第90話 くっ、天敵が来やがった!
突然だが、ちょっとした昔話をしよう。
俺には小学校の途中まで光輝と同じように幼馴染の存在がいた。
とはいえ、たまたま家が近所であったという話だが。
そいつはまぁ仲は悪くなかった。そして、良くもなかった。
良かったのは幼馴染と一緒にいた男子ぐらいで、幼馴染に関しては苦手意識を持っていたほどだ。
粗暴な男子がその幼馴染に手を出してみようものなら、手を出したそいつは全力で排除される。
なぜと言われれば、あいつが花市グループと呼ばれる超一流企業のご令嬢であるからだ。
そんな幼馴染は小学校の途中で本家の京都へと仕事を継ぐ準備をするためだかで引っ越したと思った、が......なんてタイミングで来やがる。
いや、ある意味好都合......そんなことはないな全然、うん。
「そういうたら、この教室に幼馴染がおるはずなんどすけど。
あ、隣におるのんは付き人の【國零 昂】どす。」
「昂です。どうぞよろしくお願いします」
教室にはモブ男女どもの歓喜の声が響き渡る。
男子は花市に、女子は美少年の昂に夢中と言ったところだ。
こんな声援の中でも光輝は身じろぎもしない。
というか、凄い他人Aみたいな反応してるけど、お前がっつりかかわるからな。
とはいえ、俺は正直苦手なあいつとはもう一生会わないと思っていたんだけどな......ここはバレないように寝たふりで顔を隠しておこう。
「あれ、どこにもいーひん。なら、秘密をバラしてもええちゅうことかいな?」
......秘密? 待て待て、秘密ってなんだ? いや、惑わされるな俺。
あいつとは小学校以来会ってないんだ。最悪、小学校での秘密をバラされても大丈夫。
「しゃあない、なら話さしてもらおうか。
うちには幼馴染がおって、その幼馴染がまぁ酷い二次元ヲタクで。
リアルに興味あらへん言うとって、その癖リアルで漫画みたいな行動しようとしてんねん」
あれ? 全然小学校の思い出と合致しないぞ? あいつは一体どのことを言おうとしてるんだ?
「ほんで主人公になるか思いきや、えらいな裏方で今も苦悩しながらせこせこと頑張ってるみたいどすけど。
どうにも相手の気持ちの変化をリアルと二次元で勘違いしてみたいで」
え、おい、待て。待ってくれ。これ全然小学校の頃の秘密と違う。
というか、これって現在進行形の――――
「今や絶賛4また――――」
「いい加減口を塞がんかい! 腹黒京女が!」
「あら、そこにおってん。隠れてへんで早う声をかけてくれたらええのに」
それ以上のことをバラされると俺の学校での評判に関わるのでここで出るしかなかった......うぅ、なかったんだ!
にしてもあんにゃろう、俺がこの教室にいると知ってさらに知らんぷりを知ってる上であんなこと言ってきやがった。あの見透かした笑い顔が腹が立つ!
「学、知り合いなの?」
「厳密に言えば、お前もだけどな。まぁ、それは後で話す」
光輝の質問に少しおざなりに返すと眉をピクピクさせながら花市へと突っかかっていく。
「随分と人をネタに面白いことを言ってくれるじゃないか?」
「おもろかった? なら良かった。まぁ、実際にはうちが思う以上におもろなってますけど」
そう言って僅かに視線を動かしていく。口元の笑みは上品に手で隠しながら。
その視線方向にいたのは姫島であった。おいおい、待て待て奴を刺激するな!
かいてた冷や汗がさらに量を増したような気がした。
姫島の奴、がっつり花市と目を合わしてる。
やめて、絶対変な誤解生まれてそうだから!
そうじゃなくても、あいつちょっとジェラシー高めなんだから!
すると、キッと姫島がこっちに視線を向けて来たので、サッと視線を花市の方へ。
うわぁ、凄い視線。これは後で絶対なんか言われるパターン。
その時、隣にいた昂が花市に対して声をかける。
「お嬢様、お戯れはここまでにしてください。それ以上はボクの親友が可哀そうです」
「“可愛そう”ちゃうくて?」
「ボクに親友が困ってて喜ぶ特殊な性癖はありませんよ。
それよりもいい加減席についた方が良いでしょう。これ以上は先生のお邪魔になります」
昂が促していくと花市も「そうやな」と頷いていつの間にか増やされていた二つの席にそれぞれ座っていく。
あぁ、昂......お前はなんて良い奴なんだ! 好き、俺が女だったら絶対惚れてる!
