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第130話 勇敢なる勇者様の希望 前編

 窓がない殺風景な白い部屋の中で、両耳を尖らせた黒髪少女が本を読んでいる。楽しそうな表情で文字を読み進める彼女のことが気になった人間の少女は、笑顔で彼女に語り掛けた。


「ねぇ、何の本を読んでるの?」

 首を傾げた人間の少女が、自分よりも低い身長の異種族少女の背後に立ち、彼女が手にしている本を覗き込む。

「今度の舞台の台本だよ」と答えた少女、ルル・メディーラが後方にいる人間の少女に視線を向ける。目の前に飛び込んできた彼女の顔を見た瞬間、アビゲイル・パルキルスの胸が騒がしくなった。


「それって、どんな話?」

「勇者が戦えないお姫様になる話だよ。魔王の娘にキスされた勇者が、戦うチカラを奪われちゃうの」

「えっ」とアビゲイルが驚き、声を漏らす。目を丸くする彼女の顔を、ルルは心を見透かしたかのような瞳で見つめた。

 そのあとで、ルルは不敵な笑みを浮かべながら、アビゲイルとの距離を詰めてみせた。

「ふふっ。今のあなたにピッタリな物語でしょ? 全てを奪われ、絶望する姿に、あなたは共感するでしょう」


 その通りだと、アビゲイル・パルキルスは思った。


 あの日、彼女は全てを失った。

 

 もう戦うこともできない。

 

 再び剣を握った時と同じ恐怖が襲う。茶色い瞳は暗闇しか映さない。

 

 その直後、地面の上に真っ黒な正方形の穴が開き、少女の体がふわりと浮かび上がる。


「えっ」

 

 表情を強張らせたアビゲイルは、体を小刻みに震わせながら、暗闇の中に落ちていった。


 どこまでも続く穴に落下する中で、アビゲイルは首を左右に振った。そこは黒の正方形で覆われた立方体の空間。


 だが、彼女は何もできなかった。

 落下を食い止め、地上に這い上がろうと考えても、彼女の体は動かない。 


 見開かれた瞳から大粒の涙が溢れる。


「……助け……て……」と弱弱しく口にしたアビゲイルの眼前に、ルル・メディーラが飛び込んでくる。

 震える体が抱きしめれ、お互いに長い髪を上下左右に揺らしたふたりの唇が重なる。

 ルルの体温を肌で感じ取り、アビゲイルの頬が緩み、ふたりの体が一瞬で消えた。


「ここって……」と呟くアビゲイルは目をパチクリと動かした。

 そこは、先ほどまでいた窓がない殺風景な白い部屋。

 再びこの部屋に呼び戻されたアビゲイルの前で、ルルが優しく微笑む。

 

「知ってる? こことは違う世界には、災いの箱があったんだって」

「災いの箱?」

「そう。その箱を開けてしまった結果、下界に全ての災いが降り注がれてしまい、多くの人々が苦しんだ。だけど、災いの箱の底には、一つの希望が残されていたんだ。それと同じだよ。災いの箱の底に沈んだあなたなら、残された希望を見つけることができる」

「あっ」

 

 その言葉は、暗闇の中に沈んだアビゲイルを救い出す。暗い瞳に光を宿した彼女は、ピンク色の頬を緩め、一歩を踏み出した。


「ありがとう。助けてくれて!」と笑顔で伝えたアビゲイルは、自ら進んで、因縁の少女の体を抱きしめた。

 




「あっ」と声を出したアビゲイルが目を見開く。背中が柔らかい何かを感じ取り、上半身を起こし、呼吸を整える。

 そんな彼女が視線を前に向けると、心配そうな顔をしたミラ・ステファーニアがアビゲイルの顔を見つめていた。


「目を覚ましたみたいだね。良かった!」

 ホッとした顔のミラを見たアビゲイルが周囲を見渡す。ベッドしかない殺風景なここは、自分の部屋。なぜ、ここにいるのだろうと疑問に思ったアビゲイルがミラの前で首を傾げる。


