第70話 難易度ハードの旅路
買いたい漫画が丁度その部分だけなかった。
その怒りは計り知れない。
急に何を言いだしたのかとお思いだろうが、この気持ちになるまでのことの経緯を説明しよう。
今日、俺はとある漫画の新刊及び新しい漫画の開拓のためにアニ〇イトにやって来ていた。
その際、新刊は山積みになってることが多いのですぐに手に入ったり、時折ない時もあるが......それは推しの漫画が売れているということなので我慢もできる。
だがしかし、新しい漫画の開拓においては違う。
新しい漫画の開拓とは言ったが、実際は漫画アプリから無料読みしてそこから気に入ったものを単行本として買おうとやって来ていたのだ。
そして俺は基準として少なくとも10巻以上出てるものを探し、その中から1~10巻をまとめ買いするっていうのがスタイルだ。
それで時折あるのが1~10巻をまとめ買いしようとして、5巻だったり、8巻だったりと中途半端な所で抜けてるやつ。
それが俺の中で何とも言えない気持ちにさせる。
丁度その巻だけ読みたかったのだろう。
だが、その買い手の事情は分からないが、正直知ったことじゃないので俺としては一気に買えないことがとても我慢ならなかった。
特にそれは俺の中で一押しの目星をつけてた奴。
だからこそ、一先ずあるだけの1~10巻を買って微妙に抜けている巻を求め――――駅のホームに立っていた。
正直、読みたくて読みたくてしゃーない!
他の店も探したがなんもなく悲しくて悲しくてしゃーない!
だから、俺は旅立つことに決めたのだ!
その時のヲタクの行動力は時に炎天下であろうと超人的な力を発揮するのだ。良い例はコ〇ケとか。
だからこそ、別のアニ〇イト及び本屋を求めに遠出をしようと電車を待っている。
炎天下? 知らんな。物欲のためなら日差しもまた涼し!
その間ぽけーっとスマホでソシャゲのスタミナを消費しながら待ってるとふと隣に金髪の髪をした女子が横に並んだ。
明らかにギャルそうだ。ま、俺には関係ないが――――
「え、同志?」
「は?」
その言葉に思わず横を向くと――――生野がいた。
おいおい、この夏はよくエンカウントしますな。まだ二回目だけど。
「......どこか出かけるのか?」
「う、うん......ことっちとめいっちと隣町のスイーツを食べに。もしかして同志も?」
「あー、今女性に人気を集めてる豆腐を使ったパフェって奴か。いいや、俺は単に漫画欲しさに隣町まで」
「凄い行動力ね」
「ヲタクを舐めたらいけないぜ」
「......」
「......」
......まさかの会話終了。
な、なんなんだこの絶妙に気まずい空間は。
別に何かしたわけでもないのに、妙に次の言葉が出てきづらい。
それもこれも生野が妙によそよそしい雰囲気を出しているからだ。
だって、さっきから妙に目が合ってないもの。
前はあいつすっげーよく見てきたのに。
まぁ、こっちも目を見るのは苦手だからいいけど。
一応、顔全体は見るようにしてるけど。
そんな妙な沈黙の時間が少し経った後、電車がやってきた。
時期が夏休みというわけか、妙に若いカップルが多くとても入りずらい。
だが、目的のためには時には我慢して進まねばならない時もある。
いざゆかん、高天原へ!
そして俺が乗車していくと生野も乗車......なぜか俺の服の裾を掴みながら。
「何用?」
生野は自分が裾を掴んでいたことに気付くと慌てて放し、勝手に弁明し始めた。
「こ、これは、ヒールを履いてるから電車とホームの間の隙間に引っかからないようにって思って」
「今更、そんなのにコケる年齢か?」
「わからないでしょ!」
そ、そんなにコケる自信があったのか......?
別にヒールのサンダルが初めてって感じでもなさそうだし......足長っ!
