第86話 夏祭りの夜に#1
時は進んで一泊二日の温泉旅行を終えて今宵は地元の神社で盛大に行われる夏祭りにやって来ていた。
「お、来た来た」
一番乗りに待ち合わせ場所で待っていると光輝がやってきた。甚平とはまたオシャレな。
「そんな服持ってたんだな」
「父さんのおさがりだけどね。身長が近しいせいかピッタリだった」
「ま、こういう浮かれた陽気には最高に似合ってるよ」
他愛もない会話を続けていると今度は女性陣がゾロゾロとやってきた。
宿泊の件からは一週間ほど経っているが......相変わらず圧巻の美少女率だな。
俺と光輝の周囲の女子の顔面偏差値だけを見てみればハイパーインフレ起こしてるよ。
広大な芝生の地面に生えた大きな一本の木ほどには目立つ。
そんでもってそういう奴らは揃いも揃って浴衣姿ときたもんだ。
もうこの時点で周囲からの(特に男の)視線が凄いな。
......なんだろう、ちょっとだけ優越感が。
「どうかしら似合ってる?」
そう口火を切った姫島は俺に向けて軽くウインクした。
それはどっちの意味で言ったかはそれこそ本人しかわからないが、少なからず俺には合図に見えた。
「お~~~~! 素晴らしい~~~~! 皆さん浴衣とは眼福眼福! な、光輝っ!」
「あ、うん、そう......だね......」
お調子者っぽく全体を褒めながら自然と光輝にその流れを押し付けていく。
しかし、光輝の反応は思ったより淡泊であった。
まぁ、それは興味がないとかじゃなくて単に見惚れてるって感じだな。
ふむ、お兄さんちょいと見過ぎですぞ。
そんなことを思っていると乾さんが身をよじらせながら告げる。
「ちょ、あんまりジロジロ見ないでよバカ光輝」
「ば、似合ってたから普通に見てただけで.......」
「っ!?」
ふぅーーーーー! ラブコメってますね~~~~~!!
これよ、これ! 俺が求めていたのはこれなのよ!
なんつーか最近は色々と上手くいってないどころか漏れなく頓挫したこともあって調子悪かったしな。
こういう場面が少しでも見れるとこっちもテンション上がってくるってわけで。にしても、名前の部分距離感縮まってない?
光輝の自然な殺し文句に乾さんが黙ると対抗意識バチバチの結弦が強きに感想を求めた。
その行動に光輝が照れ恥ずかしの動揺を――――というラブコメの一方で、俺は生野の方へと視線を向けていた。
その生野の表情は何とも言えない感じだ。
興味があるともないともいえる。
簡単に言えば、ザ・普通だ。
その反応が俺にとっては引っかかっている。
光輝に本当に好意があるとすれば、乾さんと結弦のイチャイチャを目の前で見せつけられてそのままでいられるなんてのはおかしい。
それが出来るとすれば正妻ポジションヒロインになるが、生憎生野はそういうポジションとはまだまだ遠い位置にいる。
それなのにあのある種余裕ともとれる顔は一体どういう反応なんだ?
これは生野を担当している者としてハッキリ聞いておかなければいけない案件だ。
――――ということを思いながら素早く姫島、雪、沙由良のいるグループに一斉送信する。
その瞬間、一秒もなく既読が付いた。こいつら......反応早過ぎだろ。そしてすぐさま帰ってくる返信。
『『『埋め合わせしてくれるのなら』』』
揃いも揃って同じ言葉が返ってきた。こいつら我欲強くね?
いやまぁ確かにこいつらに向き合うとは言ったものの、結局は俺にとって光輝ラブコメ計画が最優先なわけだし、だがここで邪魔されるのも......くぅ、「はい」しか選択肢はねぇのか。
俺は三日ほど安寧なる夏休みが消えたことにホロリと涙を流し、その視界の端では三人が一斉にガッツポーズするのが見えた。
ボウリングでストライクを三回連続取った並みの気合入ったポージングしたな。
「ま、イチャイチャはそこら辺にしてそろそろ回ろうぜ」
俺は光輝達にそう促していくと全員で歩いていく。
光輝が乾さんと結弦に挟まれ、沙由良が沙夜と途中で合流して離脱していき、姫島と雪がさりげなく光輝達の視線からガードしてくれてるのを確認してから、俺は生野へと話しかけた。
「どうした? 元気ないな。せっかくの夏祭りだってのに」
「別にそんなことないわよ。あたしはあたしでいつも通り」
「その返答がまずいつも通りじゃない。いつものお前なら弄って楽しいのに全然楽しくない」
「全力であんた基準の物言いね」
ツッコみスキルは相変わらず優秀。
されど生野の表情はつまらないといった感じじゃないが、楽しいって感じでもない。
「......あの二人って凄いわよね」
すると唐突に生野はそう口火を切った。
そう向ける視線の先には姫島と雪がいて、さらにその前には乾さんと結弦がいる。
その二人はどの二人なのか。
とりあえず、俺は俺らしく空気を読まずに我を突き通すとするか。
「姫島と雪のことか?」
......あ?
