第78話 最近考えさせられることいっぱいなんだが
夏の海というのはいわばラブコメにおけるサービス回のようなもので、もし漫画とかであれば大体一話か長くても二話で海の話題は終わるだろう。
だが、ラブコメの裏方からしてみれば、主人公ほど大きな発展がないが故にその海回というのは絶妙に長くなってしまうのだ。
ということで、お昼を食べ終えた後も相変わらず遊んでいる。
若さゆえのありあまる体力をフルに生かして遊んでいる光輝達。
その一方で、親戚の保護者役のような雰囲気を醸し出す俺は夏の熱気にパラソルの下でぐだっていた。
暑い......暑すぎる。あんなはしゃいで遊べねぇよ、俺。あれ? もう歳?
ぼんやりとする思考の中で沙夜が両手にジュースが入っているだろう飲み物を持ってやってきた。
「はい兄ちゃ、これ。暑いの苦手なんだからちゃんと水分とって体冷やさないと」
「お、センキュー。だけど、妹よ。一つ勘違いしている。兄ちゃは寒いのも苦手だ」
「へぇーへぇーそうですね。兄ちゃは変温動物だからね~」
「誰が爬虫類だ」
妹に気遣ってもらってるはずなのに思ったより塩対応で兄ちゃ悲しい。
ともあれ、ほんとに暑さでヤバかった状況だったので流石が妹である。
ゴクゴク......ぷはぁー。うめぇ、ホワイトウォーターであろうか。
超うめぇ~。もっと飲んじゃおう。
俺がジュースが口内および体を冷やしていくような快感を感じていると沙夜がふと聞いてきた。
「そういえば、沙由良ちゃんと何かあった?」
「ぶふっー」
「兄ちゃ、汚い。私じゃなかったら妹辞めてるよ」
いや、それは突然そんなことを聞いてくる沙夜殿に原因が......って、なんで急にそんなことを?
「どういう意味だ?」
「いやまぁ、昼食終えてからさっきまで沙夜と遊んでたんだけど、思ったよりも元気なさそうで」
あの無表情から状態が読み取れるのか、さす沙夜だな。
「で、その原因は教えてくれなかったけど、どうせ兄ちゃだろうと思って」
「そこでどうして俺が原因になるのだ」
「沙由良ちゃん、昔っから兄ちゃに懐いてたし」
そう言いながら沙夜はストローに口をつけてごくごくと美味そうに飲んでいく。
そんな姿を横目にチラッと見ながら、正面の砂場へと目を移していった。
その砂浜にはビーチバレーもといビーチトスをする光輝、乾さん、結弦、生野の他に砂浜に埋められた姫島に雪と沙由良が匠のような表情で砂で胸を盛っていた。
おい、お前らまだやるかそのネタ。
っていうか、いつの間にやら沙由良が姫島と雪あたりと仲良くなってるとは......妙な嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「今、昔のことを思い出してみたが別に沙由良に懐かれてたみたいなことは記憶にないんだが」
「そりゃそうだよ。そん時の沙由良ちゃんって恥ずかしがり屋だったし」
「だとすれば、懐かれるようなことをする余地もなくね?」
確かに、一度や二度ぐらいは沙由良が興味を持ったゲームを隣で見せながらプレイしたことあるけど......言うてそれぐらいしが逆にしてないし、そんなもんで懐くか?
俺が沙夜に対してそう告げると沙夜はヤレヤレと言った様子で首をふった。
「全く、兄ちゃは乙女心ってのがわかってないっすな~。そんなことじゃ苦労するよ」
「別にいいさ、俺は魔法使いになる男だからな。いや、大賢者か?」
「それって普通妹の横で言う?」
「それが伝わるあたり意味は伝わってんだな。
ま、安心しろ。沙夜をどこへもやらんとは言ってないだろ。
だがまぁ、その相手が徹底的にふさわしいか調べさせてもらうけど」
「シスコンキモイ。兄ちゃキモイ。さすキモ」
「そこまでキモイを連呼されるとさすがが傷つくぜおい......」
「仕方ないなぁ、ならばこのパーフェクト妹である沙夜が哀れで悲惨でどうしようもない兄ちゃを癒してあげよう。ちなみに、一分500円だぞ?」
「わぁーい、やったー!......ってなるか、金とんのかよ。
しかも、兄ちゃん結局また貶されてるんだけど?」
それにこれってなんてマッチポンプ?
