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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第十六章 静寂の攻防
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第118話 月下の襲撃者

 月明り照らす病院の出入口の近くにある石畳みの地面を、ラス・グースが佇む。


「この病院だったんですね。ルクシオン。この街のどこかの病院で治療を受けているとルスお姉様から聞いて、探していたのですよ。まさか、一発で見つかるなんて、僕は運がいいようです」


 不適な笑みを浮かべるラスの顔を、ルクシオンが睨みつける。


「ラス、厄介ね」と呟くルクシオンの右隣で、犬耳を生やす獣人の騎士、ジフリンス・グリーンが首を傾げた。

「ルクシオン。アイツもお前の仲間か? だったら、アイツを……」

「やめろ」


 突然に声をイースに遮られたジフリンスが目を丸くする。

「イース騎士団長?」

「ジフリンス、あの男の耳を見ろ。アイツはヘルメス族だ。異能力も使えるらしいから、侮れない」


 ラスの尖った両耳に注目したイースが眉を潜める。

 一方で、ラスは仲間の近くにいる獣人の騎士たちのことなど気にせず、後ろで両手を組んだままで、ルクシオンの元へ歩み寄った。


「ルクシオン。行きましょう。今、大変なことになっています。トールが政府の刺客に倒され、残党狩りが始まりました」

「知ってるわ。明日になったら指名手配されるんだって……」


 その瞬間、ルクシオンの前髪が風で揺れた。彼女から少し離れた石畳の上で白く細い煙が昇りだす。

 それを見たラスは、右手で自身の額に触れ、深く息を吐き出した。


「不意打ちとは卑怯だな」

 ルクシオンとラスの間にイースが立つ。自信満々に胸を張り、前を向く鎧姿の彼女の右手には剣が握られていた。

「失敗です。まさか、あの銃弾を切断できる騎士が近くにいたなんて、想定外でした」


「コイツ、まさか仲間を殺そうとしてたのか?」

 ジフリンスが怖い顔でラスの顔を睨みつける。そんな獣人の少年の前で、ラスは微笑んだ。

「はい。それがルスお姉様の命令ですから。裏切られる前に仲間を切り捨てておかないと、困りますからね」

「絶対に許せない!」と怒るジフリンスが自身の鎧の腰に付けられた鞘に右手を伸ばす。

 それを見たイースは、左手を斜め下に伸ばした。


「待て、ジフリンス。ルクシオンを連れて逃げろ」

 指示を出したイースが右手だけで柄を握り、体を前方に飛ばす。

 素早く足を動かした騎士は、一歩も動こうとしないヘルメス族の少年に向けて、剣を振り下ろした。

 だが、ラスの体には傷が刻まれず、切り裂かれた空気が虚空に消えていく。


「逃がしません」

 自信で満ち溢れた顔のラスが、遠ざかっていくルクシオンの後姿に視線を向ける。

 その直後、ルクシオンの前方で黒い円が浮かび上がった。

 そこから真っ黒な騎士の影が飛び出し、右手に持っていた剣を振り下ろす。

「はっ」と声を漏らしたジフリンスは、咄嗟に剣を抜き、放たれた剣技を自身の剣で払った。


「良かったですね。ルクシオン。優秀な騎士に守ってもらえて。でも、これは避けられないでしょう?」

 笑顔になったヘルメス族の少年が、左手の薬指を立て、素早く魔法陣を記した。

 そして、指先に浮かぶ魔法陣が暗闇に飲み込まれていく。その一方で、イースは再びラスに斬りかかった。 

 だが、その斬撃は何度放ってもラスには届かない。


「……これが異能力?」

 驚くイースの前で、ラスが頬を緩める。

「正解です。さて、そろそろ裏切者を始末しましょうか?」

 すると、イースの真下に黒い円が浮かび上がり、黒い鎧姿の影が飛び出した。

 イースと同じ剣を握る影は、剣を上下左右に動かし、剣術を放っていく。

 それに対し、イースは瞳を閉じ、振り下ろされた剣を自身の剣で弾いた。


「自分と同じ剣術くらい、瞳を閉じていても裁けるよ。もちろん……」

 息を吐き出したイースが、瞳を閉じたままで剣先を天に向け、右腕を後ろに回した。

 イースの背後から飛び出し、剣を振り下ろそうとしている影が切断される。


「気配がない影も斬れるとは、侮れない騎士です。しかし、忘れないでいただきたい。僕の目的はあなたを倒すことではありません」


「ぐわぁ」という女の叫び声が響いた瞬間、警戒するジフリンスの隣で、大柄な女の体が地面へ叩きつけられた。女の右足の太ももから、白く細い煙が昇り、ジフリンスは目を大きく見開いた。


