第66話 最初からフルスロットルだな
場所は移って近くの喫茶店。
お目当ての場所ではなかったがここはここで美味しいスイーツがあるのだ。
まぁ、それは理由の三分の一ぐらいで、もう三分の一は暑さに耐え切れなくなったことと残りは俺の前にいる銀髪の少女だ。
「ふむふむ、美味なり。これはこれは沙由良んの元気チャージも捗りそうですね」
「なんか独特なしゃべり方の子ね」
「だな」
にしても、どこかで見覚えがあるような気がするんだよな......俺の知り合いで俺のこと兄さんと呼ぶ奴......うーむ、パッとは出てこんな。
透明感のある白い肌に銀髪というこのハーフに見える少女に会っていたらさすがに印象的過ぎて忘れるはずがないんだけどな~。
パフェを美味しそうに頬張る沙由良んという少女の表情は美味しいと言ってる割りにはこれっぽちも変わっていない。
デフォがその表情なのか。
若干眠たそうな目もそれが初期位置か。
俺がまじまじと見てしまっている視線に気づいたのかその少女は途端に頬を赤らめ顔を背ける。
おっと~なんだこの反応は~?
その瞬間、俺の頬から痛みがっ!
「痛たたたたっ! 急に何をする!」
「べっつに~、ただ中学生ぐらいの年の子に色目使ってるロリコンなのかなって思って」
「待て待て、見覚えがあるから思い出そうとしただけだ。
つーか、どうしてそれでお前が不機嫌になるんだよ?」
「そ、それは......どうでもいいでしょ!」
「痛たたたたっ!!」
理不尽にキレられ思いっきり頬をつねられた。
すっげぃ痛い。それにそんな俺と生野のやり取りをまじまじと見ないでそこの人!
すると少女は「仕方ないですね」とため息を吐いて自己紹介を始めた。
「誠に遺憾ながら自己紹介をさせていただきます。
沙由良んの名前は陽神沙由良。陽神光輝の妹でございますブイ」
いや、ピースの意味ってなんだ......ってそうだ!
そういえば、俺が光輝と遊んでいた時に小さい女の子がうろちょろしてると思ってたが、まさかその子か!
あ、そうなると色々思い出してきたぞ!
隣を見ると生野も「えっ、陽神君の妹!?」と言った感じで驚いている。
ふ~む、これはこれは.....結局生野は林間学校の時に光輝に対したアプローチが出来ていないからな。
だったら、妹の沙由良と仲良くなってもらって外堀を埋めていく作戦にしようか。
沙由良に関しては幼馴染の結弦とて関係はほぼ未開拓だし。
ともあれ、まずは普段の光輝の様子でも探ってやりますか。
「そう言えば、光輝に妹がいたっけな。
あんまり印象深い感じじゃなかったせいで忘れてた。悪いな」
「学兄さんの記憶力にも困ったものです。
ですが、心広き沙由良んはその罪を許してあげます。
その代わりパフェもう一つ頼んでいいですか?」
「ちゃっかりしてんな」
その頼みを渋々了承すると沙由良は両手でサムズアップした。
なるほど、表情が冷凍保存されたように動かない代わりのジェスチャーによる感情の表し方か。
見慣れないと奇妙だが、慣れてくるとだいぶふざけてるようにも感じる。
「そういえば、光輝は家で何してんだ?」
「ゲームしてるかだらけてますよ。
家の冷房が効きいているせいか大概ソファで寝ています」
沙由良は店員が運んできたパフェを自分の前に置くと再び美味しそうに口に運んでいく。
そんな様子を見ながら俺もチーズケーキをパクリ。うっま。
「それじゃあ、乾さんとの関係はどうなんだ?」
「定期的にデートしていますよ。まさかあの兄さんに彼女ができるだなんて」
表情こそ大きく変わらないものの、確かにムッとした表情が沙由良から見て取れたな。
オホホホ、ラブコメ展開定番シチュのブラコン妹キタコレ!
俺のラブコメ趣旨からしてさすがにヒロイン枠として昇華させることはできないけど、このブラコン妹と生野が仲良くなったならかなりのアドバンテージになるはず。
となれば、早めに協力者としてこっちに取り入れるか?
