第64話 その言葉が意味するものは
俺は生野を背負いながら参加者が歩く順路を逆に歩いていく。
その道が本部までの距離から最短だからだ。
......雪女のような白装束に身を包んだ生野の恰好は肝出しでありながらなんとも妙な色気と違和感を醸し出している。
もともとこいつがモデル並みの容姿の持ち主であるが故なのだろうが......確かに雪女はその容姿で男を魅了すると聞くが、まさか俺が現在進行形で魅了されているのだろうか。
白装束でも隠し切れない巨乳が背中から圧をかけてくる。
生野も恥じらってそこら辺を気にしてるようだが、大きすぎるせいか結局当たってしまっている。
そして、俺も男だ。意識せざるを得ない。
くっ......デカくて、やわらけぇなチクショウ!
だが、こいつは大事なヒロイン様。
モブが出番もなく鼻の下を伸ばすのはただの変態と変わりない。
この意識を反らすためにも何か話題を出そう。
まぁ、その話題で聞くことと言えば一つしかないが。
「生野、一つ聞いていいか?」
「......何?」
「どうして結弦と代わった?」
「まぁそれは......」
そう聞くと生野は「やっぱ気になるわよね」と分かっていたような声色だ。
ということは、コイツは俺に言われることを自覚してそれでも尚実行したということになるが......何がコイツをそうさせた?
その疑問に生野は答え始める。
「距離を置いて考えてみたくなったの。
私が陽神君に対してどう思っているのかってことを。
一人の時間を作ればどうにかこの考えに整理がつくんじゃないかって。
でもダメね、こんな暗がりで考え事しちゃ。おかげで怪我までするし」
これは......恋愛感情の薄れから来る発言か?
確かに、この世界は漫画やゲームじゃない。
一度告白するという大きなイベントを行って、それで振られてもなお諦めきれずにハングリーに主人公を落とそうとするのは少ないと思っていた。
だから、長年片思いをこじらせた結弦に比べれば、一度告白までして相手の気持ちを知っている生野の主人公に対する恋愛感情の薄れは当然と言えば当然の成り行きかもしれない。
それでもこうして生野が一度告白してもめげずに頑張ってきたのは、本人の熱量もあるがその恋を応援してくれる存在がいた人も大きい。
その例で挙げるとすれば、それは生野の友達である樫木琴乃と阿木姪の二人であろう。
俺はあくまで自分の都合のいいように状況を作り出しただけだからな。
となると、その応援してくれる二人が生野に何か入れ知恵したのか?
「確かに、一度距離を置いて相手との気持ちを整理するのは悪くない。だが、個人的にはおススメしない」
「それはどうして?」
「単純に辛いだろ、そんなもん」
その言葉に生野からの返答はない。
しかし、なんとなく俺らしくないだろう言葉にキョトンとしてるだろうなーとは思う。
「俺だって嫁の時雨ちゃんがいるが、出来る限り離れたくないね。今だって無性に家に帰りたい」
「ふふっ、何それ」
「つまりそういうことだ。俺なんかが二次元に対してそう思ってるんだ。
だったら、三次元相手に恋してるお前は特に辛いだろうが。
お前がいくら想おうと相手には相手の生活があり、自分を考えてくれているかどうかもわからない」
俺の言葉に耳を傾けているのか生野からの返答はない。
しかし、俺は気にせず言葉をかけていく。
......心なしか心音速くなってないか?
「そんなわかりもしないことに時間を使って考えたって時間の無駄だし、心が擦れていくのを感じるだけ。
だったら、バカでも愚直に近くにいる方が辛くないし、思わぬチャンスが舞い込んでくることもある」
その良い例が結弦かもしれない。
結弦は小学校、中学校とずっと光輝のそばに居続けた。
特に中学というのは多感な時期だ。面白がって色々な噂が飛び交う。
特に恋愛関係には油に火をつけたようにあっという間に燃え広がっていく。
そんな他者に対しての影響も考えられない中学時代でも、結弦は頑として光輝の隣は譲らなかった。
そう考えるとあいつ今もそばにいるんだからスゲーな。
そうさせたのもあるけどさ。
「ま、もちろん距離を置いてわかることもある。
お前が何を考えてるのかは知らんけど、恋愛ってのは特に案外バカな方が上手くいくもんだぜ?」
言葉に説得力を持たせるように生野の顔を横目で見ながら告げた。
それに対し、生野は「あ~あ」と何やら感情を吐き出すような声を出した。
っておい、体を立てんじゃねぇ。後ろに体重かかってこけたら危ないだろ。
「なんであんたなんかにそんなことを言われなくちゃいけないのよ。っていうか、それって一体どこ情報よ?」
「ギャルゲーしかねぇだろ。だが、俺の恋愛観はそこらの野郎よりはしっかりしてると思ってる」
「一体どこら辺が? 言っておくけど、その言葉で思いっきり説得力失ったからね?」
なんだと!? 数々のギャルゲーで正しく今のようなシチュエーションがあったから、その時を参考にして告げたというのに!
「でも――――」
生野は急に俺の背中に張り付くように身を寄せてきた。
首の左右から回ってくる両腕はまるで後ろから抱きしめてるような感じで。
つーか、背中の胸のあたり具合がやばいんだが!?
