第72話 特殊なヒロインってたまにいるよな
「「――――ごちそうさまでした」」
そう言って俺と沙由良は向かい合いながらパタンと漫画を閉じた。
そう、俺達はファストフード店にいながら頂いていたのは先ほどアニ〇イトで買ってきた漫画だ。
もちろん、お昼に足りる分の買い物はしたが、ぶっちゃけ主食が漫画であるだけに別の意味で満腹中数が満たされている。
「ふむ、やはり週刊連載とかを追わないこっちからしてみれば一気に読める単行本はやはりいいな」
「とはいえ、毎回面白い所で引き延ばされるのはじれったいと思いますがね。テレビのCMみたいな」
「ぶっちゃけアレで興味引いたことって少ないんだけどな」
漫画を汚さないようにバッグの中に入れていくとトレイに置かれたポテトを手に持ってバーベキューソースにつけて食べていく。
ふはっ、うまっ。たまに食うからいいんだよな、ファストフードって。
俺に食指が動かされたのか沙由良もハンバーガーを両手でもって小さな口で食べていく。
一口が小さいせいか何回か齧りついているその行動は正直リスにしか見えない。
「どうしました? もしかして美味しそうに食べる沙由良んが気になったのですか?」
「まぁ、気になったと言えば気になったが」
「まぁ、沙由良んはなんと罪深き女なのでしょう。
ですが、まだ結婚適齢期ではないので、沙由良んを食すことはできません。お引き取りを」
「なんで俺がお前を食すことになってんじゃい」
「え?」
え? って......なんで俺が本当にそっちの意味で言ってると思ったのか。
そんな「違うんですか?」みたいな顔止めてくんない?
俺が間違ってるみたいな雰囲気を止めてくんない?
「なんと、学兄さんは沙由良んに興味がないと!? ほろりほろりと涙が出てきそうです。
こんな時に優しい言葉をかけてくれる殿方はおらっしゃられないのか......チラッ」
「無言の圧力やめろや」
実際何も傷ついてないのに俺に見返りを求めようとすんな。
こっちになんの責任もなしに見返りを求めるとか一種の脅迫だぞ。
「あーおられないのか。私を救ってくださる王子さまは......チラッ。
こんなに弱っているというのに見捨てるのか......チラチラッ」
う、うぜぇ......こいつ、俺がやらないとあくまで止めないつもりでいやがる。
くっ、ある意味さすが沙夜の友達と言うべきか。
っていうか、光輝はいつもこんな面倒な妹を相手にしてるんだな、すげーや。
俺は一つし・か・た・な・くため息を吐いて付き合ってあげることにした。
あくまで妹とやるちょっとした寸劇みたいな感じで。
「すまな、どうやら俺が間違っていたようだ。
こんなにもきれいな女性を今までに見たことがなくて、そのあまりの美しさに思わず釣り合わないと思ってしまったようだ。
どうか許して欲しい。そして、釣り合う男となれるようにそばで見ていて欲しい」
その瞬間、沙由良は俺の顔を言ってん凝視して言葉を漏らす。
「お......おっふ」
「.......」
.......どういう反応?
なんか返してくれるのを予想してたんだけど、その返事は予想外過ぎるわ。
沙由良は姿勢を正すとハンカチで口元を抑えながら告げた。
「すみません、魂が口から洩れてしまいました」
「いや、だからどういうわけよそれ」
「いわゆる限界ヲタクの慣れの果てと思ってください」
全くわからん。
「にしても、学兄さんがまさか王子であったとは......もしや沙由良んの好感度を急上昇させるためにあえて一度落としてからの上げですか!? なかなかにいやらしいテクニシャンですね」
「いやらしいもとい危うい発言をするな」
「しかし、学兄さんにこれほどの言葉を言わせてしまうとは。あぁ、なんと罪深き沙由良ん。
これは他の男性にも同じような思いを抱かせないためにも学兄さんに責任を取ってもらうしかなさそうですね」
「どっからどう見ても責任皆無なんだが!?」
「さぁ」
「『さぁ』じゃねぇって! いやいやどこにも責任なんて――――」
そう言いかけた時に俺のラブコメ回避センサーは敏感に反応した。
そう、いわゆる言い合いの流れでついつい大きな声で出してしまった言葉が周囲に聞こえてしまいヒソヒソ話される流れ。
そうなった時、大抵主人公はその周囲のヒソヒソに気付いて自分の言った発言で自分の首を絞めるという事故が発生している。
挙句の果てには照れた表情で言いずらそうにしながらもヒロインにデレる。ここまでがワンセット。
ふっ、俺はもうこれ以上主人公をやるわけにはいかないんだ。舐めるな、ラブコメ神!
