第91話 幼馴染が厄介すぎる
「改めて、花市杜代言う。これからよろしゅうおたのもうします」
「ボクは國零昂だ。お嬢の付き人として一緒にこの学校へやって来たけど、ちゃんと同年代だよ」
「「「「「よろしくお願いします」」」」」
恭しく頭を下げる花市と昂に対し、光輝達は全員して釣られたように頭を下げていく。傍から見れば異様な光景だなコレ。
花市は頭を上げるや否や軽く手を合わせるとニコニコした様子で光輝に近づいていくとそっと手を差し出した。
「幼馴染がお世話になったようで、これからもよろしゅうやっとぉくれやす」
「何様のつもりだよ」
「まぁまぁ」
思わずツッコんでしまった俺に昂が優しくなだめてくれる。
うん、やっぱりコイツ優しいな! いい奴は男だけかよ。
にしても、随分と堂々と動けるようになったもんだな。
昔はもう見るだけで充分みたいな感じだったのに。
花市の差し出された手を光輝は「そんなことないよ」と言いながら疑うことなく握り返していく。
深い意味のない単なる握手――――と思いきや、声をかけてきた昂的には違う風に見えてるようで。
「お嬢様はああ見えてかなり頑張っているんだよ? ほら、耳の部分」
「あ、赤いわ」
「あれ、今自分がどのくらいなら大丈夫か試してるんだよ」
なるほど、どうやら「握手」という行為自体が花市にとっての度胸試しみたいなものだったわけか。
それから握手を終えると花市はそのまま手を後ろに組んでいく。
その後ろ手では何やらもぞもぞと指をせわしくなく動かしていた。
角度的には光輝達にはバレてないが、丁度中間部分から静観してるこっちとしてはモロバレなんだよな。ま、なんとなく理由はわかるけど。
「あいつ、実は何も変わってないんじゃね?」
「大きく見ればまだ変化はないね。相変わらず幼馴染のがっくんには強気で行けるのに、惚れている相手にはとことんヘタレだから」
光輝と他愛もない会話をしている花市に視線を預けながら、傍らの昂の話をしていく。
どうやら光輝の四人目のヒロイン様の様子はどっかのヘタレギャルに似ているようで。
ま、そんなことは小学校の頃から知ってるわけで、俺としては都合がいい展開にはなっている。
だがしかし、この女がただで転ばないことを俺は知っている。
特に俺をイジるということに関しては。
「そうや、実は気になることあって――――」
そう言いながら花市は光輝の後ろで見守っている女子達に近づいていく。
その目はまるで値踏みでもしているかのように。
「そう、違う、そう、そう、違う......ふ~ん、一体どないな魔法を使うたのやら」
花市は指をさしながら順に、姫島、結弦、生野、雪、乾さんと見て何やら言っていく。
その「そう」と呼ばれたメンバーに妙なグループ性が現れてしまっているせいで俺は思わず目をそらしたくなる。
その後に俺を見る花市は「なーるほど」と言いながら何かがわかったように頷いていく。
その顔がそれは実に「楽しいこと見つけた」みたいな顔で腹が立つ。
しかし、これ以上事態をややこしくして語るに落ちるような発言はしてはならない。ここはグッと堪えて我慢だ。
とはいえ、それすらも花市の思惑通りだと思わざるを得ない。
そんなことを予見させるような行動を花市は颯爽としてみせた。
「皆はん、皆はんは恋をしてますのん?」
「「「「「!!!」」」」」
その言葉に女子達全員は目を見開いていく。
それは花市の突然の話題でもあり、女子達が恋をしているからでもあるだろう。
僅かに冷や汗を感じる。妙な嫌な予感と言うべきか。
コイツが考えることは大抵俺が困ってしまうようなもので、そんな俺を笑ってみるのが大好物な奴なのだ。
確かに、ラブコメにおいて攻撃的なヒロインの登場で場を荒らしていくというものがる。
しかし、それは純然たる主人公への愛に対しての然るべき当然の成り行きであるが、コイツの場合はあくまで作為的に場を乱していくのだ。
――――加えて、自分にとって都合の良いように。
「うちはこの学校へ来たのは『恋』をするためでもあるんどす。ほんでそらこの場でしか実現しえあらへん」
その瞬間、隣の昂は告げた。
「お嬢様はただ一つ変わったことがある。それは前に出る覚悟を決めたこと」
その言葉を聞いた直後には花市は見事に――――宣戦布告していた。
「うちは必ず陽神光輝をものにする。それが仮に誰のものであっても」
これはよくあるラブコメのシチュエーションかもしれない。
押してダメなら押し倒せのようなヒロインが我が道を行くスタイルで他のヒロインにライバル宣言をすること。
場の状況だけで言えば完璧だ。だがしかし、俺は花市が言ったある一つの単語に体が凍り付くような感覚に襲われていた。
それを確かめるように昂へと話しかける。
「おい......花市は知ってるのか? 光輝達のこと」
「うん、当然知ってる。もっと言えば、この学校へとがっくんに知られることもなくサプライズして登場出来たのは花市の情報網によるものだからね。
というわけでもないけど、お嬢様は『好きな相手のことは何でも知りたくなって当然』みたいなことを言ってるわけで、当然のように乾さんとの偽恋人関係を知ってる」
まさかの花市家の情報力......!
これにはさすがに高校生やってる俺じゃダシ抜かれるわけだな、納得。
ということは、花市が「仮に」と言ったのはわざとだな?
そのセリフに入れたさりげない意味に気付いているのは当然全員。
そんな女子達の様子を見ながら「ほぅ」と小さく納得するとそれ以上に広がりようのないこの展開に花市は言葉を続けていく。
「所詮は学生間の恋愛。そらうちとておんなじだけど、うちは将来を見据えてまでの本気でいるつもり。
欲しいものは必ず誰かのを奪うて取る行為で、それがこの世の理」
花市は光輝に近づいていくと腕を取り、両腕でホールドしていく。
そして、その姿を見せつけるように更に告げた。
「つまり何言いたいかちゅうとすでに取られてるなら奪い、誰にも取られてへんなら早う奪わなあかん。そう思うでなぁ――――昂?」
まるで全員を挑発するように流し目で見た先に辿り着いた終点はなぜか昂であった。
それは単なる付き人に対する同意見であるかの確認のためか、はたまた昂にも関係するようなことであったから言ったわけか。
「『恋は戦争』。ええ言葉思わしまへんか? あんまりにも仲良しごっこを続けてるといつのあいさにか良うないこと起きてるかもしれへんどす」
その言葉は回しが明らかにヒロイン枠以外にも刺さるような意味合いであることは気のせいであろうか。
いや、もしコイツが俺を困らせるような性格でそのまま大きくなったとしたら、その知性はかなり狡猾なものになってるはず。
先ほどの「そう」という確認からも踏まえてコイツはもはやわかって言っていると考えた方が良い。
だが、それだとそのグループ分けの中に生野がいることがどうしても引っかかってしまうが。
ただこの瞬間に言えることは、花市の言葉は女子達に妙なスイッチを入れさせてしまったんじゃないかということだ。
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