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第106話 新緑の狩人

 木々の間を三人の女たちが歩いていく。地図を広げ先導するのは、黒い後ろ髪を三つ編みに結った小柄な少女。その後ろを黒いショートボブヘアの少女と蝶の羽を背中から生やした短髪の若い女が続いた。


「ミラちゃん。まだ歩くの?」

 ミラの背後でアルカナが尋ねると、ミラはその場に立ち止まり、体を半回転させた。

「ここからだと、あと三分ほど歩けば辿り着けると思います」

「ふーん。そうなんだ……」と返すアルカナの隣で、アソッドはジッとミラの顔を見つめる。

「ミラさん。歩きながらでいいので、教えていただけませんか? あなたとチェイニーさんの関係を」

「ああ、そんなことに興味があるの?」と問いかけながら、ミラは地面の上にある緑の落ち葉を踏み、足を動かす。


「はい。チェイニーさんがミラさんの恩人という話を聞いた時から気になっていました」

 正直な答えを伝えたアソッドもミラと歩幅を合わせ、歩き出す。

「チェイニーさんは、すごくいい人なんですよ。あの人は私を絶望から救い出してくれたんです。それだけではなくて、帰るべき場所も失った私に居場所を作ってくれました。チェイニーさんに救われて、感謝している人は、たくさんいると思うんです。それはあなたも同じなんでしょう?」

 首を傾げたミラがアソッドに視線を合わせる。それに対して、アソッドは首を縦に動かした。

 当然の反応を目にしたミラが右手の拳を握り締めながら、言葉を続ける。


「あんな優しい人が、ムクトラッシュのみんなを苦しめるようなことをするはずがないんです。誰かがチェイニーさんに濡れ衣を着せたに違いありません!」

「無実を信じているみたいね。ああ、目指すべき座標が分かってるんなら、リオに飛ばしてもらった方が良かったわ。アタシの仲間なら、そう頼むだろうし……」

「そっ、それはダメ!」とミラが声を荒げる。両目を大きく見開き、体を小刻みに震わせるミラと対面したアルカナは、すぐに両手を合わせた。


「ふーん。その反応、やっぱり。あっ、ごめんね。イジワルして。ちょっとあなたのことが気になったから。でも、これでハッキリしたわ。ミラちゃん。あなたは心理的外傷を負ってるみたいね。肩を触られるところを目にしたら、心の傷が痛みだし、取り乱してしまう。あんまり他人の過去に土足で上がり込むのもどうかと思うけど、ほっとけなくなるの。アタシで良かったら、相談に乗るよ」


