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それは絶対的能力の代償~再構成~  作者: 山本正純
第二章 天使の塔
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第10話 狩人の追跡

 翌日の早朝、湖の畔で目を覚ましたノワールは、湖の中に映し出された自分の顔を覗き込んだ。寝ても覚めても孤独なサーベルキメラになってしまった現実は変わらず、人間だった男は深く息を吐き出す。


 丁度その時、湖の周囲に生える木々の葉が小さく揺れ出した。それと同時に鋭い殺気がサーベルキメラの体に刺さり、彼は思わず歯を食いしばった。


 それから、すぐに湖の畔にノワールにとって見覚えのない黒いローブを着た男たちが顔を出す。


 武者震いしている男たちは、ゆっくりとノワールの元へ歩み寄ってくる。


 その内の一人の小太りの男は、右隣を歩く長身の男の顔に視線を向けた。




「こいつがサーベルキメラか? ブライアン兄さん。初めて見たけど、大丈夫か?」


「ハント。問題ない。狩りの始まりだ!」




「こいつら……」とノワールは目の前に現れた狩人を睨み付けた。


 黒いローブを着た二人組の男達から発せられている殺気は、危険な外来種に向けられている。この男達は、危険な存在である自分を駆逐するために現れたことは、明白であるとノワールは察した。




 そんな中で、彼は思考を巡らせる。




 ノワールがEMETHシステムで手に入れた能力は、戦闘向きの物ではない。それ以外は通常のサーベルキメラと同じスペック。




 彼らが何回サーベルキメラを狩ってきたのか? 




 もしも、目の前にいる狩人が、百発百中で確実に獲物を殺せるほどの実力者だとしたら……




 自身が絶体絶命の状況に陥っていることを知ったノワールの背筋が凍り付く。




 そして、ブライアンと名乗る男が赤色の槌を振り下ろそうとする動きを瞳で捉えたノワールは黒い羽を羽ばたかせた。四足歩行の体が宙に浮き、まるで天を駆けるかのように狩人たちから距離を取る。




 そんな姿を見上げていたハントは、唇を噛んだ。




「クソッ。逃げやがった。ブライアン兄さん。アイツ、思ったより速いぜ!」


 その右隣で召喚した弓を空に向け、矢を放とうとするブライアンは首を左右に振った。


「そうだな。たった五秒で二百メートル先まで飛びやがった。この距離だと矢が届かない。ハント。あの害獣はどっちへ向かっているんだ?」


 この場所での狩りを諦めたブライアンが首を傾げると、ハントは前方を指差す。


「村がある方だ。あの害獣。人間を喰うつもりかもしれん」


「分かった。村で狩ろう」





 全速力で村に向かい天を駆けるサーベルキメラの脳裏に、銀髪の少女の姿が浮かび上がった。





 その少女は、昨日見事な錬金術でノワールを圧倒した。


 


 その少女は、昨夜ノワールの正体を暴いた。


 


 その少女は、ノワールの事情を知っている。


 


 その少女なら、ノワールを助けることができる。




 その少女に助けを求めなければ、ノワールは殺される。


 


 婚約者であるアニー・ダウに真実を打ち明けなければ、後悔する。


 


 信念が焦るノワールを駆り立てた。





「ビッグニュースだ。昨日、クエスト受付センターに村の森に住み着いたサーベルキメラ討伐クエストを依頼したら、すぐに炎天兄弟っていうギルドが村にやってきて、あの外来種を駆除するって連絡が来た! これでみんな安心だろう」


