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第131話 勇敢なる勇者様の希望 後編

 民家から数分歩き、石畳の坂を上った先で、ふたりが立ち止まる。彼女たちの視線の先には、黒色の屋根が特徴的な建物があった。周囲を覆う窓ガラスには、剣をモチーフにした鉄格子が取り付けられ、出入口である銀色の扉には、十字架が刻まれた盾の紋章がある。



「もう一年以上通ってないのに、懐かしいって感じるなんて、不思議ね」

 入口から少し離れ、馴染みの武器屋を見上げていたアビゲイルが呟く。

 その右隣に並んだミラが、ジッと彼女の横顔を見つめる。

「そういえば、小さいころから通ってたって言ってたよね?」

「そうだよ。でも、覚えてないのよね? この武器屋の店長さんとも親しかったんだけど……」

 アビゲイルの表情が暗くなる。その直後、隣のミラが彼女の手を優しく掴んだ。

「大丈夫。私も一緒だから!」

 暗い顔の仲間を励ますため、ミラが明るく笑う。安心感を取り戻したアビゲイルは、強く首を横に振り、視線と隣にいる少女に向ける。


「ミラ、ありがとう。悪いけど、このまま一緒に行こう。こうしてると安心できるから」

 そう伝えたアビゲイルが繋がれた手をぎゅっと握りしめる。

「うん」と短く答えたミラは、アビゲイルと歩幅を合わせて歩き出した。


 銀の扉を開けたその先には、多くの武器が並んでいる。店内に入り、周囲を見渡したアビゲイルは、昔と同じ景色を認識し、繋がれたミラの手を引っ張った。


「ミラ、道案内なら任せて。今も売り場は変わってないみたいだから、欲しいモノがどこにあるのかよく分かるわ」

「一応、私もここに何回か来た事があるんだけど……」と目を点にしたミラが、アビゲイルに導かれるように、狭い店内の棚と棚の間を進む。


 それから、多くの盾が並ぶ棚にアビゲイルは立ち止まった。ジッと目の前に見えた金色の盾に視線を向けた彼女が、左手を伸ばす。だが、それに触れた瞬間、彼女の身に異変が起きた。

 体が小刻みに震えだし、見開かれた茶色い瞳は暗闇を映し出す。

 両足と両手は誰かに強い力で掴まれたように動かすことができない。

 体は得体の知れない恐怖に支配され、胸も苦しくなる。


 そんな症状に襲われたアビゲイルは思わず盾から目を反らした。


「だっ、だめ。助けて……」とアビゲイルが声を震わせる。 

 

 その一方で、隣で手を繋ぐミラは彼女の震えを肌で感じ取り、繋がれた手を優しく握った。

「大丈夫。アビゲイルはここにいるよ!」

 恐怖で顔を強張らせるアビゲイルの隣で、ミラが優しく語り掛ける。


「あっ」


 すると、アビゲイルの瞳に光が宿った。

 自然と震えも治まり、彼女は視線を隣の少女に向けた。


「はぁ、はぁ。ミラ、ありがとう。じゃあ、次の武器を試してみるわ」


 荒い呼吸を吐き出したアビゲイルが、繋がれたミラの手を引っ張り、次の棚へ向けて一歩を踏み出す。

 だが、ミラ・ステファーニアは動こうとしなかった。


「ミラ……」と名を呼び、背後を振り返ったアビゲイルの前で、ミラが暗い表情で訴える。


「待って。無理しないでって言ったでしょ? 今のアビゲイルは、無理してるように見える」

「そんなことないわ」

「いや、絶対、無理してる。早く希望を見つけて安心したい気持ちは分かるけど、まだ時間はたっぷりあるんだから、少しずつ試していけばいいと思うよ。まだ、あの人の居場所も分からないから、焦らなくても……」