ってことで、一度落ち着き軽く深呼吸。そしていつもの会話声でレッツゴー。
「ふぅー、責任はない。うん、ないな」
「なんと!? まさかの沙由良んトラップを回避するとは!?
さすが学兄さん、なかなかに侮れませんね」
まさかのこいつの仕業かよ!
だとすれば、途中まで実に巧妙に乗せられてたわけか。
特殊個体過ぎるだろこのヒロイン。
沙由良は「今回は私の負けですね」と告げると席を立ちあがった。
気が付けばいつの間にかトレイに乗ったハンバーガーやらポテトやら食べ終えている。いや、カ〇シ先生か。
沙由良はトレイに乗せたゴミを捨て、トレイを片付けるとそのまま帰る――――と思いきやそのまま席に戻ってきた。
「学兄さん、この後のご予定は?」
「帰るだけだけど」
「奇遇ですね。ならば、その帰路に沙由良んをパーティとして加えてください。
回復専門の沙由良んは学兄さんの孤独な帰路の際に伴う“ボッチ”という精神ダメージを軽減及び癒して差し上げましょう」
「御心配なく。すでに俺には精神耐性ついてるから。俺はソロプレイヤーだから」
「ならば、お付きの二足歩行で戦う猫とでも思ってください」
お前はア〇ルーか。っていうか、そこまでして俺と一緒に帰る必要あるのか?
「単に話し相手が欲しいってんなら普通にそう言え。それだったらソロの俺もたまにはマルチしてやらんこともない」
あくまで上から目線は気に入らん。
主導権は常にこちらが持っておきたい。
「な、なら――――」
そう言うと沙由良は一点して僅かに頬を赤らめた。
そのあまり現れない表情には僅かに緊張という雰囲気が伝わってくる。
そして、沙由良は一つ息を吸って吐くとまるで独りぼっち小学生がすでにあるグループの輪に入るかのような恐怖交じりの瞳をして告げた。
「わ、私と一緒に帰ってくれませんか?」
俺はその表情に思わず困惑した。
先ほどまで散々話していた沙由良が、今更になって初対面の相手と仲良くなるように勇気を振り絞ったその感じが、あまりにも纏う雰囲気が矛盾しすぎて言葉にもうまく出せない。
ただその違和感が今後の沙由良という第4ヒロインの心を開くキーになっていると確信した。
「いいよ。俺も結局帰る時は暇を持て余してるからな」
そう返答すると沙由良の曇っていた表情がパァっと明るくなるような気がした。
些細な表情な変化かもしれないが、これまでの感情が見えなかった沙由良と比べればある意味明らかかもしれない。
俺は少しペースを上げて残った食い物を口に詰めていくと沙由良と一緒に電車に乗って帰路に着いた。
電車の中で光輝のことを聞こうと思ったが、どうにもそう言う雰囲気じゃなかったので今回はパスすることにした。
だが、どのみちまたどっかのタイミングで会うようにしないといけないな――――と思った矢先に再会することになった。
その場所はコミケ会場。
叔父の手伝いとして売り子をする横で同じく売り子をする沙由良の姿があった。
ただ一つ、そこに明らかな違和感があるとすれば、その売っている同人誌が俺の好きなキャラである時雨ちゃんを使った「妹×友達の兄」というカプであったことだ。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')