「ねぇ、ミラ。どうして……」

「はい。剣を持った後、突然意識を失ったので、この部屋に運びました」とミラが事情を明かすと、アビゲイルの脳裏に夢で聞いたあの女の声が浮かぶ。


「災いの箱の底に沈んだあなたなら、残された希望を見つけることができる」

 

 暗い世界を照らす言葉は、アビゲイルに勇気を与える。それと同時に、冷たくなった胸が温かくなっていく。

 夢の中に出てきたあの少女は、自分から全てを奪っていった憎い人のはずなのに、なぜか彼女の愛を受けいれてしまう。

 ルル・メディーラのことを考えると、なぜか胸がドキドキする。


 そんな謎の感情を隠したアビゲイルは、覚悟を決め、ミラに頭を下げた。

「ありがとう。ミラ 悪いけど、今から行きたいところがあるの。一緒に来てくれる?」

「行きたいところって?」

「この家の近くに、武器屋があるでしょ? そこに行って確かめたいの。ホントに戦えない体になってるのかって」


 真剣な表情をしたアビゲイルの前で、ミラは慌てて両手を左右に振った。


「ちょっと、待って。それはもう分かったことでしょ? さっき、アビゲイルは私の剣を振るえなかった」


「だから、あの女に戦うチカラも奪われたんだって納得しようとしたけど、私は諦めたくない。あそこには、今の私でも戦える武器があるかもしれない。でも、一人であそこに行く勇気が出ないんだ。小さいころから通ってた馴染み深い店のはずなのに、行こうと決めたら、胸がザワザワとして、体が動かなくなる。だから、一緒に来てほしいの。ミラがいたら、行ける気がするから。お願い!」


 強く首を横に振り、そう訴えてもミラは首を縦に振らない。

「ごめん。その頼みだけは聞くわけにはいかないよ。だって、アビゲイルと私は同じだから!」


「同じ?」とアビゲイルが首を傾げると、ミラが彼女の両肩を優しく掴んだ。


「アビゲイル、怖くなかった? 剣を振るえない体になっていることが分かって……」

「そうね。私が私じゃなくなるみたいで、すごく怖かった」

「やっぱり、そうだと思った。分かるよ。その気持ち。まあ、私は身分と名前を奪われただけだから、人並みに戦えるけど、私がミラ・ステファーニアだって誰も信じてもらえなくて、いっぱい傷ついた。そう、あの人が奪っていったモノが分かれば分かるほど、私たちは絶望するんだよ。だから、イヤなの。アビゲイルが傷つく姿なんて、二度と見たくない!」

 真剣な表情で抗議するミラの前で、アビゲイルが優しく微笑む。


「ミラって優しいのね。でも、私は諦めたくないの。もう一度、私から全てを奪っていったあの人と再会して、この手で全てを取り戻したい。その気持ちも同じだから。それに、あの人の言葉を信じたいの」

「あの人の言葉って?」

「災いの箱の底に沈んだあなたなら、残された希望を見つけることができる。私は、その希望を探したいんだ。どんなに絶望しても、私は諦めない!」

 

 希望だけは奪わせないと誓うアビゲイルの瞳は、暗闇を感じさせないほど明るい。それを見た瞬間、ミラの中で迷いが消えた。

 そうして、ミラはクスっと笑い、右手を差し出す。

「アビゲイルを仲間に誘って良かった。じゃあ、一緒に行こう」

「えっ、ホントに来てくれるの?」

 

「もちろん。実は、アビゲイルが剣を振るえないって分かった時に、諦めようと思ってたんだ。何年かかるか分からないけど、あの人と戦ったことがあるアビゲイルと一緒に戦ったら、奪われたモノを全て取り返せると思った。だけど、今のアビゲイルは戦えないって分かって、共闘作戦を断念しようとしたんだ。こっちから仲間に誘っておいて、即追放なんてかっこ悪いけどね」


「そうだったのね」と優しい表情で頷くアビゲイルが彼女の話に耳を貸す。


「でも、アビゲイルの顔を見たら思い直したんだ。どこかに希望があるんじゃないかって」

「そうね」と頷くアビゲイルがミラの手を掴む。

「その代わり、無理しないで」

「もちろんよ」


 そうして、ふたりは一緒に部屋を飛び出した。





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