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第108話 遭いたい

「ごめんなさい。こうすることしかできなくて……」


 色鮮やかな秘密の花園の中で、ミラ・ステファーニアはアソッド・パルキルスの前で両手を合わせた。


「どうしてですか? 外してください!」

 アソッドが右足首に付けられた黒い足枷に視線を向ける。地中から伸びたい鉄の鎖と繋がった足枷は、彼女の動きを制限していく。


「もちろん、私を助けるために使ったチカラを、使わせないためです。あの子が元の姿を取り戻したら、この花園は壊れてしまう。そうなったら、新種の薬草も失われて、みんなが困ります。そうなるくらいなら、私は共存共栄を選びます。あの口ぶりなら、そういうこともできるということですよね?」

 ミラがチラリと近くにいるメルに視線を向けた。すると、メルは首を縦に動かす。


「くふふん。簡単なことだよ。ミラ・ステファーニア。キミが犠牲になればいい。キミが命を懸けて、あの人面樹にチカラを与えれば、一か月くらい暴走が止まるよ。その間に、チェイニー・パルキルスが人面樹との共存方法を見つければいい。さぁ、どうする? このまま何もしなければ、誰かが死に、原因究明のために動き出した錬金術師たちによって、ここが滅ぼされる。まっ、そうなったら、チェイニー・パルキルスも罪に問われるかもね。ここに危険な人面樹が生息していることを知っていながら、見て見ぬふりをしてきたから」


 メルと顔を合わせたミラは体を小刻みに震わせた。

 目と目が遭った瞬間、彼女の心は暗闇の中に落ちていく。

 次第に虚ろになっていき、心に漆黒の鎖が纏わりついた。

 それからすぐに、メルはミラの耳元で囁く。


「破壊から生まれるのは絶望だけ。分かってるよね? あの新種の薬草がなくなったら、みんなが悲しむんだよ。この秘密の花園が消滅して喜ぶ人間なんて、一人もいない。ああ、怖くないよ。あのチェイニー・パルキルスなら、一か月以内にあの人面樹と共存する方法を見つけ出してくれるから、生贄は無駄にならない」


「……はい、そうですね」と感情を押し殺し、淡々とミラが答える。


「くふふん。やっぱり、人間って強欲だね。チェイニー・パルキルスは毎日、ここに通って、あの人面樹を眺めていたんだよ。どこで手に入れたか知らないけど、幻術を解除する効果のあるネックレスを付けて。何度も見てきたら、どんなに危険なのか分かるはずなのに、チェイニー・パルキルスは何もしなかった。みんなの安全よりも新種の薬草を選んじゃったんだ。本当に悪い人間だよ。チェイニー・パルキルス」


