第71話 唐突なエンカウントは続く
......心労が酷いわ。
たった隣町へ電車を使って移動しただけだってのに、生野に気まぐれに会っただけだってのにたった数分で今日一日の必要稼働エネルギーが枯渇寸前だ。
真夏日の日差しのせいなのか、生野と妙な密着をしてしまったせいなのか体が熱い......日差しのせいだ、絶対。そうに決まってる。
そんな俺はゾンビのようにふらつきながらイ〇ンへとやって来ていた。ふぁ~、す、涼しい~。
日差しが遮られ、冷房が効いているというだけでこの場所が天国のように感じる。
よし、だいぶ体力が回復してきたな。
正直、生野とのアレは事故だと思おう。
モブの俺が主人公の光輝でさえもなったことがあるかどうかわからい距離間で生野と接触してしまったが、特に誰か知り合いがいたような気がしないしバレなきゃ問題ない。
......いやいや、だとしてもだろ。俺は光輝には誠実でありたいのだ。
例え恋仲でなかろうと親友の大事なヒロイン様に対してNTR案件を醸し出すような行動はあってはならない。
今後、生野との距離感については慎重な行動を心がけていこう。
例え仕方なくあの状況になったとしても、相手が俺では生野も可哀そうだ。
さて、気を取り直してアニ〇イトでも行くか。
待ってろ、エデン。そこに俺の求めるべきものはあるはずだから!
――――アニメイト到着
今日はもう一日穏やかに過ごしたかったが、どうにもこうにも天というのは試練やら苦痛やらを与えるのがお好きらしい。
「おやおや、これはこれは奇遇ですね学兄さん。まさに運命の赤い糸とでも言うべきでしょうか」
相変わらず顔に出ない感情をポージングで何とかしている沙由良の両手には漫画が。
どうやら沙由良もお目当ての漫画のためにこっちに来たクチらしいな。
ここで出会ったのは正直驚きの一言に尽きるが、考えようによっては沙由良の光輝に対する好感度を調べる絶好の機会だ。
据え膳食わぬは男の恥。
使い方は違うが、俺にとってはこのチャンスを逃すほどヘタレではない。
「まさかこんな所で会うとは確かに奇遇だな。しかし、またどうしてこんな隣町に」
「それは学兄さんと同じ理由でしょう。まぁ、沙由良ん的には別の意味でもラッキーと言うべきでしょうか」
「?......ともかく、沙由良もいつものお気にの本屋で売ってる漫画がなくて、しかし欲しくて致し方なくてやってきた感じか」
「ザッツライトでございます」
両手で作った指でっぽうをこちらに向けてくる。
見るたびに行動と表情のギャップが酷いが、さすがもう慣れてきたな。
「で、ちなみにどんな漫画?」
「おっとこれは......」
沙由良に近づいて手に持っている漫画を見てみると......おっふBLかい。
いやまぁ、好みはそれぞれだけど、前にこいつのメモ帳見た時は普通にNLだったんだよなぁ......。
「何? 開拓中?」
「開拓中......というかなんというか、学兄さんは私のいとこをご存じでしょうか?」
「いとこ......女性の人だったら知ってるけど」
小学校か中学校か忘れたけど、そん時に光輝の家で遊んでる最中に2つか3つ年齢が上の女の人がやって来てたな。
名前は思い出せないけど、そういう人がいたのは確かだってことはわかる。
「実はその人が毎年夏コミで同人誌を出しているのですが、沙由良んはその手伝いをしておるのです」
「へぇ~。で、ついでに自分の絵も教えてもらってると」
「そ、そこを突くとは......学兄さんも中々にえっちぃですね......」
「なんでだよ」
別に普通のこと聞いただけだよ。
つーか、やめてよそこで「えっちぃ」とかいうの。
最初の「突く」も変な意味に聞こえるかもしれないでしょうが。
「とはいえ、確かに学兄さんの言う通りで私は手伝う代わりに絵を教えてもらっています。
