第126話 巨乳格闘少女VS紺碧の重戦士第一形態
「もう道場を明け渡す時間かい? ステラ・ミカエル」
「いいえ。約束の時間の五分前行動を傍付きにさせている私が、十分前に場にいなければ示しが付かないです。しばらくの間、凡人と一緒に見学……」
言い切るよりも先に、異変を察知したクルス・ホームはステラの右隣からうつ伏せに倒れているユイの元へ駆け寄る。
「ステラ・ミカエル。キミは心配じゃないのかい? キミの傍付きも倒れているが」
心配そうな表情でユイの近くに腰を落とし、彼女の顔を覗き込むクルスの姿を一瞬だけ見つめたスシンフリが首を捻る。
それに対して、ステラは首を横に振った。
「いいえ。あなたのやり方に口出しをするつもりはないです」
「そうか」と呟くスシンフリの前で、ステラがクルスに向けて呼びかける。
「凡人、安心するです。気を失っているだけです。五分もすれば目を覚ますはずです」
「そうなんですか?」
ステラの言葉に安心したクルスは周囲を見渡してから視線をスシンフリに向けた。
「もしかして、この人がユイさんたちを……」
「たった一人で六人の剣士たちを倒した。まあ、六人目は戦闘不能寸前だがな」
そう答えたスシンフリの前で、ステラがジド目になる。
「格下の剣士を六人倒したくらいで自慢するなです」
「ボクの黒騎士たちは使いものにならなかったが、ユーノを含めた四人の剣士たちは、頭を使って格上のボクを追い詰めた。二本目の剣を抜かせるほどまでな。強くなったものだ」
感傷に浸る騎士団長から数メートル離れた先で、ユーノ・フレドールが咳払いする。
「ちょっと、勝手に感想戦始めない!」
「ユーノ・フレドール。別にいいだろう? あとはキミが敗北宣言をすれば終わりだ」
「もう勝ち筋ないから負けを認めるけどさー。スシンフリ、ホントに大人げなさすぎっ! まあ成長認めてくれたからいいけど……あっ、スシンフリ、お願いっ。もう一度リオと交代して、あの術式使って私を回復させてよ。噂の異能力者さんと戦ってみたい!」
明るい表情でユーノが両手を合わせる。その一方でステラはため息を吐き出してから、首を横に振った。
「はぁ、あなたもですか? 残念ながら先客がいるので今回は戦えないです。因みに、この凡人の異能力はユーノの高位錬金術が通用しないです。最も、体術勝負になればあなたにも勝機があるです」
「ええっ、誰? 抜け駆けして異能力者と戦う不届き者!」
一瞬でステラの眼前に瞬間移動で体を飛ばしたユーノが首を傾げる。
「近いです。紺碧の重戦士です」
「ねぇ、ステラ。身近にいる傍付きを贔屓してない?」
「自ら対戦相手を志願してきたあの子を尊重しただけです。マリーとの闘いからは学ぶことが多いので、承諾したです」
「やっぱり、エコヒイキだ! マリちゃん、ズルい!」
ユーノが右方から新たな気配を感じ取り、怒りの視線をぶつける。その先には白いローブのフードを目深に被り顔を隠すヘルメス族の少女の姿があった。クルスの腰の高さほどしかない低身長の侵入者が首を傾げる。
「もしかして、アタシの悪口、言ってた?」
「マリちゃん。ズルい! 噂の異能力者さんと戦いたいのは私も同じだからねっ!」
「まあまあ、落ち着くです。そろそろ最長十四日間の決闘始めるです」
火花を散らすふたりの間に、ステラが仲裁に入る。
「最長十四日間? そんなにするんなら、私が一日くらい相手してもいいんじゃね?」
「これは凡人に与えた試練です。邪魔しないでほしいです」
頑なに首を縦に動かさないステラの前で、ユーノが頬を膨らませる。
その間に、ユイ・グリーンは目を覚ました。
うつ伏せになった体を起こした獣人の少女は目をパチクリとさせる。
少し遅れて目を覚ましたアタルとヘリスが体を起こし、ユイの近くに体を飛ばす。
「あれ? ステラさん。どうしてここに?」
「はい。今から試合を始めるのですが、どうするです?」
「うーん。オラは今から仕事だからパスだにょん」
ヘリスが右手を挙げ、クルスたちの前から一瞬で姿を消す。
その一方で、スシンフリは道場の中で倒れている黒騎士たちに視線を向けた。
「黒騎士たちを鍛え上げないといけないようだが、アタルとユーノに聞きたいことがあるからな。しばらく待たせてもらおう」と告げたスシンフリが、壁際に向かい一歩を踏み出す。
ユーノはアタルの右隣に体を飛ばし、彼の右肩を組む。
「じゃあ、アタルと一緒に見学しよっかな?」
「おい、ユーノ。勝手に巻き込むな!」
「別にいいっしょ? 暇なんだからさー」