 丸い木の机を囲み、恩人たちと共に朝食を口にしていた娘に、父親が嬉しそうに話しかけた。


 その娘、アニーの右隣の席に座っていた銀髪の幼女は、コーヒーカップを持ち上げて、ジッと村長の嬉しそうな顔を見つめる。


 丁度その時、幼女の頭に男の声が響いた。




『助けてくれ。狩人に追われている。今村役場に向かっているところだ』




 自分にのみ伝えられた助けの声を聞き、アルケミナは微かに頷き、隣に座るクルスに耳打ちした。


「クルス。サーベルキメラを助けに行く」


 藪から棒な発言にクルスは途惑う。しかしアルケミナはクルスの反応を気にせず、アニーの自宅から飛び出した。


 クルスは仕方なく、アルケミナの後を追う。


木製の柱を組み合わせて造られた村役場の前に、一匹のサーベルキメラが現れた。


 まるでゴーストタウンのように誰もいない周囲をノワールが見渡すと、つむじ風が吹き、全身の毛並みが軽く揺れ始めた。


 それからしばらく経つと、ノワールの瞳が昨日出会った二人の女を捉える。


 その一方の銀髪の幼女は、躊躇うことなく、危険な外来種になった男の元へ歩み寄った。




「先に来ているとは思わなかった」


『生まれつき逃げ足だけは早かったからな』


 ノワールが笑うと、アルケミナはキメラの前で首を傾げる。


「ところで、狩人というのは?」


『二人組で黒いローブを着た男達だった。ブライアンとハントって名乗っていて、ブライアンってヤツは弓で、俺を狙っていた』




「その二人組なら炎天兄弟だと思う。村長がクエスト受付センターを経由して依頼ししたって言ってたから間違いない」


『どうやら村長は本気で俺を殺すつもりらしいな』


 二人の会話を聞いていたクルスは状況を理解できず、困惑の表情を浮かべた。


「先生。そのサーベルキメラは何者なんですか? いつの間に仲良くなったんですか?」


「説明は後」


 アルケミナが無表情で人差し指を立てると、二人の前に息切れを起こし獲物に近づく狩人が現れた。




「ブライアン兄さん。ここって依頼人のトーマス村長がいるところだ」


「よかったじゃないか。ここでこいつを狩れば、すぐに依頼人への報告ができる」


 ブライアンが白い歯を見せ、にやりと笑うと、アルケミナはサーベルキメラとハンターたちの間に入った。




「お嬢ちゃん。そこをどけ!」


「イヤ」


「邪魔をするな!」


 サーベルキメラを守るように立っている幼い少女に対してハントは怒鳴る。だが、それに対してブライアンは、弟を宥めるように両手を広げた。


「ハント。気にするな。ただの子供じゃないか? こっちは村長に依頼された仕事をすればいい。わがままな悪い子にはお仕置きをしないといけないだろう。仕事の邪魔をするやつは殺せ」


「分かった」


 ハントは冷酷な目付きで目の前にいる銀髪の幼女を睨みつけると、赤色の槌を取り出し、地面に叩いた。




 東西南北に記されたのは、三角形を横棒で二分割した印。


 魔法陣の中心には蒸留を意味する乙女座の記号。


 ハントが使った魔獣臭印の槌により、甘栗のような匂いが白い煙と共に漂い始める。


 その間にサーベルキメラは黒い翼を羽ばたかせた。


 その羽ばたきで白い煙を吹き飛ばされていく様を見ていたハントが頬を緩める。


「ブライアン兄さん。後は任せた。こっちは邪魔をした悪い子にお仕置きする」




 ブライアンが相棒と目を合わせた後で、空を飛び逃げていくサーベルキメラを追う。


 駆け出すハンターの後姿を見ていたアルケミナは予想外な言葉を口にする。


「あの匂いはサーベルキメラの嗅覚では気が付かない奴。どんなに相手が速くても匂いを追跡すれば、追い詰めることができる。狩りをするには最高の錬金術だけど、つまらない。ブライアンとかいう男も錬金術師だろうけど、才能がない」


 その幼い少女の言葉にハントは腹を立てた。


「餓鬼に言われたくない!」


「ただの餓鬼じゃなかったとしたら?」


 アルケミナが無表情でハントと視線を合わせた。その挑発とも取れる言動を聞かされた彼は燃焼円動の槌を取り出す。その紅蓮色の槌で地面を叩く。




 東西南北に三角形の記号が記された簡易的な物で、魔法陣の中央には牡羊座の記号。


 その魔法陣が、アルケミナの立っている地面まで移動し、幼い少女の回りを炎が包み込んだ。


 だが、その炎は一瞬で消える。炎が消えた瞬間、ハントの目に少女が水色の槌を握っているのが見えた。少女の真下に地面には、数十センチの水溜まりができている。




「バカな。一瞬で錬金術を使うなんてありえない。一秒以下のスピードだ!」


「言ったよね。ただの餓鬼じゃないって」


 その少女の声が聞こえた瞬間、ハントの視界が真っ暗になった。幼女が一瞬で炎を消すという神業を見せられた。目の前の幼女が使ったのは、鎮火蒸留の槌。一般教養で習うもののため、ハントにも見覚えがあった。


 あれを一瞬で使う強者を前にして、狩人は一歩も動くことができず、ただ茫然と空を見上げていた。




 一方でアルケミナはハントのことを気にも留めず、クルスの顔を見上げる。


「クルス。あのサーベルキメラを追って。独特の匂いが付着しているから、すぐに見つかるはず」


「はい」

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