「そうです。私もいろいろなものを失いました。だから、私もミラさんの気持ちが分かるかもしれません」

 アルカナの声に続けたアソッドが優しく微笑み、ミラの前に右手を差し出す。

 その背後に恰幅の良い女性、チェイニーの姿を見たミラは思わず目を擦った。

 目の前で手を差し伸べてくれる同い年くらいの少女とかつて自分を絶望の淵から救い出してくれた女性の姿が重なって見えてくる。

 妙な気分になったミラは目をパチクリとさせた。



 それから、少し歩くと、前方に大木が見えてきて、ミラは地図と見比べながら、指差した。

「あっ、あそこみたいですね」

「ふーん。そうなんだ」と返したアルカナが目的地を目指し、一歩を踏み出した。

 その後ろ姿をミラとアソッドが追いかける。


 広がるのは、緑豊かな木々が生い茂る森の中。茶色い地面は細い緑の草が覆っている。そんな場所に足を踏み入れたアルカナは周囲を見渡し、嫌な予感を胸に抱えた。

 その間に前方に見えた大木を目にしたアソッドが歩みを進める。


「ふーん。ここなんだ。アソッドがスシンフリを助けたのは」

 背後から聞こえてきたアルカナの声に、アソッドは頷く。

「はい。やっぱり、ここは本人と来たかった……えっ」

 不意に見た大木の根元を瞳に映したアソッドは目を丸くした。


 そんな彼女の反応を気にしたアルカナとミラは首を傾げながら、アソッドの元に歩み寄る。

「どうしたの?」と尋ねてくるアルカナ・クレナーに対し、アソッドは大木の根元の前で腰を落とし、何かを拾い上げた。

 なぜか落ちている黒と白のシマシマ模様の服を着ている囚人の人形を優しく握り、ジッと眺めたアソッドは、「やっぱり」と声を漏らす。

「その人形がどうかしたの?」と疑問に思うアルカナがアソッドが握っている人形を覗き込む。

「この人形、メルさんのモノと似ています。でも、なんで、こんなところにメルさんの人形が……」

「ちょっと、誰よ? メルさんって……ハッ」

 問い詰めたアルカナが目を見開く。背後から殺気を感じ取ったアルカナは咄嗟に右手の人差し指を立て、素早く魔法陣を記した。

 そうして指先に浮かぶ風の円を背後に飛ばしながら、体を半回転させる。


 視線の先に見えたのは、直径三センチほどの太さの緑の触手。

 その先端を飛ばされた風の円が切り裂き、黄緑のネバネバとした液体が草が生い茂る地面の上に落ちていく。


「ムクトラッシュで見たのと同じだわ」と呟くアルカナの背後でアソッドが目を見開き、大声で叫ぶ。

「アルカナさん。後ろ!」

 そんな叫び声を耳にしたアルカナが背後を振り返る。だが、それよりも早く、地中から伸びた二本の触手はアルカナの左右の太ももに噛みこうとする。

 だが、背後から迫る魔の手は、見えない何かで弾かれてしまう。


「危なっ」と驚き、口元を両手で覆ったアルカナは周囲が周囲を見渡す。

 その瞬間、アルカナ・クレナーの顔は青ざめていった。

 いつの間にか、周囲を囲むように多くの緑の触手が伸び、くねくねと動いている。

 それと同時に、先程切断したはずの触手の先端も一瞬の内に再生していった。

 見えている範囲で二十本あるそれらを目にしたアソッドとミラはゾっとして、鳥肌を立てた。


 その直後、ミラは目を大きく見開き、その身を震わせた。突然押し寄せてくる痛みに不審に思い、視線を真下に向けると、地中から伸びた触手に太ももが噛みつかれていることに気が付く。

 やがて、肌から脂汗が吹き出し、ミラの両膝が地面に着いた。

 今まで体験したことがないような高熱に襲われた少女のチカラが抜けていく。

 倒れそうになる体を両腕で支えた少女の唇から荒い呼吸が漏れる。


「はぁ。はぁ。はぁ」

「ミラさん。大丈夫ですか?」と驚くアソッドが彼女の元へ駆け寄り、汗で張り付いた彼女の前髪に手を置く。その瞬間、高熱を感じ取ったアソッドは思わず手を引っ込めた。

 苦しそうに身を捩る少女からアソッドに視線を向けたアルカナが腕を組む。


「ふーん。なるほどね。やっぱり、あの触手に噛まれると、チカラが奪われちゃうんだ。アソッド」

「分かっています。ミラさんのことは私に任せてください!」と真っすぐな答えをアルカナに聞かせ、アソッド・パルキルスは瞳を青く輝かせた。


 癒神の手で全てを癒す。

 目の前で苦しむ少女の背中に右手を置いた瞬間、ミラの体は白い光に包まれていく。

 噴き出す汗は止まり、高熱と全身の痛みも治っていく。

 やがて、苦痛に歪む顔も穏やかになり、ミラは胸を押さえながら、体を起こした。


「はぁ。はぁ。はぁ。もう大丈夫です。ところで、アソッドさん。何を……」

「説明は後です。アルカナさん」と近くにいる五大錬金術師に呼びかけると、アルカナは唸り声を出した。


「うーん。これからどうしようか? 見ての通り、退路は断たれ、逃げ場を作ろうとしても、あの触手はすぐに再生するから、それも難しそう。こうなったら、アタシたちで駆除するしかないみたい。その前に……」

 悩みながら結論を導き出したアルカナが背後に見えた大木に向け、右手の人差し指を立てた。それから、一瞬で魔法陣を記し、風を飛ばした。だが、太い大木の幹に斜めの切り傷は刻まれない。


「アルカナさん。何を?」

 意図が分からず困惑するアソッドが首を傾げる。その右隣でミラも首を捻った。

「ここに来た時から違和感があったの。この景色は幻覚じゃないかって」



「くふふん。正解だよ。でも、本当の問題はここから……」

 どこかから少女の声が聞こえ、アソッドが抱えていた人形を白い煙が包み込んでいく。やがて、アソッドの手から抜け出した人形が宙に浮かび、両耳を尖らせたヘルメス族の少女の姿が形作られた。

 眠たそうな目をした黒髪短髪のヘルメス族少女は、欠伸をしながら、草の上に着地して、アルカナに向けた。

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