「ともかく、兄ちゃはあんまり現実から目を離しちゃダメだよ」
「俺がいつ現実から目を離したって?」
「課金しても欲しいソシャゲキャラが手に入らなかった時」
あーあるわーそれ。
「ま、そうじゃなくても現在進行形で目を逸らしてるけど」
「何を思ってそう思う?」
「妹の勘」
「なんて説得力の薄さ......」
沙夜はジュースのカップからズコーっと中身を飲み切った音を立てるとそれを俺に渡してきた。捨ててきてってことかよ。
そして、「よっしゃ充電完了」と言って立ち上がると俺に告げてくる。
「ま、なんであれ。キモくてシスコンでヲタクでどうしようもない兄ちゃだけど、そんな兄ちゃの妹としては今まで苦労を掛けた兄ちゃにはまぁそれなりに幸せになってもらいたいのさ。
どう? 今のめっさ決まってなかった?」
「それを言わなければな」
それから、沙夜は「遊び行って来るー!」と言って走り出した。
俺は俺とて休憩もとい観察中である。
しかし、飲みもんだけではさすがの俺ですらこの夏という灼熱の季節を耐えきれるわけじゃない。
あ~、沙夜には申し訳ないが、俺はもうダメかもしれん。
俺がぐでっと寝転がる。
すると少しして、俺の顔を覗くように沙由良の顔が現れた。
沙由良は俺の額にそっと飲み物を置いていく。
超絶冷てぇ。この感じ冷凍されたやつか?
「どうです? 少しは冷えました?」
「助かった。にしても、よく冷凍用のペットボトルを持って来てたな」
「沙由良んはこう見ても用意が良いので。どうです? 嫁力高いでしょう?」
「アピールする相手間違ってんぞ」
「......まぁいいでしょう。時に学兄さん、自分の妹が実は血が繋がっていないと知ったならどう思いますか?」
唐突にそんなことを聞いてくる沙由良。
なにそれ、光輝の立場を自分としてどう思うかってこと? そりゃまぁ――――
「妹だな。血が繋がってないにしても、同じ時を一緒に刻んできたならそりゃもう兄妹と言えるだろう」
「なるほど。では、兄側が妹に欲情するとしてどうなりますかね?」
「欲情というな。せめて恋愛感情といえ」
とはいえ、現実的には血が繋がっていないわけだし問題ないだろうけど、きっと倫理観的にはあまり良くないと思うだろうな......兄側が。
俺が兄であり、同時に男であるが故のそういう見方しかできないが、少なからず自分がそういう立場で考えてみたら血が繋がってなかろうとなんだろうと妹として見てきたなら、「妹だから」という線引きが発生する。
となれば、その無意識に引いた線引きより先に超えないように恋愛感情を抱かないように意識するか、もはやそれすらなかったことのように思い込むか。
ま、どっちにしろどこの一般家庭と同じ兄妹という状況を作り出すということには変わりないな。
「そうだな。たとえ血の繋がりがなくても妹は妹だ」
「それが答えです」
「......どういう意味だ?」
「意外に察しが悪いですね。いや、むしろそう思い込んでいると言うべきかもしれませんね」
沙由良はおもむろに胸に手を当てると「心の準備が必要そうです」と独り言ちリながら立ち上がる。
何が言いたかったんだろうか。俺を光輝側に立たせてわからせる何かがあったのか?
沙由良と経ち姿をぼんやり眺める。
中学生であるにもかかわらず大人の魅力に引けを取らない水着から見える白い肌は異質な存在感を放っていた。
雪女が水着姿になったらこんな感じなのだろうか。
太陽光に反射する銀髪も相まってなんとも同じ人類とは思えない。
「どうしました? 沙由良んの美ボディを見つめて。
さすがにそんなにじっくり見つめられると恥ずかしいのですが」
「だったらせめて表情を変えろ。だがまぁ、確かに人様に自慢できる嫁になることは確かだな」
「っ!?」
おやじのように横向きに寝転がって何気なくそんなことを言うと沙由良がギョッとしたような表情になった。
それから、沙由良は「ドロンします」と言って足早に俺から離れていく。
その耳の先は僅かに赤くなっていた。なるほど、あいつはそこに感情が出るのか。
そこからは取り留めもなく時間が過ぎていき、俺達の夏は――――まだ続く。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')