第59話 何? なんなのこいつら?
もうそろそろ夏本番にもかかわらず、太陽の光が森に遮られた空間というのは存外涼しい。
ジャージの下を履かなきゃいけないが、それでもそこまで暑さでうだることはない。
しかし、少しは運動してるとはいえ帰宅部にとって山登りは大変である。
「なぁ、今ってスタートしてからどれくらい? もう中間超えた?」
「いや、まだ前半も前半だけど」
俺が尋ねると光輝にそう返された。
そりゃ当然その反応が返ってきますわな。
全く、うちの光輝君は真面目君なんだから~。
もうちっとふざけてもいいのよ?
にしても、やっぱしこういうイベントの裏側って途方もなく地味よな。
漫画でも大抵は何か進展ありそうな場面を切り取って後は順調に沢登りを楽しみましたって感じだし。
いやまぁ、そりゃあ地味だからね。
日常回をやれるほどの自由度はないし、しゃべって歩いてるだけだし。
ラブコメってモブ視点からすれば随分と恋愛に時間かかってんなーって思うよな。
それこそ、読者が思うよりもよっぽどに。
まぁ、そういうじれったい関係でイチャイチャするのがラブコメの醍醐味なんだけど、今見た感じ光輝達に特に動きらしいものはないし。ふぅー退屈だな~。
ちなみに、今俺がいるメンバーは光輝、乾さん、結弦、生野の四人で、少し後方に姫島と雪がいる。
俺達のペースが若干早いのか、それとも運動不足の二人が原因かわからないが、二人は少しずつ距離を作られていった。
まぁ、別にあいつらがいようといまいと今は別にいいのだが、さすがに知り合いを見捨てるほど鬼には慣れないよな。時と場合は読むけど。
仕方ないここはいっちょ声かけてやるか。
「二人とも大丈夫――――」
そう言おうとした時、両サイドから声をかけられる。
「よっす~、かっちゃん」
「こんちわ、かーちゃん」
「......何の用でしょうか?」
声をかけてきたのは樫木琴乃と阿木姪の二人。
正直言って接点は全くなし。
近づいてきたわけもわからん。
ちなみに、46話ぶりの登場である。
生野の親友ギャルであるその二人が何の用で俺に?
つーか、もう友達みたいな距離感なのな。
「いやまぁ、りっちゃんが世話になってるしね。あ、琴乃でいいよ」
「だから、話してみたかったけど......なんか聞いていた話と違う? 姪でいい」
細い目で確認するように阿木が顔を近づける。
やめろ、唐突にギャルディスタンスを作り出すな。
世の童貞を確キルしてきた技をナチュラルに使うな。
......と、言いたいところだが、その言葉で下手に生野との関係がこじれるのは不味い。冷静に聞き返そう。
「聞いていた話?」
「うん、りーちゃんはよくかーちゃんに弄られたり、バカにするように笑われたりするって聞いてたから。もっと意地汚い奴なのかと」
あいつ、裏で随分と言ってくれるじゃん?
「でさ、その言葉遣いとか妙に明るい声色とかってもしかすると“営業用”でしょ? もっと自然体の方を見せてよ」
琴乃が笑ってそう告げてくる。
こいつら、俺が演技してるのわかってんのか?
それは今の俺よりも生野の言葉を信じてるってことか。
なら、下手に隠すよりも明るみにした方がいいな。
「ふぅ......で、何? 俺に何か吹っ掛けるつもりか?」
「へぇ、そっちが素か~。案外嫌いじゃない」
「その死んだ目のような感じでさらに目つきの悪さ......意外とストライク」
「お世辞どーも。で、本題は?」
光輝達との距離は上手く作れたな。
これなら生野にこいつらの存在を気付かれることはない。
姫島と雪は......あいつら、少しは運動しろ。もう姿すら見えん。
俺の訝しむ目に凜とした男らしさを感じる琴乃が相変わらず笑顔で答える。
「別に何もしないさ。むしろ、何かした後の方が仕返しが怖いからね」
「私達はかーちゃんが『提供屋』って呼ばれてることを知ってる。
そして、そのコネで情報操作されたら私達はすぐにアウトってなることも」
「なら、結局何の用なんだ? 生野のことなら確かに面白い反応するから弄っちゃいるが、別にイジメるような何かはしてないぞ?」
「ああ、そこら辺は何も心配してない。
りっちゃんがかっちゃんの事話す時随分と楽しそうな顔をするから。『同志が~』ってさ」
「ん? だったら結局何が言いたいんだ?