柔らかくて、ほんのり暖かくて......とこれ以上は言わねぇぞ。
こんなことで乱されてたまるか。
そんな俺の状況を知ってか知らずか生野は耳元で囁く。
「ありがと」
「やめろ、くすぐったい」
「ははっ、そこ弱いんだねー。じゃあこうしたらどうかな......ふぅー」
「ぐあああああ! お前、ここで降ろして歩かせるぞ!」
「あーごめん! ごめんてー! 本当に降ろそうとしないでー!」
そしてそのまま生野に背後から思い切り抱きつかれながら本部に戻っていった。
――――数十分後
肝試しが終わり、最終日の今日は盛大にキャンプファイヤーが行われている。
丸太で組まれた巨大な焚火は周囲一帯を明るくし、天を焦がすように火柱を立てている。
そして、そのキャンプファイヤーの周りから適当な音楽が流れているせいか陽気な生徒達は踊ったりしている。
そんな中、ぐったりと芝生の上で寝転がっている俺は満点の星空を眺めていた。うわ~キレイ。
「何してんのさ、そんなところで」
星空を隠すように視界を覆ったのはこちらを覗くように見てきた生野。
......相変わらず胸でけぇ。
「お前こそ大丈夫なのか」
「意外と軽かったから大丈夫。歩く程度なら問題ないみたい」
「そっか」
ちなみに、結弦も無事に光輝によって生還しているようだ。
今は俺と違う場所にいるからわからんが。
あー、どうなってるんだろうなあの二人。超気になるんですけどー!
「ボーっとして疲れた様子だけど大丈夫? もしかして、私のせいで――――」
「胸でけぇなと思っただけだ」
「それって思っても口に出すことじゃなくない!?」
生野は顔を赤らめ恥ずかしそうに身をよじらせると一瞬にして両手で俺の目を抑えて視界を奪った。
暗くて何も見えん。つーか、手冷たっ。
生野の様子は全く分からなくなってしまったが、先ほどの質問に答えることにしよう。
「急にキャンプファイヤーの方を指さしてどうしたの?」
「いないか? そこら辺に妙にツヤツヤした顔で二人でダンスしてるのが」
「あー、わかった。ひめっちとゆきっちね。その二人と踊ってたと」
「ハードラックとダンスっちまった」
「誤用すぎるでしょそれ」
生野が来る前に俺は姫島と雪の欲求不満に付き合わされていた。
つまり気が済むまでダンスさせられたってことだ。
全く、俺は光輝達のラブコメ現場を目撃したかったのに......だんだんとあいつらの不満解消行動早くなってない?
そんなことを思っていると不意に視界が開けた。
そこには生野の姿はなく、満点の星空が見えたかと思うと俺の頭が突然持ち上げられ、柔らかい何かに着地した。
これは......ふ、ふとももか!?
「な、何やってんだ生野!?」
「へぇ、こういう事すればあんたも案外反応するのね」
「当たり前だ! お前は光輝のヒロイン様だぞ!?
どこぞのモブが触れていい存在じゃねぇ!
それにこんな場面見られたらどう言い訳が立つってんだ!」
「......確かにそうかもね」
「だったら――――」
そう言いかけた時、俺の頬を押しつぶすように生野が手を当ててきた。
まるでこれ以上は言わせないように。そしてそのまま話し始める。
「私さ、さっきの距離を置いたのは正解だったかもしれないと思った。
結果はどうあれ私の中に確かな感情が一つあることだけわかったから」
「......ふ~ん、良かったじゃん」
「もう少し興味持ちなさいよ」
生野の手を引っぺがすとため息交じりに返答してやった。
「そんなわかりきったことにいちいち反応する体力は残ってない」
「わかってないわ」
生野は再び俺の顔を覗き込んだ。
そのせいか僅かに視界は暗く感じ、そんな状況で見たその瞳になんとなく熱量を帯びているような気がした。
「わかってない」
そして生野は俺に念を押すようにもう一度告げた。
どこか優しく見つめるようで、自然と上がった口角のまま。
その目からなぜか目が離せなかった。
聞こえた周りの喧騒も空耳であったかのように。
その瞳に満点の星空があるかのように俺はただなすがままに見つめているだけだった。
そして、カシャッと脳内でシャッターの音が響き渡るのだ。
その表情を記憶に残すように。
生野がどうしてそんな顔をしているかはわからない。
何が吹っ切れて俺をからかうような動作も何を意味しているのか。
しかし、嫌な予感はしていた。
変なフラグが立ったようなそんな感じ。
きっと俺は......そう思い込みたいだけなのかもしれない。
「ま、今は無理だろうけど、あんたの言う通りもう諦めないから。こう見えても諦め悪いし」
「......そうだな、一時まで男子を惚れさせるゲームをしていた悪女さん?」
「ちょ、それは......その......もう過去のことだから! 私も悪かったと思ってるわよ!」
「悪女が恋して真っ当になる......あはははは、ありがち~」
「めっちゃいい笑顔で笑うなしー!」
ともあれ、そう思い込みたいだけなのならまだそれでいいだろう。
案外杞憂ということもあるかもしれないしな。
ま、つまりはこれ以上の思考を放棄したわけだ。ぐわ~、太ももやわらけぇ。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')