「ルクシオン!」とジフリンスが名を呼んでも、彼女は大きな体を小刻みに震わせるだけで、立ち上がることもできない。


「あと一発で任務完了ですね♪」

 笑顔になったラスが右腕を斜め上に伸ばす。右手に持っていた水色の短銃を月明りに照らしたラスの顔をイースは睨みつけた。

「卑怯者。そんなに裏切者を始末したかったら、私を倒してからにしなさい!」

「僕の体を斬ることもできないクセに生意気です」


 イースの眼前に剣を振るう黒い影が飛び込んできた。トラ耳を生やす獣人の女騎士が、慣れた手つきで相手の剣を受け止めようとする。だが、相手の剣に強いチカラが加わり、イースの体が後ろに飛ばされた。

 それを近くで見ていたラスは、頬を緩めて、自身が立つ石畳に銃口を向け、水の球を撃ち込む。


 その直後、イースは背中に強い衝撃を受けた。鎧を身に着けているにも関わらず、その衝撃は全身に響く。

 やがて、周囲が白い煙に包まれ、イースの姿は見えなくなった。

 

「さて、これで邪魔者はいなくなりました。それにしても、バカな女騎士でしたね。いくつもの罪を犯してきた彼女の処刑を見過ごしていたら、こんなことにはならなかったのに……」


「許さない。イース騎士団長をバカにするなんて、絶対に許せない! 仲間を殺そうとするクソ野郎!」

 目の前にいるヘルメス族の少年を睨みつけたジフリンスが鞘から剣を抜き、駆け出す。


「そこまでして悪党を守りたいなんて、理解に苦しみます……ね」

 獣人の騎士など眼中にないラスは顔を前に向けた。その視線の先にある白い煙の中で、いくつもの雷が走る。


「雷鳴涼風」


 煙の中で唱えたイースが剣を左右に振い、体を物凄い速さで前へ飛ばす。

 一瞬でラスの眼前に迫ったイースの両足と剣は、緑色の雷を纏っている。


「くっ」と声を漏らすラスは、イースの前から姿を消した。それでもイースは焦ることなく、左方から半円を描くように斬撃を飛ばす。

 空中で電気が弾けた後で、騎士団長は石畳を強く蹴り上げ、十メートル上空まで飛び上がった。


「はぁ」と顔を上へ向けたラスが、石畳の上に向け水の銃弾を放った後で、その場に座り込む。

 イースの真下へ向けて飛ばされた斬撃は虚空に消えていく。

 間もなくしてラスの周囲を覆うように展開された円から電気を纏う斬撃が飛ばされた。

 それを待っていたかのように、イースは上空で雷を纏う剣を上下左右に振るいながら、飛び降りる。


 黒い円から放出された斬撃は、一振りで消滅した。

 獣人の騎士が着地するのと同じころ、ラスの右腕に雷の細い帯が届き、白いローブの袖が焦げた。さらに、右腕も痺れていく。

 そして、再び一瞬のうちに体を前方に飛ばしたイースは、振り上げた剣を斜め下に向けて振り下ろした。


 石畳の上へ座るラス・グースの白いローブが衝撃で破れ、刺客の体に強烈な電流が走る。 

 立ち上がることができなくなったラスに向けて駆け寄ったジフリンスが、剣をラスに振り下ろす。だが、その攻撃はラスの体に当たらない。


「はぁ。そう簡単に斬られるわけには……いきません。この一発でルクシオンを仕留めてみせます」


「諦めろ。今のお前にルクシオンは撃てない」


 イースがラスを見下ろす。その間にジフリンスは横たわるルクシオンの前に立った。それを見たラスは頬を緩める。


「射線を切られて直接は狙えませんが、これで逆転です」

 そのまま右手で持った短銃を前方に向け、引き金を引く。

 それと同時に、何もない空間から横たわる標的の心臓を狙い、水の弾を撃ち込んだ。だが、そこには、ルクシオンの姿はなく、水の銃弾は石畳の上にのめり込んでいく。


「そんなはずが……」

 珍しく狼狽えたラスが周囲を見渡しながら、ジフリンスの元へ駆け出す。


「残念だったな。空間転移術式を使って逃げたらしい。まあ、あの怪我だと一歩も動けないだろうがな。とにかく、最初から心臓を狙わなかったお前の負けだ。クソ野郎!」


 頬を緩めたジフリンスがラスと対峙し、腕を組む。


 そんな彼の右隣に、イースも並び首を捻った。


「どうする? まだやるかい?」

 それに対して、ラスは首を左右に振った。

「いいえ、無益な殺生はしません。ルクシオンは必ず僕が……」

 そう告げたラス・グースは獣人の騎士たちの前から姿を消した。

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