生……ああ、アルケミナ・エリクシナ。会ったことはありませんが、思考回路が似ているということでしょうか? まあ、いいでしょう」


 瞳を閉じたフブキ・リベアートが右手の薬指で、空気を一回叩く。それと同時に、指先から白い円が描かれた水色の槌が飛び出し、少女の足元に落ちていった。

 

 緑の地面に刻まれた魔法陣が白く光り、少女の体を包み込む。

 一瞬で光が消えると、白髪の少女は瞳を開け、鎧姿を晒した。

 全身を白で統一し、水色の線が円を描くように、両指と両膝に刻まれた鎧姿のヘルメス族の少女は、兜をかぶらず、目の前にいる相対すべき少女の顔を見つめている。


「エルメラ守護団序列十六位。白熊の騎士。フブキ・リベアート。参ります」

 鎧姿になったフブキの姿を認識したノアがクルスの右肩をポンと叩く。

「クルス、少し遠くから見守ってるから、頑張って!」とだけ伝えたノアは、全速力で弟から離れて行った。

 その間に、クルスは拳を握り、向き合うように立っているヘルメス族の少女に語り掛けた。


「フブキさんが白熊の騎士だったんですね。聞いたことがあります。ヘリスさんが憧れてる剣士がいるって」

「なるほど。赤光の騎士。何度か太刀筋を見たことがありますが、まだ弱いです。とにかく、私よりも一つ序列が高いアイリス・フィフティーンを倒したという噂がホントのことだと証明してください」

「はい!」と気合を入れた声を出すクルス・ホームが、体を前に飛ばす。


 一歩も動こうとしない白髪の少女の腹を狙い、右拳を振り下ろす。

 だが、その拳は冷たくなった空気を切り裂くだけで、少女の体には当たらない。

「くっ」と声を漏らすクルス・ホームの拳に細かい切り傷が刻まれる。


「その動き、分かりやすいですね」


 背後に声を聴いたクルスは、素早く体を横に半回転させた。その動きを利用し、振り上げた右足でフブキの腰に蹴りを入れる。

 それでも、クルスの攻撃は届かない。当たる直前にクルスの右足首はフブキの左手に掴まれた。


「残念です」とフブキが呟いた瞬間、クルス・ホームは目を見開いた。

 夕闇に染まった空が目の前に広がり、宙に浮いた体が草原に向かい急降下していく。

 大きな胸と長い黒髪を上下左右に揺らした五大錬金術師の助手は、息を飲み込み、左手の薬指を伸ばし、地上に向けた。

 

 東西南北に水の紋章。

 中央に温浸おんしんを意味する獅子座の紋章。


 素早く記した魔法陣が上空一メートルに浮かびあがった瞬間、そこから水柱が噴き出した。

 落ちていく体をそこに足から突っ込ませ、落下の衝撃を押し殺す。

  


「なるほど」と呟くフブキが、水柱から弾け飛んだ水玉を頭に受けた。濡れた髪に付着した水を拭い、ジッと観察したフブキの頬が緩む。

 体を縦に一回転させ、地上に着地したクルス・ホームが息を整える。


「咄嗟に水柱を生成し、落下の威力を殺すとは……五大錬金術師の助手というのはホントのようですね。しかし、それは悪手です」

 前方にいる巨乳少女の前で、フブキ・リベアートが左手の薬指を立てる。そうして、素早く魔法陣を記すと、東風に乗って無数の白い結晶が舞い上がった。


「なっ」と驚く間に、白い結晶が五大錬金術師の助手の体に巻き付く。冷たい結晶に体温を奪われ、少女の体は白い大蛇に締め付けられた。数十メートルの大きさを持つ巨大な白蛇を見上げたクルスは、体を小刻みに震わせながら、白い歯を食いしばった。


「……宙に魔法陣を記し、落下を防いだ点は評価に値しますが、あなたはミスを犯しました。あれだけの水があれば、これほどの大きさの白蛇を生成可能です。全く、生成した物質を敵に利用されるなんて、バカなんですか?」


 ため息を吐き出したフブキは一瞬の出来事に目を見開いた。気が付くと、巨乳少女の体に巻き付いていた白い大蛇が溶けて消えている。体を震わせた少女が前へと駆け出していく。

「そういえば、相手は例の能力者でしたね」と呟くのと同時に間合いを詰められ、拳が何度も飛ぶ。放たれた猛攻をフブキが体を反らして避ける。

 相手の格闘技を軽く受け流したフブキが、腰の鞘から鉄色の長刀を引き抜き、縦に構えた。

 それを上下左右に振ると、太刀の周囲で生成された白い結晶が、斬撃として飛ばされた。


 さらなる攻撃を仕掛けるため、前へ飛び出した巨乳少女の体を覆うように、白い結晶が集まっていく。

 雨のような細かい斬撃を浴びたクルス・ホームが、拳を強く握り、動きを止めない。


 凍えるような寒さと鋭い痛みを全身に受けた五大錬金術師の助手は、全身にチカラを込める。その時、クルスの眼前に、太刀を斜めに構えたフブキ・リベアートの姿が飛び込んできた。


「……あの技を耐えた人間は、二人目です」


 クルスの耳元で囁いたフブキが、挑戦者の腹に右斜めの一撃を叩き込む。

 その動きを見切ったクルスは、体を後ろに飛ばし、振り下ろされる剣に蹴りを入れる。

 格闘少女の右足に触れた冷たい剣が一瞬で消えても、フブキ・リベアートは表情を変えず、左手の薬指を立てる。

 その間に、クルス・ホームの渾身の蹴りが白熊の騎士の鎧に迫る。

 避ける暇なく叩き込まれた蹴りは、ヘルメス族の少女の全身を震わせる。


 衝撃を受け、倒れそうになる背中に身を任せたフブキは、左手を前に伸ばしながら、相対している格闘少女に視線を向けた。


 すると、勝ち誇った五大錬金術師の助手の表情が苦痛に歪んだ。全身が小刻みに震えたクルスの首筋には、鋭い氷の柱が刺さっている。

 全身を襲う凍えるような寒さに耐えられないクルス・ホームは、意識を手放し、体をうつ伏せに倒した。

 





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