そして、俺も椅子に座って先生のターンが始まる。
ホームルームが終わるとその直後に花市に近寄って「ちょっと話し合おうか」というと花市は「そうやな」と言って大人しくついてきてくれた。
ご令嬢としてのしつけのたまものか、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花といった風に廊下をすれ違う見る生徒全てを振り返らせるほどの花市ロードを作り出しながら、一緒に屋上に向かうと話を切り出した。
「さて、最初に聞いておきたいことがある。俺のことはどこまで知ってる?」
「全てやで。あんたと別れた小学校から中学校、はたまたおもろいことしてる高校の今まで全て」
「だろうな。じゃなきゃ、俺が現在進行形でしてる光輝ラブコメ作戦の途中で起きたことなんて知らないだろうし」
「あら、そんなんやっとったん?」
「は?」
何言ってんだこいつ?
そんなことを思っていると昂が教えてくれた。
「がっくん。動揺のあまりにお嬢様の常套手段に引っかかってるよ」
常套手段......はっ、まさか今ので墓穴ったのか!?
「ふふっ、おもろい顔してんで。
確かに、わりかしの素性調査はしたけど、あんたがやってることは何にも知らへん。
そやさかい今、自らやってること教えてくれておおきに。
そないなおもろいことやっとったんどすなぁ」
「ぐあああああああ!」
「がっくん!?」
あまりの幼稚さに膝から崩れ落ちた。もう布団に潜って閉じこもりたい。ヤダこいつ、ほんと苦手。
見透かしたような顔でさも知ってるような口ぶりをしたかと思えば、こっちにボロを出させるのを待つとか典型的な腹黒女!
っていうか、今サラッと素性調査してたとか言ってなかったか!?
悔しさやら悲しさやらで四つん這いになる俺に昂がそっと近寄って肩に手を置いてくれる。
あの女が悪魔なだけに、こっちの美少年が天使に見える。
「昂、今更ながら昔からあんなお嬢様だったはずだよ」
「そうだったな。忘れてた。あいつは昔から腹黒だ」
「なんか酷い言われやなんやけど」
そんなことを言う京女を無視しながら、俺は昂の差し伸ばした手を握って引っ張り上げてもらうとそのまま抱きついた。
「にしても、久しぶりだな昂! 元気にしてたか!」
「が、がっくん!? あ、うん......してたよ」
突然抱きついてしまったことに動揺しているのか若干歯切れが悪いがまぁ気にしない。
所詮は男同士のハグだし。許してくれ、今は友情に飢えているんだ。
俺と昂の関係を簡単に言うと昂は光輝以前の唯一の親友と呼べる存在であった。
光輝との直接的な接点はないものの、俺が光輝と仲良かったせいか間接的に二人は光輝のことを知っている。
それでまぁ、光輝がなぜ花市とがっつりかかわることになるかはもう今更詳しい説明は不要だろう。
にしても、さっきから人が感動的な再会を果たしてるところで遠くから見てる花市が随分とニヤニヤした笑みを浮かべてやがる。なんだアイツ、腐に目覚めたか?
「良かったね、昂。こないな意図しいひんサプライズ貰えて」
「お、お嬢様からかわないでください! そ、それとそろそろ離れてもらっていいかな?」
「あ、悪い。男にベタベタされるのはさすがにどうかと思うよな」
「いや、そういうことじゃないんだけど」
そう呟くと昂はおもむろに降ろしている左腕の肘辺りを右手で掴みだした。
その立ち姿が妙に女っぽさが出てるのは気のせいだろうか。
昂まさかお前......男の娘に目覚めたのか?
なーんてな、女子に囲まれること多そうだから。そういう仕草が移ってるだけかもしれんし。
「さて、積もる話もありそうやし、後は皆で楽しゅう話そか」
その時、花市は軽く手を叩くとそんなことを言ってきた。
そして、その視線は俺ではなく屋上の方の扉に向いていて、その扉からは光輝、乾さん、結弦、姫島、雪、生野とそれはもうトーテムポールかって思うぐらいにキレイに並んで覗いていた。
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