いや、落ち着け。舞い上がったテンションで先走るな。
沙由良がブラコンであるならば、俺が光輝にしていることをよしとは思わない。
あくまで自然と生野と仲良くさせるように――――
「ちなみにちなみに、学兄さんはそちらの人と付き合っているんですか? 沙由良ん気になります」
「いや、別に」
「そ、そうよ。たまたま意気投合してるだけ......だけど、そこまで冷めた言い方しなくてもいいじゃない」
小声で呟いたって聞こえてるっつーの。
それに別に冷めた言い方したって俺とお前の間には何の問題もないはず。
そんな俺と生野の様子を「ふむふむ」と何かを確かめるように頷きながら、パフェを頬張っている。
「まぁ、なんであれ。ここで学兄さんと会えたのは嬉し......運命の赤い糸とでも言いましょうか」
「なんで若干重い方に言い換えた?」
「やや、大丈夫ですよ兄さん。
確かに最近食べ過ぎで体重が増えた気もしますが、それは胸に集まっているの大丈夫です」
「言葉に認識齟齬が甚だしい」
つーか、お前確か中三だろ?
それでお前の胸はBカップほどしかない様子だからどうあがいたってキツイだろ。
第二次性徴はそこまで急激に現れません。
そんな俺の心中を知ってか知らずか沙由良は「むむ、良いツッコミをしますね。さすが学兄さん」とほめたたえてる様子だ。
なんだろう、この若干バカにされてる感じ。
「ともあれ、デートの邪魔するほど野暮沙由良んではないのでこれにてドロンします」
「別にデートじゃないんだが......」
そう言って沙由良は立ち上がると俺の言葉に返答した。
「番い前の男女とて二人で行けばそれは正しくデートでしょうぞ。
公園の公衆トイレしかり、街の路地裏しかり、夏祭りの神社裏の茂みしかり」
「なんで全部人気のすくねぇ所なんだよ」
っていうか、それってR同人誌でありがちな舞台設定場所じゃねぇか!
番いって言葉に反応しようかと思ったけど、それ以上にツッコみどころしかねぇワードを出すんじゃねぇ。
「しかし、さすがにナニをしていたらこちら沙由良ん婦人警官が許しませんぞ。
直々に止めに入って、でも愛し合ってる二人の言葉に一理あって、その恋人同士の熱いパトスに当てられて気分が高まって、そのままパトスに流されて貪りあって――――」
「おいおい、負けてる負けてる。沙由良ん警官、モザイクページに突入しちゃってる」
俺達に言うどころか途中から完全に別の世界に入ってるじゃねぇか。
それにジャンル的に言えばこいつは雪タイプだ。
しかも、雪より自重がねぇ。
......なんで俺の近くには変態が近寄ってくるんだぁ。
いや、さすがに生野が可哀そうだなそれは、うん。
......実はこいつもムッツリだったりしないよな?
沙由良は俺の言葉にハッとした様子で顔を赤らめた。
さすがにそこら辺の恥じらいはあるか。
「それではこれにてドロン」
そう言って沙由良は風のように去っていった。
そんな光輝の妹を見て生野は終始驚いたような顔をして俺に告げてくる。
「な、なんか随分と個性的な子ね......」
「正直、俺もそう思ってるよ。
前は光輝の影に隠れたり、遠くからじっと様子を眺めてるだけの大人しい感じだったんだが......なんとも時の流れの残酷さを感じるよ」
「あんたまだ十数年しか生きてないでしょうが」
と言いますがね?
思い出した時にある記憶の中の沙由良と今あった沙由良は明らかに違いすぎるんですよ!?
あんなのをどう理解しろというのか。
「にしても、似てないわね~」
「ホントにな。あれで光輝の妹って言うんだから不思議だぜ。性格がまるで似てない」
「いやいや、そうじゃなくて」
そう言うと生野は自分の髪を指して告げた。
「どう考えても髪色違うでしょ?
陽神君は黒髪に対して、あの子は銀髪だったし。
顔立ちも明らかに西洋人形みたいだったし」
まぁ確かに。気になると言えば気になる。
とはいえ、それは些末な問題だ。
俺のラブコメ計画に支障が来なければ問題ナッシング。
結局ゆっくりとスイーツを堪能できなかったが、それはまた後日と考え会計しようと席を立ちあがると生野が何かに気付いた。
「ねぇ、これ。メモ帳じゃない?」
丁度沙由良が座っていた場所にあった小さめの一冊がある。
「ん? そうだな。もしかしたら置いてったのかもな。
まぁ、光輝の妹ってんだったら家知ってるし、俺が置いていく......あ、生野行けよ。家に行ける良い口実になるじゃん」
「い、良いわよ別に。私はもう知ってるから......!」
そうなのか? 一体いつの間に......ともあれ、そこまで進展してるなら案外生野ルートの開拓も順調ってことだな。
「ちなみに、何が書いてあるんだろうな」
「ちょ、勝手に見ちゃダメ――――」
そう言いかけた生野の言葉を無視してそのメモ帳を開き――――パシッとすぐに閉じた。
そして俺と生野は気まずい雰囲気になって、その店で解散した。
何が描いてあったかったえ? うん、ただの男女の激しめな営みさ......はぁ。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')