「大丈夫だよ。早くこの恐怖を克服して、戦えるようにならないと、あの女に奪われたモノは取り返せない。あんなのに負けるほど、私は弱くない!」

 ミラの優しさを受け入れないアビゲイルが力強く訴えた。

 恐怖と絶望の中で希望を探す彼女を、ミラ・ステファーニアは止めることができなかった。




 店内にある武器を一通り試した後で、ふたり揃って店から出て行く。先ほどまでいた武器屋に背を向け歩き始めたアビゲイルの顔色は青くなっていた。

 荒い呼吸を繰り返し、脂汗が全身から噴き出る。


「はぁ。はぁ。疲れたわ」

 フラフラと揺れる体が自由を失い、前へと倒れる。そんな彼女の体を、隣にいたミラが支えた。

「アビゲイル、大丈夫……じゃなさそう」

「だめ。もう一歩も動けないみたい。どんなに武器を手にしても、あの恐怖に慣れないのね。結局、あの武器屋には今の私に扱える武器はなかったわ」

「金属製とか木製とか、いろいろ試してみたんだけどね」

「そう。これでハッキリしたわ。今の私には仲間になる資格がないって。ミラ、ごめんね。私はあなたと一緒に戦えない。その代わり、あの人のことで私が知ってることは全て話すわ」

 ミラの肩に掴まって立っているアビゲイルが悲しそうな顔で頭を下げる。だが、ミラは優しく微笑み、首を横に振った。

「謝らないで。まずは、簡単な回復術式で……あっ!」と声を出したミラは、ジッと疲れ切ったアビゲイルの顔を見た。


「ごめん。アビゲイル。希望が見つかったかも!」

「えっ」とアビゲイルが目を丸くする。その隣で、ミラは左手の薬指を立て、空気を一回叩いた。

 そうして、指先から網目模様の茶色いカゴを取り出し、中に入っている紫色の細長い葉っぱを一枚手に取ると、それをアビゲイルに差し出す。


「はい。シンカイソウルだよ」

「それって、確か、疲労回復に効く薬草だよね?」

「そう。これを使って回復術式、やってみて! 学校で習った簡単な術式でいいから」

「どういうこと?」と真意を理解できないアビゲイルが首を傾げる。

「ほら、召喚した剣は持てなかったけど、錬金術の小槌は振るえたでしょ? もしかしたら、錬金術で戦闘をサポートすることならできるんじゃないかって思ったんだ。ちょっと、試してみて!」


「分かったわ」と短く答えたアビゲイルが、石畳の地面の上に腰を落とす。そうして、右手の薬指を立て、彼女は地面に魔法陣を記した。


 東にみずがめ座の紋章


 西に天秤座の紋章


 南に土の紋章


 北に風の紋章


 中央に双子座の紋章



 それらの紋章で構成された魔法陣の上に、紫色の薬草を置く。そのまま右手を開き、魔法陣に自身の手を触れさせる。その瞬間、アビゲイルの体が白い光に包まれた。

 全身に溜まった疲れが次々と弾けて消えていき、少女の体が軽くなる。


 それは学校で習った簡単な回復術式の効果。それが発動した。その事実を受け止めた彼女の瞳から涙が零れ落ちる。


「ウソ。できた。これが残された希望だったんだ!」


 絶望と恐怖しかない世界の中に見えた希望の光を見つけたアビゲイルが、力強く右手を握りしめる。そんな彼女の近くで、ミラが笑顔になる。

「アビゲイル。良かったね」と自分のことのように喜ぶミラの前で、アビゲイルは首を縦に動かした。

「うん。これだけは絶対奪わせないわ。まあ、回復術式は学校で習った程度の知識しかないから、これから勉強しなくちゃいけないみたいだけどね。一般教養の術式で倒せるほど、あの女は弱くないわ。それと、ミラ。私が戦えないということは、あなたがあの女と一戦交えることになるってことよね? 人並みに戦えるって言ってたけど、大丈夫そう?」


「うーん。ちょっと厳しいかも」とアビゲイルの疑問にミラは弱弱しく答えた。

「剣は握れないけど、剣術なら口頭で指導できそう。だけど、何年かかるか分からないわね。できたら、あと何人か仲間がいてくれたら、安心なんだけど、ミラ、心当たりある?」

「そんな人がいたら、仲間に誘ってるよ」

「そうだよね」と笑ったアビゲイルは、ミラと共に歩き出した。

 絶望の中から希望を見つけ出した彼女は、軽くなったその足で、石畳の坂道を小走りで下った。




 

 

 



 

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