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第128話 勇敢なる勇者様の住処

 腰上の高さまで伸ばされたキレイな黒髪を持つ少女は、病院のベッドから起き上がり、深く息を吐き出した。白いワイシャツと動きやすい青の長ズボンを履いている彼女、アビゲイル・パルキルスは、窓の外に視線を向け、厚い雲で覆われた空を、ボーっとして見つめていた。


「はぁ。同じ空の下にいるんだよね?」と呟く彼女が脳裏に、ヘルメス族の少女の姿を浮かべる。その顔を思い出そうとすると、あの日、森の中で口づけを交わした記憶が蘇り、アビゲイルの胸がドキドキと動き出す。


「違う。そうじゃなくて、思い出したいのは妹の方だから。落ち着きなさい!」

 赤くなろうとする顔を強く左右に振り、彼女は自分に言い聞かせた。その直後、病室のドアがノックされ、横にスライドされた扉から、ふたりが室内に入ってきた。


 黄色いTシャツの上に白衣を纏った、パーマをかけた短い黒髪が特徴的な女、チェイニー・パルキルスは、窓辺にいる入院患者に声をかける。


「アビゲイル。退院おめでとう。早速だけど、あなた、これからどうするの?」

 そう尋ねられ、アビゲイルは窓に背を向け、顔を前に向けた。

「そうね。これからのことは、まだ考えてないわ」と正直に答えると、チェイニーは優しく微笑み、右手を差し出した。

「良かったら、私の家に住まない? まあ、ミラと私の三人暮らしになっちゃうけど」

 提案したチェイニーが、右隣にいる黒い髪を三つ編みにした少女、ミラ・ステファーニアに視線を向ける。

「えっ、ホントにいいの?」


 アビゲイルが驚きの声を出すと、チェイニーは笑顔で頷いた。


「もちろん。部屋も余ってるしね」

「良かった。ありがとう」

 胸を撫でおろしたアビゲイルが、チラリとミラの顔を見つめる。その一方で、チェイニーは笑顔で両手を叩いた。

「分かった。私はこれから研究しなくちゃいけないから、ミラ、道案内よろしく。あとは打ち合わせ通りにね♪」


 それだけ伝えると、チェイニーが慌てて病室から出て行く。そうして、ふたりきりになると、アビゲイルはチェイニーの前で両手を合わせた。


「ミラ、ありがとう。おかげで、またあの家で暮らせるわ」

「実は、昨日、チェイニーさんに話したんだ。明日、退院するアビゲイルは住む処がなくて困ってるって。良かったね。ホントの家に帰れて……」

 喜ぶミラの顔が一瞬だけ暗くなる。その変化を察知したアビゲイルは目を丸くした。

「ミラ、大丈夫?」

「アビゲイルが羨ましい。帰る家があるって、すごく幸せなことだよ。あの人に全てを奪われた私は、家族と暮らせなくなったんだ。一度、自宅に帰ろうとしたら、ニセモノ扱いされて、追い出されちゃった。それから一年くらい後だったよ。私の故郷が焼き放たれたのは……」


 悲しそうな顔で語るミラの瞳から涙が流れる。

 そんな彼女の前で、アビゲイルは言葉を失った。


「二年前、私の故郷は火の海になったんだ。調べたら、私の家族は全員行方不明になってた。生きてるのか、死んでるのかも分からないんだよ」


「大丈夫」

 辛い記憶を知ったアビゲイルが、彼女の右肩に手を伸ばす。その動きを目にしたミラは、目を見開き、大声で叫んだ。


「触らないで!」


 その声に反応し、アビゲイルの手が止まる。それから、ミラは申し訳なさそうな顔で両手を合わせた。


「驚かせてごめんなさい。肩に触れられたら、あの日のことを思い出しちゃうの」

「あの日のことって?」

 

「突然、あの人に肩を掴まれた時のことだよ。気が付いたら、知らない街にいて、パニックになりながら故郷に帰ろうとした。そして、やっと自宅に帰ったら、そこにはミラ・ステファーニアがいたの。誰も私がホンモノのミラ・ステファーニアだって信じてくれなくて、私は身分と名前を失ったんだ。帰るべき場所も失くし、途方に暮れてたら、チェイニーさんが私の家に住まないかって誘ってきたんだよ」


 辛い過去を明かすミラの顔をアビゲイルはジッと見つめた。目の前にいる少女は、家族にニセモノ扱いされ、一人で生きていくことを余儀なくされた。それはどんなに辛いことなのだろうかと、アビゲイルは思う。