太ももぐらいのパンツのせいかすげー長く見えて、まさにモデルだな。
反対側のドアに寄り掛かって目線を周囲に動かしてみれば、男女ともに生野への視線が移っている。
あぁ、彼女連れの男性が耳を引っ張られてる可哀そうに。
ま、それだけ生野が魅力的という証拠なのだが。
正直、天性のスタイルの持ち主である生野になびかない光輝のメンタルってどうなってんだか。さすがの俺でもわからん。
「ど、どうしたのよ足元ばっか見て......残念だけどスカートじゃないわよ」
「ちげぇよ、正しくモデルみたいな足してんなと思っただけ」
「それ前にも言ってたわね......ついでにもう一声って聞いたら?」
「エロい」
「聞いたあたしがバカだった」
そう言うも前みたいに強気に抗議してくるわけでもなく、生野は顔を赤らめながらそっぽ向いている。
やはり生野の反応は前とは確実に違うものになってるみたいだな。う~ん、やっぱりな~。
「やっぱり、なんか調子狂うな~」
「何よぅ?」
「だって、お前と言えば俺が弄ってそれに対して明らかに負けると分かっていながらも、強気で抗議してくる奴じゃん?」
「あたしってそんなキャラだっけ」
「少なからず出会った初期の方はそうだったし、光輝に押してダメなら押し倒せの時はもっとそんな感じだったし」
「あたしって本当にそうだった?」
いやまぁ、さすがにそれは若干盛ったが......それでも前のお前だったら「そこまでじゃないわよ!」的な返しが来るはずだったんだけどな。
なんか今のは俺の思考を読んだ上での冷静な返しって感じでなんかつまらん。
あれか? 猫でいう素っ気ない態度をする時期か?
そんなことを考えていると次の駅に到着。
隣街には入っているが、俺の目的地は次の駅の方が近いのでスルー。
生野も同じなのか俺の前で相変わらず妙に恥じらいを持った顔で突っ立っている。
すると、その駅で結構な人が乗車してきた。
それこそ動きが制限されるぐらいに。
「あ―――」
その数秒後、生野はぎゅうぎゅうに入ってきた人の波に押されたのか俺に一気に近づいてきた。
「待って!」
そう言いながら俺の顔のすぐ横に手を付けると生野は止まった――――鼻先数センチという距離で。
まつ毛がくっきりと見える距離に生野の顔がある。
女子に壁ドンされたなんて初めてだ......。
近い。ものすごく近い。人生の今までで一番女子と接近した瞬間かもしれない。
赤らめた顔も、僅かに汗ばんだ首筋も、潤んだ唇も全てが鮮明に映っている。
その視界一杯に映る生野の顔を俺は見つめていた。
どのくらいかはわからない。長いことだったかもしれない。
ふと生野の腕がプルプルと振るえているのに気が付いた。
どうやら生野の腕に限界が来ているようだ。
生野は俺に胸も触れないように背中を出来る限り丸めながら頑張ってるようだが、背後からの圧力には女子である生野にはキツかろう。
俺は心の中で静かに覚悟を決める。
さすがに正面から言う気にはなれなかったので、そっぽを向けながら告げた。
「お前が気にしないのなら......俺は気にしない」
「......わかった」
そう言って生野は腕の力を緩めた。
その瞬間、背後の圧力に押されるように俺と生野は密着する。
正面からダイレクトに柔らかい感触がしてしまっているが、生野のためにも気にしないと決めた。
心音.....随分と速いな......じゃない!
さすがにそんなにドキドキされるとこっちも同調するやろがい!
次の駅に着くまでの数分間、俺は自然と息を止めていた。
どういうつもりかはわからない。
生野に息がかからないようにとの無意識の配慮なのだろうか。
正しく体が重なっており、耳元から聞こえる生野の吐息は妙な気分にさせてくる。
聞こえてくる心臓の鼓動すら一緒になるようなそんな一瞬で永遠に感じた時間はある種の拷問に近かった。
駅に着くと一気に人が空いた。
俺と生野も目的地なのでともに電車から降りる。
そしてそのまま駅の入り口まで歩き――――
「じゃあな」「じゃあね」
炎天下のもとそれだけの言葉を残して互いに別々の道を歩いた。
たったそれだけで済んだのはお互いに落ち着いた時間がすぐにでも欲しかったからかもしれない。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')