「え?」
生野が俺の顔を見てくる。
そりゃそうだ、その言葉は生野にとって予想外だったはずだからだ。
だけど、これは俺にとっても予想外で普通に「乾さんと結弦」と言おうとしたのに口が勝手にそう告げやがった。
互いに互いの顔を見て驚いた表情をしている。
その反応に生野が失笑するとそのまま軽く笑いながら告げてきた。
「なんで言ったあんたが驚いてるのよ?」
「わからん。なんか勝手に言葉が口に出て......」
「それって普通に気にしてるってことじゃない?」
気にしてる......まぁ、間違ってはないな。
だが、俺はあいつらに対する恋愛感情のようなものは特に持ちえていない。
それはあの宿泊旅行の件から時間が経った今であってもだ。
まるで自分のそういった感情が死んでるとしか思えない感じで、あいつらの好意に対して俺なりの答えが出せていない。
ま、すぐに出せるもんじゃないとはわかってたけどな。
「気にしてるのはむしろお前の方だろ。ま、その二人にないにしろ何に悩んでるんだ?
俺はお前のマネージャーだ。言うだけでも楽になるぞ?」
「あんただから言いたくないんだけどね」
生野が何かをボソッと言った気がした。
しかし、場所が悪かったのか聞こえてくる周囲の雑音にかき消され何を言ったかわからない。
当然、言葉すら発してない可能性だってあるが。
「あたしはね、ちょっとあの4人の共通項に対して羨ましいと思ってるのよ」
「共通項?」
「あの4人って自分の気持ちにはハッキリしてて、そのまま正直にぶつかってるでしょ? あたしにはそんなことできないからさ」
そう告げる生野の目は確かに羨望と言った感情を宿しているように見えた。
どこか諦めの心を持ちながらもそれでも腕を伸ばせば届くかもしれない。
そんな心の色が浮かんでいるように俺の眼には映った。
乾さんと結弦に関してはあえて非干渉してる部分があるからハッキリしたことは言えないが、それでも先ほどの感じからすれば確かに言いたいことは言える「仲」になっている。
で、姫島と雪に関してもそれは変わらないかもしれない。
姫島はともかく、雪も恐らく自身が抱く感情が俺にどういう風に伝わっているかわかってるからこそ、逆に吹っ切れて宿泊旅行の時もあんな色んな言動を見せれたのかもしれない。
もちろん、これらの見解は全て俺の偏見による憶測と言えるだろう。
だからこそ、言葉にしてさらにその意味を深掘りせねばならない。
「それはどっちに対しての『できない』だ?
ハッキリしてない気持ちの方か? それとも正直にぶつかっていない方か?」
「......そうね......強いて言えば両方かな」
「それは難儀だな」
「難儀よね......はぁ、あたしのポジティブさはどこに行ったのかしら」
そう言って生野は落ち込むような表情をした。
俺の視線に気づいて気にしてないみたいな笑顔を向けるもその笑顔もどこか固い。
仕方ない。ここはマネージャーとして褒め殺しでもしてやりますか。
こいつのチョロさならそれでいける。
そう思うと早速行動。生野の肩に手を置くと立ち止まって告げた。
「安心しろ、お前は可愛い」
「......へっ!?」
「顔立ちもよく、スタイルも良く、運動神経もよく、抜群のコミュ力に周囲の雰囲気を一変させるような明るさ。
うん、挙げただけでも惚れない男はいないというほどに完璧すぎるほどに完璧だ」
「ちょ、急に......なによぅ......」
生野の顔が赤くなっていく。どうやら不意打ちが効いたらしい。
これで先ほどの暗い生野は消えるはずだ。
やはりこいつには明るくいてもらわな。こっちもやりづらい。
「な、なんでそんな急に褒めるのよ......それに惚れない男はいないって......」
「あぁ、いないだろう――――光輝ほどの鈍感野郎にはな」
そうサムズアップして言うとなぜかスッと表情が無になった。
そして、生野はため息を吐くとその場で大きく伸びをし始めた。
「はぁ~~~~~ほんとバ~~~~カ」
そう言うと俺にあっかんべーをして前にいる姫島と雪に小走りで追いつき、話しかけ始める。
その表情は横顔からでも明るさが戻ったとわかるほどに自然な笑顔であった。
そして、俺は俺でため息を吐くとそっと独り言ちる。
「ホントに俺がただの鈍感野郎であればなぁ」
先ほどの生野のあっかんべーを見て心にざわつきを感じながら、少しだけ足早に賑わう露店の間を通り抜けていく。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')