「大丈夫。私も一緒だよ」とアビゲイルが優しく微笑み、右手を差し出す。その手を掴んだミラの瞳から涙が落ちた。

「良かった。アビゲイルがいて」

「じゃあ、そろそろ帰ろう。私の家に」

「うん」と短く答えたミラはアビゲイルと一緒に、病室から退室した。




 ムクトラッシュ病院から歩いて十分ほどの場所にある住宅街の一角。オレンジ色の屋根が特徴的な一軒家を見上げたアビゲイルが呟く。

「懐かしいわね」

 その右隣にいたミラは右手の薬指を立て、空気を叩いた。

「はい」と口にするミラの指先から、玄関を開ける銅色の鍵が召喚される。それを彼女はアビゲイルに差し出した。

 

「家の鍵だよ。久しぶりに玄関のドア、これで開けてみない?」

「そうね」と答えたアビゲイルが、ミラの手から鍵を受け取り、慣れた手付きで鍵を開ける。

 目の前に見えた茶色い扉が開き、玄関の中へ足を踏み入れたアビゲイルは、懐かしい香りを感じ取った。安心できるその匂いは、彼女の頬を緩ませる。


「ホントに帰ってきたみたい」と嬉しそうな顔になったアビゲイルは、玄関で靴を脱ぎ、周囲を見渡した。廊下の色も、壁の色も、全てが彼女の記憶と同じ。

「当たり前でしょ? ここはアビゲイルが暮らしてた家なんだから!」

 苦笑いするミラの隣で、アビゲイルは彼女の前で両手を合わせた。

「ミラ、頼みがあるの。居間の本棚にアルバムがあると思うから、それを何冊か取ってきて。私は二階にいるから」

 そう伝えたアビゲイルが、廊下を進み右に見えてきた階段を昇り始めた。

 

 数十秒ほどで昇りきり、右奥にある茶色い扉のドアノブに手を伸ばす。

 この先には、アビゲイル・パルキルスがここにいたことを示す、いつもと同じ自分の部屋がある。そんな期待を抱きながら、開かれた扉から室内に足を踏み入れる。

 

 だが、扉の先に見えた景色は、彼女の記憶のモノとは違う。


 その部屋には何もない。その事実は知ったアビゲイルが、部屋の中心で、膝から崩れ落ちた。そこに駆け付けたミラ・ステファーニアは、数冊のアルバムと抱えたままで、黙って彼女の元に歩み寄った。


「アビゲイル?」

「ミラ、どうしてこの部屋、何もないの?」

「私が来た時から何もない部屋だったよ。もしかして、この部屋って……」

「そうだよ。ここは私の部屋だったんだ。思い出が詰まった机や椅子。お気に入りだった照明器具。他にもいろいろなモノがあったのに、ここには何もない。どうして?」

 困惑する彼女と顔を合わせたミラが眉を顰める。

「うーん。もしかしたら、これもあの人が原因かもね。ほら、アビゲイルって存在が消されちゃったんでしょ?」

「存在しないはずの人間が暮らしてた痕跡は、人々の記憶の相違を生み出す。だから、最初から何もない部屋にされたってわけ? 酷いわね。そうやって大切にしてきたモノも奪うなんて……」

 アビゲイルが悲しそうに肩を落とす。そんな彼女にミラは同情した。


「私の場合は、あの人に名前と身分を奪われただけだから、こんなことはなかったけどね。私だったら、耐えられないわ。とりあえず、ベッドは今すぐ用意できるから、安心して。他にも必要なモノがあったら、なんでも準備するから」


「ありがとう。じゃあ、ミラ。そのアルバム見せて」

 落胆するアビゲイルが、ミラが抱えていたアルバムに視線を送る。

「そんなに見たいなら、いいけど……」と目を伏せたミラがこの家に住んでいた少女にアルバムを渡す。

 それを受け取ったアビゲイルは、ペラペラとそれを捲り始めた。

 だが、どこにも、実の母親であるチェイニーと一緒に映った写真が見つからない。あるのは、不自然にチェイニーだけが映る写真だけ。


 ページを捲る彼女の指は重たくなり、動揺する体が小刻みに震える。


「ウソ。どうして一枚もないの?」

「これもあの人の所為だよ。見ず知らずの人と一緒に映った写真が大量に貼られたアルバムなんて、不自然だから」

 アビゲイルの背後から、アルバムを覗き込むミラが呟く。

 その推測をアビゲイルは否定できなかった。ショックを受けた彼女の肌色が青くなっていく。

「そんな。あの家族写真を見せたら、信じてくれるかもって思ったのに。私がお母さんの娘だって。これじゃあ、ホントの家族だって証明できない! どうして、こんなことするの?」

「うん。アビゲイルの気持ちはよくわかるよ。だから、取り返さなくちゃいけないんだ。あの人が奪っていった、私たちのすべてを」


 ふたり揃って、涙を流す彼女たちは、民家の一室で誓い合う。


 ヘルメス族の少女、ルル・メディーラから奪われたモノを全て取り返すと。

 

 


 

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