第61話 お前らめんどくさ!
「ねぇ、昨日の夜どこいってたのよ!」
「......」
オリエンテーションが終わり、その時は別々のグループであったため姫島には会わなかったが......やっぱり飯盒炊爨の時は会うよな~。
そして現在、姫島が俺の目の前でムスッとした顔で立っている。
頬を膨らませて明らかに怒ってますよーと示すように。
しかし、どうしてこいつは俺が昨日の夜いないことを知っているのか。ちょっと怖いんだけど。
俺はカレー作りにおける一番重要な火の番を担当しながら、姫島を相手する。
ここは調理担当の光輝達の様子が見やすいからな。
「俺だって友達はいる。だから、そいつと青春を謳歌しに夜の森に繰り出してみただけだ。他意はない」
「そこに生野さんがいたのに?」
なぜ知ってる?
最近、こいつの行動がヤンデレのそれに似てきたのは気のせいだろうか。
「あいつとはたまたま会っただけだ。にしても、どうして俺が夜出たこと知ってるんだ?」
「そりゃあ、知ってるわよ。夜這いに行く所へのルートはキッチリ調べてあったもの」
「は?」
その瞬間、衝撃が走る。
こいつの意味不明な言葉に対して。
いやいやいや、その言葉はおかしいだろ!
だって、俺達は一つのログハウスに5,6人でいるんだぞ!?
そこに夜這いとかどこのエロ同人だ! 正気じゃねぇ!
「わかってる。わかってるわ、あなたが言いたい事。
どうやってその状況で楽しめるのかってことよね?」
「絶妙に論点が違う」
「大丈夫よ、安心して。ちゃんとあなたと夜の森に繰り出して私達だけの林間学校補習(保健体育)をするだけだったから」
「微塵も俺は安心してないし、なんでちょっと本気で一線超えようとしてんの?」
「安心して。エロコメで収まる範囲にしておくから。
半強制的なT〇Loveるになるだけだから」
「不可抗力極まりない!」
なんだ半強制的なT〇Loveるて!
あれはハプニングでそうなるから成立してるのであって、お前側からやったらそりゃただのエロ同人じゃねぇか!
つーか、コイツの言い方だとお前はそういうこと望んでるみたいな判定になるけどそれでいいの?
常々変態とは思ってたけど、サキュバスと思ってたけど!
欲求不満をこじらせてんじゃねぇ!
「『欲求不満をこじらせんじゃねぇ』みたいな顔してるけど」
なんで俺の心読めてんだよ。一字一句同じじゃねぇか。
「私的にはあなたが悪いと思うのよ。
だって、いくら生野さんが担当だからって“私達”を蔑ろにするから」
「私達?......いっ!?」
その瞬間、首筋に冷たさと小さな手の感触を感じた。
あまりの不意打ちに声が漏れて、その声を姫島ともう一人の聞き覚えのある声が笑っている。
「どうです? びっくりしました?」
「あぁ、びっくりした。単純に驚いたのと雪がこんなことをするタイプだったっていう二つの意味で」
「私は冗談で済ませてくれる“信用している”人にしかしませんよ。もっともやったのも初めてですか」
なるほど、そう来たか。なら、こちらも反撃と行こう。
「そうかそうか、初めてか。なら、俺は雪の『初めて』を貰ったわけだ」
「影山君! その言葉は聞き捨てならないわ!」
「は、はは、はじ、初めて......私の初めて......あわわわわ」
これで雪はしばらく妄想にふけって大人しいだろう。鎮火完了。ラ〇トム。
「な、なるほど......こういう形でも初めてを奪ってもらえるのね。
でも、私はやはり物理の方が.......」
「物理の方がじゃねぇよ。諦めろって」
お前のその執念ともいえる好意の持続化には感心するけど、相手が俺でなければ......うん、俺でなければいい。
姫島はあごに手を当てて「悪くないわね」と独り言ちる。いや、どこら辺が?
そんな俺の死んだような目からの視線をよそに姫島は聞いてきた。
「それで結局生野さんとは何を話したの?