 不気味に笑うメルの隣にいるミラに視線を向けたアソッドはゾッとした。

 一瞬の間にミラの体を黒い霧が包み込んでいく。





 ミラ・ステファーニアは目を大きく見開き、周囲を見渡した。

 目の前に広がるのは、緑豊かな大地の上に続く一本道。

 懐かしいその道の先の先で、茶髪を短く切ったミラと同じ身長の少女が佇んでいる。

 そんな彼女の姿を認識したミラは、懐かしい気持ちを抱えたまま、彼女の元へ駆け寄った。


「ルクシオン!」と親友の名を呼びながら、何度も歩いてきた道を走る。

 そうして、親友の前に姿を現すと、ルクシオンは死んだ魚の目のような冷たい視線をミラに向ける。


「あなた、誰?」

 そんな言葉を聞いた、ミラの顔が青ざめていく。

「……誰って、私はミラ・ステファーニア」

「あなたがミラなわけないでしょ? だって……」

 ルクシオンが首を傾げながら、視線を右に向ける。そこには、もう一人のミラ・ステファーニアがいた。

 ミラ・ステファーニアとしての身分を奪い、ルクシオンの親友を演じ続けるその少女は、一瞬、目の前に現れたミラの前で笑みを浮かべる。


 ルクシオンは、目の前に現れたミラに背を向け、その場から去っていく。

 そんな後ろ姿に向け、ミラは右手を前に伸ばした。


「待って。違うの。その人はミラ・ステファーニアじゃない。信じてよ!」


 叫び声はルクシオンに届かない。


 その直後、ミラ・ステファーニアは、辺り一帯を暗闇が包み込む空間に一人取り残された。

 不安に思うミラの頭に、メルの声が響く。 



「くふふん。これが現実だよ。全てを受け入れて、楽になろうよ」

「……はい、そうですね」と感情を押し殺し、淡々と答えようとしたミラはハッとした。

 いつの間にか、周囲を包みこんでいた暗闇が白い光に包まれ、消えていき、どこかから「ミラさん……」とアソッドの声が聞こえてくる。






「大丈夫。チェイニーさんに会ったら、伝えてください。ミラ・ステファーニアは遠い国に旅だったって……」

 その身を侵食していく黒い霧の隙間から、ミラが暗い瞳で微笑む。


「さっきから黙って聞いてたら、分かったわ。ミラちゃん。あなた、バカね!」

 無言と貫いていたアルカナ・クレナーがミラの声を遮り、叫ぶ。

 アソッドの右隣にいたアルカナは、すぐに一歩を踏み出し、ミラの元へ歩み寄った。

「根底から間違えてるわ。あなたを失ったら、チェイニー・パルキルスは絶対に悲しむ。恩人の名誉を守るために、命を懸けるなんて、バカのやることよ!」

「そうです。誰かが犠牲になるなんて、間違っています! 誰かが犠牲にならないと、新種の薬草が採取できなくなるんだったら、そんなのいらない」


「でも、これしか方法はないんです。チェイニーさんの絶望した顔なんて、私は見たくない。だから、私は……」

「ミラちゃん。ウソが下手ね。ホントは会いたい人がいっぱいいるんでしょ? その人たちに会うことなく最期を迎えるなんて、ホントにそれでいいの?」


「わっ、私だって、遭いたい。でも、私は遭えない。あの人に全てを奪われた私のことを信じてくれる人なんて、誰もいなかった。どんなに私の名前がミラ・ステファーニアだって訴えても、誰も信じてくれなかった。だから、遭えないよ。遭ってしまったら、私の心が傷ついてしまうから。ルクシオンは私のことをニセモノ扱いする。そんなの、耐えられるわけないじゃない!」


 声を荒げ叫ぶミラの前でアソッドは優しく微笑んだ。


「ミラさんの気持ちなら、よく分かります。さっきも言いましたが、私も全てを奪われた経験があるんです。記憶や思い出、帰るべき場所まで奪われ、残されたのはアソッド・パルキルスという自分の名前とテルアカだけ。家族や友達、故郷に住んでいる人々の記憶から私に関する記憶が消されたと聞いた時は、ショックを受けました。それでも、私は遭いたいんです。チェイニーさんは、私のことを娘だと信じてくれないかもしれない。それでも、私は遭いたいんです。ミラさんは遭いたくないんですか?」


「それは……」とミラが言葉を詰まらせる。彼女の死を選ぶ心が揺らいでいく。


 遭いたい。そんな想いが蘇り、家族や親友の顔が頭に浮かび上がる。


 まるで、鏡でも見ているかのように、アソッド・パルキルスの姿が自分と重なるような錯覚に陥ったミラは首を左右に動かした。


「私は、ルクシオンに遭いたいです」


 強い決意の声をミラが口にした瞬間、身を包みこむ黒い霧が晴れていく。それと同時に、ミラの瞳に正気が宿った。

 その直後、アソッドの足を拘束していた足枷の鎖が砕け散った。

 一瞬の内に周囲の花びらが風に舞いあげられ、その中心で瞳を赤くして、黒い鎧に身を包むヘルメス族の超貧乳少女が背中の鞘に剣を納める。




「リオ……さん?」と突然現れたヘルメス族の少女を前にして、アソッドが目を、丸くする。その声を聴き、スシンフリは首を横に振った。

「スシンフリだ」

「あなたがここで出会った……」

「その話は今度にした方が良さそうだ」とスシンフリに声を遮られたアソッドがハッとする。

 前方に植物の姿に変えられたアビゲイル・パルキルスを視認したアソッドは瞳を輝かせながら、右手を前に伸ばす。


「はい。アビゲイル。今度こそ!」

 その手が植物と一体化させたアビゲイルの顔に触れた瞬間、緑色の肌が健康そうな肌色へと変わっていく。

 真っ白な目は茶色い光彩を取り戻し、緑色の髪が黒く染まる。


「アビゲイル。待ってって。あと少しだから」

 優しく呼びかけるアソッドの声を聴き、アビゲイルは優しく微笑んだ。


「……良かった」と彼女が口を動かした瞬間、アビゲイルの体が白い光に包まれていく。


 一瞬の内に、彼女の体は花園の中へと落ちていく。その一瞬を狙い、アルカナは、白い布を飛ばし、倒れていく体に包ませた。

 花々の間で漏れた虫の息が、散った花びらを揺らす。それを見たアソッドとミラはホッとしたような表情を見せた。


 そんな中で、スシンフリは、ジッとメルの顔を見つめ、首を傾げた。


「メル。お前か? アソッドとの思い出の地を汚したのは? 返答次第では、剣を抜く」

 その少女の声を耳にしたメルはクスっと笑った。

「くふふん。スシンフリ。それをやったのは、ルルちゃんだよ。メルはここを幻術で元通りにしただけ」

「アイツか」とスシンフリが呟くと、メルは両手を空に向けて伸ばす。


「ああ、残念。メルの新しい人形を増やしたかったのに、失敗しちゃったよ。まっ、いっか。流石に、五大錬金術師相手に戦うほど、暇じゃないから、このことをルスちゃんに報告して、帰って寝る!」

 

 そう告げたメル・フィガーロは、アルカナたちの前から一瞬で姿を消した。







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