お前らは生野のことを心配して様子を聞きに来たってところか?」
どういうことだ? イマイチこいつらの話の内容が読めてこない。
俺の質問に姪は「それも理由の一つなんだけど......」と上ジャージの袖で萌え袖しながら、顎に当ててあざとく何かを考えると告げてくる。
「かーちゃんは好きな人いる?」
「......は?」
「姪ちゃん!? それは直球すぎない?」
姪の発言に琴乃が慌ててる。
しかし、琴乃の発言は姪の発言に対して否定するような感じはない。
つまりはこの二人は俺の何かを探ろうとして近づいてきている。
ギャル故の距離感の詰め方が仇となったみたいだな。
しかし、その目的がイマイチ読めない以上はあえてその話に乗るのも悪くない。
さあ、暴いて見せようお前らの目的を。
「いねぇよ」
「ホッ、そっかそっか。嘘じゃないよね?」
「嘘ついてどうすんだ」
「まぁ、嘘つくメリットは特になさそうだしね。
でもさ、好意を寄せらている相手はいるんでしょ?」
生野、てめえ......! 余計なことをベラベラと!
お前まさか、俺のやってること光輝達に伝えてないだろうな?
伝えてたらいくら同志のお前であろうと処罰するぞ!
「......生野からの情報か?」
「いや、別に」
「は?」
「今、りっちゃんがベラベラ話したと思って諦めて白状したでしょ? でも、実際は言ってないから」
「どう? こーちゃん、こういうの上手いんだよ?」
「......ほう、やってくれるじゃねぇか」
まさか生野にこんなことが出来る参謀的役割のギャルがいるなんてな。
いや、なんだよ参謀的役割のギャルて。
ともかく、生野疑ってすまん!
「で、それを聞くということは少なからずそちら側にメリットがあるからなんだよな?」
「メリットね......まぁ、なくはないと。親友だし」
「親友......親友か、そうかそうか。
お前ら生野を光輝以外の彼女にしようとしているだろ」
「「......っ!」」
おうおう、琴乃は未だしも姪の奴は細めが思いっきり開かれてやんの。
つまり核心を突いて思わず動揺したってことだ。
「それはさすがに違うよ」
まぁ、琴乃はそう返してくるだろう。
なら、さっきのお返しをしてやるよ。
「まぁ、否定するのは結構。
でもな、生野から話を聞いてるならわかるはずだ。
俺がいつでも生野と連絡できるようにそういったツールを仕込んでることを」
「......っ! そうだよ、その通り」
「なるほど、そうなのか」
「え? 気づいたから言ったんじゃ......はっ!」
「自分でやった同じ手口で引っかかっちゃざまぁないぜ、琴乃さん?」
「ふふっ、やっぱり嫌いじゃないね」
「......? あ、そういうこと」
まあ、俺のやったことは琴乃のやったことをそっくりそのままお返ししてやっただけだ。
琴乃は俺が提供屋であることを知ってて、生野に協力してるとわかっているから俺の言葉を信じた。
まぁ、勝手に裏読んで自爆......悲しいがさっきの俺と同じだ。
やっぱりやられっぱなしは性に合わないな。
それに俺は一方的にやるのが好きなタイプだ。
「で、その相手ってのは誰だ?」
「さすがにそれは答えられないよ。でも、今考えたら正直りっちゃんに渡すのはすごく惜しいと思う」
「ほぅ、こーちゃんがそこまで言うなんて」
「何言ってんだ?」
「さすがにそこまでは気づいてないか。
それは好都合でもあるし、りっちゃん自身に原因があるし」
琴乃の奴、ほんとに何言ってんだ?
全く脈絡が読めない。
たまに漫画で出る妙に悟った奴的な?
なんか不気味だな。
「何言ってんのかはこれっぽちもわからんが、お前は友情を取ったってことか?」
「これっぽちもわからない状態でその言葉が出るなんてすごいね。
その通り。ほんの気まぐれかもしれないけど」
「......まぁ、別にお前が何するかは興味もないが、どうせやるだったら自分が後悔しないやり方と心構えをすることだな」
そう言うと琴乃は「後悔しない、か」と呟きながら考え込む。その姿が妙に勇ましい。
クールという印象をこういう人物にあるべきだろ。
似非クールの姫島には早く引退して欲しい。
そんなことを思っていると不意に肩にボディタッチされる。む、何事?
「それじゃあ、もし君が社会に出てもフリーで私と出会うことがあったらその時はいただこうかな」
「......え、何? 捕食宣言?」
「そうとも言う」
「こ、こーちゃん、ワイルド~」
俺は突然何を言われてるの?
え、何? いただくって?
もしかして俺、クールギャルに口説かれてる?
様々な言葉が疑問符付きで脳内を駆け巡る。
そんな俺を見て琴乃はクスクスと笑いながら、相方の姪と一緒に歩くペースを落としていった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')