あなたのその様子から生野さんに好意を向けてる感じってなさそうだし」
「本当の目的はそれだろ」
姫島の言葉を聞きながら、米が炊けているかの様子を見てうちわで燃える火に空気を送ってやる。
そして、適宜光輝達の様子も観察......あ、光輝が乾さんに手を握られながら調理してる。
あれは絶対意識してるだろうな~。
「俺は今日のことを話しただけだよ。
ほら、不思議なほどのご都合主義な状況になってるだろ?」
「そうね。クラスが違う生野さん達と一緒に調理するなんて......こういうのは本来クラスごとで、さらにそのクラスでグループをいくつか作ってって感じなのに随分とおかしいわね」
「それが俺のコネ」
「あなた、時折学校の理事長並みの権限持ってるように感じるの何?」
それは教えらんぇねよ。もっとも教える気もないし。
知ってるか? 世のラブコメの親友はこういうことしてる......かもしれないんだぜ!
......って、結弦の奴、光輝と言い感じで隣に並んで隣に並んで調理してるな。
時折見える笑顔は随分と輝いてる。
あー早くそれをおかずに目の前の銀シャリ食いてぇー!
「まぁまぁ、お前は気にすることはない。
ともかく、今回の林間学校で俺はお前らを相手にしてる暇はない」
あ、生野が足を滑らしたところを光輝が助けてる。いいですね~ナイスですね~。
そんなことを思っていると突然予想外の反応を食らう。
「それは嫌ですぅ!」
「いっ!」
「なっ!」
背中から感じる小さな体の温もりと僅かに柔らかさを感じる部分。
不自然なほどに俺の意識が背中の感触へと吸い込まれていく。
俺の首の両横からは細く短い腕ががっちりと回ってすぐに離れる気配はまるでない。
不味い、なんか胸の奥のざわつきが大きくなっていく。
「ゆ、雪さん!? 突然何をしてるんですか!?」
なんか声のトーンがおかしくなった!
「そ、そうよ! さすがにあたしでも抱きつくことを許した覚えはないわ! まずは私を通しなさい!」
「お前は俺のマネージャーかなんかか! って、そこじゃねぇだろ! ツッコませんな!」
相変わらず我欲の強い奴め。
遠回しに自分もやりたいみたいなこと言ってんじゃねぇよ。
だが、今はそれよりも何故雪はこのような思い切った行動に出たんだ!?
一度深呼吸して......よし、ざわつきが収まってきた。
ここは冷静に問いただしてみるか。
「雪、何をしてるんだ?」
「......わ、私だって蔑ろは嫌です。
だ、だから、すす少しぐらいは意識てもらわないと......あと影山さん成分を充電中です」
「どのくらいの割合で?」
「1:9ぐらい......」
まさかのほぼ充電! さっきのセリフ建前もいい所だろ!
そんな雪の言葉に反応しないはずがない人物がいたことに一瞬忘れていた。
「ずるいわ! それだったら私だってするわよ!」
「は?」
そう言って姫島は俺の片腕を取ると胸に押し付けてきた。
あ、あ、俺の腕がπに! πに挟まれてる!?
な、なんなんだ! この状況は!
俺はなんで背中から雪に抱きつかれて、姫島には腕に絡みつかれてんだ!
俺に吹いてきた唐突なラブコメの波動......!
つーか、周りに人いるんだけど!?
でも幸い気づかれてない......っておかしいだろ!
これだけおかしな構図してる連中がいて気づかれないなんて!
にしても、こっちの心拍数が上がって来てるっていうのにこいつらは恍惚の笑みを浮かべやがって......!
なんだ? 俺は適宜こいつらの欲求不満に付き合ってやらにゃ公衆の面前でこのような行動に出られるって言うことか!?
なんてめんどくさい連中だ!
最近、妙にあいつらの風当たりが強かったのはまさかこうなることの兆候だったのか?
だとすれば、好意を知っておきながら自然消滅で放置した俺にも責任があるってことか......だが、今の俺が何を言おうとあいつらの意思が固すぎて変わらない気がするんだが。
っていうか、さすがの俺も色々と限界だ!
俺だって健全な男子高校生なんだぞ!
そこを意識しやがれ馬鹿野郎ども!
俺は素早く開いている片手で二人の額にデコピンをしていくと怯んだ隙に脱出。
そして、中和するように光輝に絡みに行ったのであった。
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