言い返すことができず悔しそうなアタルをジッと見つめたステラが両手を叩く。
「分かったです。審判は私が務めるので、結界の外で見学してほしいです」
「了解ってことで、ユイ、壁際に移動しよっか?」
「はい」
ユーノがユイの右肩に手を伸ばし、ステラの視界から姿を消す。
四人の見学者たちが道場の壁際に移動すると、ステラは、右手の薬指で空気を叩き、透明な剣を召喚した。
それを石畳の上に突き刺し、結界を張ると、クルスとマリーが中央で向き合うように立つ。
「第二の試練、決闘の開始です」
審判を務めるステラの号令と共に、マリーは右手の薬指を立て、素早く空気を一回叩く。召喚されたのは、柄に青い丸が刻まれた鉄色の小槌。
「くっ」と息を飲みこんだクルスがマリーとの距離を詰め、彼女の腹に蹴りを叩き込む。だが、マリーは挑戦者の動きを読み、素早くクルス・ホームの首を蹴った。その衝撃で大きな胸を揺らした格闘少女の体が後方に飛ばされた。
数メートル後方へ飛ばされたクルスは、間合いを詰めるため前方に駆け出す。その間にマリーは指先から落下していく小槌を、蹴りで石畳の上に叩きつけた。その瞬間、石畳の上に魔法陣が刻まれ、中心にマリーが飛び乗った。
一瞬でマリーの体が白い光に包まれ、全長三メートルの巨大な鎧がクルスの前に現れる。
いかにも固そうな巨大な鎧と両腕に装着された盾にはいくつもの砲台のようなものが取り付けてあった。
二本の角が生えた鉄兜で覆われた丸い顔から青色の一つ目が光る。
巨大な紺碧色の鎧兜を見上げたクルス・ホームが、右手を強く握る。倒すべき相手は動いているのか分からないほど動きが遅い。
「これなら簡単に殴れます!」
力強く石畳を叩き、巨大な鎧兜の眼前に飛び込んだクルスが拳にチカラを込める。その距離が一メートルまで近づいた瞬間、クルスの目の前で炎が揺れた。
鎧兜が持つ右腕の盾の砲台から火が噴き出し、クルスはチカラを込めたままで、拳を前に突き出す。その身を焼こうとする炎を消し、安心したクルス・ホームは目を大きく見開いた。
前方にいるはずのマリーの姿が見えない。
「さっきまで近くに……はっ!」
クルス・ホームは異変に気が付き、顔を上に向けた。地上三メートルの高さから巨大な鎧がクルスの真上から秒速一メートルの速さで落下していく。
「はぁ」と息を吐き出したクルスが咄嗟に前方へ駆けだす。その間に甲冑が地上に落下し、石畳の戦闘場が衝撃でひび割れた。それと同時に地面が揺れ、内臓を圧迫するほどの衝撃が戦闘場に広がる。
衝撃波に煽られた挑戦者の体が、うつ伏せに倒れる。
紺碧の重戦士がゆっくりと前方へと動きながら、標準を動けないクルス・ホームに合わせ、左右の盾に付いた砲台から同時に曲がる火球を何度も放つ。
「うぉぉぉぉぉ!」
狂いもなく当たり、身を焦がす猛攻に耐えるため、クルス・ホームは全身にチカラを込めた。当然のように、クルスの体に当たった火球が消えていく。
だが、クルスは立ち上がることができなかった。
全身が痛み出し、指先すら動かすことができない。できることは、異能力で相手の攻撃を無効化することのみ。これでは反撃に転じることもできない。
意識を失うまで一方的に攻撃に耐え続けることしかできない。
悔しい想いを強めた挑戦者を、紺碧の重戦士の青い目が覗き込む。
「第一形態も倒せないなんて、ガッカリだわ。アタシより序列が高いアイリスを倒したって聞いた時は、その強さに期待したけど、正直、今の戦いは期待外れ。確かに、異能力は強いけど……」
クルスの頭上で声を響かせたマリーが武装を解除し、白いローブ姿に戻る。
そのまま彼女は、右足で動けないクルスの背中を踏みつけた。
ただ踏みつけられているだけなのに、全身が押しつぶされるような錯覚に陥った挑戦者の視界が黒く染まる。
数刻が過ぎ、クルス・ホームは暗闇の中でステラ・ミカエルの声を聴いた。
「まだ弱いです」
冷たく見下す言葉が吐き出されるのと同時に、倒れた少女の背中に小さな水の球が落ちた。そこから生じた熱が全身に及び、クルス・ホームは目を覚ます。
痛みが和らいだ体を起こした巨乳少女は、背後にいるメイド服姿の少女と向き合うように立ち、頭を下げた。
「ステラさん。回復術式を使ってくれて、ありがとうございました」
「凡人、しっかりするです。あなたが使えるモノを使えば、少なくとも第一形態は倒せたはずです」
「はい。次は必ず……」とクルスは闘志を燃やし、近くにいるマリーに視線を向けた。
第二の試練、決闘は紺碧の重戦士の圧勝だった。