いとこはBLですが、BLもNLの女性が男性に代わっただけの話ですし、特に濡れ場なんかも言うほど大きく変わりませんし」
「あの......もう少し言葉変えてくれない?」
「ふむ、では凹と凸のへこみとトンガリが激しく噛み合ってるというのはどうでしょう? 水っぽい音を立てながら」
「それ具体性上がっちゃってるから。会話内容から結局察せちゃうよ」
「ではでは、刀と鞘がカチャカチャさせてるというのは?」
「それ凹と凸をわかりやすいもので例えてるだけじゃねぇか。
さっきから変えようとしてグレード上がってるから!」
「むぅ、難しいですね」
そこまで難しい事か? 単に「乱れ」でも......あー、なんかこれも若干アウトな気がする。
やっぱり「営み」あたりか? いや、そもそも何真剣に考えてんだ。
ふぅーとため息を吐きながら正面に並ぶ本棚を眺める。
その本棚を見る限り丁度同人誌寄りの漫画って感じだ。
もちろん、R15ラインの同人誌だが......俺がもし欲しいとすれば横にあるR18の本棚なんだよなぁ。
しかし、横に沙由良がいる以上下手に動けない。
いやまぁ、いなくてもそこを見るのはかなりの勇気がいるのだが......少なからず沙由良に嫌われるような行動は避けたいなー。
そもそもこいつの会話大丈夫な領域がわからないわけだけど。
そんなことを悩んでいるとふと沙由良が聞いてきた。
「学兄さんは今も変わらず時雨が好きなんですか?」
「......ん?」
なんだこの質問? っていうか、どうして沙由良が俺の嫁の情報を知っているんだ?
「憶えてないですか? 昔、やっているアプリゲームで私にそのキャラを見せてくれたことを」
憶えてない......いや、でもあったのか? そんなこと?
わからん。昔の光輝との思い出ほど鮮明に思い出せないな。
「どうです? 似てませんか沙由良んと」
そう言って僅かに上目遣いをしてくる沙由良。その肩には緩く三つ編みした美しい銀髪が肩に乗って胸へと垂れ下がっている。
言われてみればローサイドの三つ編みなんて確かに時雨ちゃんみたい――――
「まぁ――――単に好きなだけなんですけどね」
まじか、こいつも時雨ちゃん好きだったのか。なかなか見る目あるなこやつ。
沙由良んはわざわざ手に持っていた漫画を別の場所に置いてまで手でハート型を作って感情をアピってきてる。
それ余計に手間かかってないか?
沙由良は「お買い物してきます」と言って手に持っていた漫画を小さいカゴに入れて買い物を始めた。
ああいう時のヲタクの物色を邪魔するほど俺も無粋な人間ではない。
ということで、俺も俺の買い物のために行動開始。
ま、もともとそのつもりだったんだけどな。
それからしばらくして、俺も本日の調達完了。もうホクホク顔で家に帰れますな。
沙由良の姿は少し前から見えなかったし、先に帰ったんだろうか。
だとすれば、少し残念だが仕方ない。
今回は予定外の接触だったからな。
と、思いながらアニ〇イトから出ていくとそこには本の入った袋をひっさげ、ちょこんと佇む沙由良の姿があった。
どこか周りを見ているらしいのか視線は合わないが、その見ている横顔はどこか冷めているようにも感じる。まさに表情通りと言うべきか。
すると、俺の視線にカチッと交わった。その瞬間、胸を張ってピースしてくる。え、どういう感情?
心なしか冷めた表情は消えてるような気がするし......さっきのあれが本来の沙由良という人物の素か?
沙由良はトコトコと俺に近づいていくと目の前でピタッと止まって提案してきた。
「兄さん兄さん、学兄さん」
「なんじゃいな」
「もし良かったら一緒に漫画を読みませんか?」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')