第56話 最近、女心がわからん
時は6月下旬に入った。長いようで短いようで。そんな感覚の時間経過だ。
つまりはまぁ、面白いこともあったし、逆につまらなかったこともあるという誰にでも感じるような日々であったということ。
そんな俺の高校生活も程なくして最初の夏休みへと突入するだろう。
その前に俺の学校では二つのビッグイベントがある――――学期末テストと林間学校だ。
学期末テストはとやかく言うこともあるまい。
7月に入って最初に行うテストだ。
この結果によって夏休みの補習の有無が決まる。
そしてもう一つが高1最初で最後のイベントである林間学校だ。
タイミング的には学期末終わった後での開催で、なんでも担任曰く「疲れた脳を自然に癒してもらおう」とのこと。
これは生野と光輝を近づけるための最大のイベント。絶対に逃すことは出来ない。
故に、俺はホームルームで決められる林間学校の実行委員として立候補した。
当然、俺が現場を支配しやすくするための行動だ。
俺が立候補すれば当然のように手を伸ばす奴もいる。
もはやどこかの姫島さんでしかない。
そんな俺達は晴れて実行委員となり最初の会議を終えて――――とある自分の教室に戻っていた。
実行委員としての会議が行われるのは放課後のみ。
場合によっては朝のこともあるらしいが、大抵はその時間なので終わればすぐに帰宅や部活に向かう人も多い。
そんな時間帯にどうしてわざわざ教室に戻っているのか。
それはとあるクラスの実行委員が見事に知り合いだったからだ。
「まさかお前らがいるとはな」
「それはこっちのセリフだな......ってことはないな。
お前のことだから絶対いると思った」
「僕は写真部として林間学校の時は撮影担当としてここにいるんだ。
こっちの方が自分達クラスや他のクラスがどう動くか確認しやすいしね......盗撮もしやすいし」
「余計なことはボソッとでも呟かない方が良いぞ」
俺の同業者である主にエロ本を調達し売る渡良瀬健とギリエロにならないラインを攻める盗撮写真を売る名撮友梨亜である。
ちなみに、45話ぶりの登場。
「まぁ、お前らのことは何となく察してたが......こっちは予想外だ」
「わ、私は、影山さんに会えるかと思って......」
「あたしは雪が行くってんだから面白そうだから。ま、同志がいるとは思わなかったけど」
雪は渡良瀬とは一度面識があるがまだ若干慣れてないのか声が弱々しい。
その一方で、生野は相変わらず初対面でもフランクな対応だ。
しかし、この二人がどうして......とはもう思う必要ないな。
だって、雪が答え言っちゃったもの。
にしても、問題なのは雪が俺が想定しているよりも思い切った行動をしている点。
まさかこうでもして会いに来るとは......確かにクラスが違う分姫島よりも接触回数は少ないが、それでも話してるぞ?
なんだろうな、ヤンデレに化けんでくれよ?
そんなことを思っていると横に座っている渡良瀬からわき腹を肘打ちされる。「こっち向け」ということだろう。
そうして向いてみればまるで一見仲の良さそうに見える肩組みで背後に鬼神を宿した笑顔の渡良瀬の姿があった。
流石の迫力にちょっとビビるぞ。
「おい、どうしてお前がスクールカースト上位の生野と親し気なんだよ!」
小声であるが怒気混じりの声でそう聞いてくる。
おい、血涙しそうになってるが大丈夫か?
「前にも言ったが、あいつは俺のターゲット。つまりは光輝のラブコメヒロイン様だ。
俺が仲良くしてんのはまぁ馬が合うってのもあるが、それ以上に遅い登場の生野の光輝に対する好感度を上げるためだ。
そうじゃなかったら、今頃俺は二人からリンチ食らってるだろうよ」
「二人って......あー親指姫と華凜姫か。いや、さすがにそこまでしないだろ」
「ねぇねぇ、二人が話してるのって“陽艶姫”のこと?」
話をしていると友梨亜が割り込んできた。
相変わらず女子のような見た目だが、男である。
服装はあくまで男の制服であるが、男の娘である。
あ、いや、本人的には男の娘じゃないだっけ?
にしても、なんじゃい「陽艶姫」て? もしかして、姫島と雪に続く仇名か?
「それって生野のことか? 俺、知らんのだが」
「それは仕方ないと思うよ。
だって、その呼び名をしてるの生野さんの友達二人だけだし、僕もクラスに一人生野さんの友達がいてその人からたまたま聞いただけだし」
生野の友達っていうと樫木琴乃と阿木姪か。
どっちも割に噂の多いギャルで生野の大親友だ。
となると、周囲への影響力は大きいし、そう立たんうちにその仇名も広がりそうだな。
つーか、姫多すぎだろ。
「ちなみに選考基準とかあったりすんのか?」
渡良瀬がそんなどうでもいいことを聞いた。だが、案外気になる。
「まあ、まず生野さんがスクールカースト上位ってことと常に太陽のような明るい笑みを浮かべてることから『陽』で、ギャル特有の着崩しコーデやスカートの裾を折ってミニスカにしてる辺りが艶美ってことで『艶』。合わせて『陽艶姫』」
その後に友梨亜は「なんでも例の二人に対抗して作ったらしいよ。いいよね、自然と胸チラしてる服はとってもエロティックにならないし、けれどもエロく感じるから」と意気揚々に言うが本人近くにいるぞ。
「最後のお前の撮影対象としての感想はいらん」
そう言うと友梨亜は「なんだよもー」と頬を膨らませる。
やめろ、普通に可愛いから。少しだけ親の気持ちわかるわ。
俺でもお前の名前を「友梨亜」ってつける。
にしてもまぁ、その三人の姫とこうして関われてることはなんとも幸運なことだろうか。
そのうち二人からは好意を抱かれてる。
なんとももったいない人生だろうか......それを俺自身は棒に振るつもりなんだから。
これも何かの縁と言うべきか。
意図せずこの三人が集まるのも何かの運命? それとも偶然?
もし前者だとすれば、この先の俺の運命を教えて欲しいね。
俺達男子の会話をよそにお姫様三人は存外仲良く談笑中だ。
そこにギスギスした気配はない。
けど......なんだろう。この違和感。
別になんてことないはずの風景なのに、俺は何か既に読み間違えてる気がする。
これは単なる眩しく見える三人に対する劣等感がそう誤認させているのか?
それとも俺は本当にあの三人を制御できてるのか?
そのどちらでもない可能性もあるが......現時点ではわからないな。
それから俺達は集まりはしたものの、結局特に進展はなかった。
一応、俺が集めた目的である「林間学校の件、俺に協力してくれ」ということも秒でOKされてサラッと流された。
一応、その時の想定される質問も用意してたんだけど、一瞬で無駄になったな。
ギャルゲーやるのを惜しんで簡単に作ってたんだけど。
そんなこんなで時間は過ぎ、渡良瀬、友梨亜、生野、雪は帰っていき、教室に残るは俺と姫島。
「お前は帰らないのか?」
「影山君が微妙に浮かない顔をしていたのが気になってね。どうかしたの?」
「なんだろーな、俺にもよくわかんねぇけど、お前ら三人を見てなんか違和感感じた。誰に対するかはわからないけど」
「そう。でも、それだけで理由がわからずとも気づけるなんてすごいと思うわ」
そう言いながら姫島は窓から夕陽を眺める俺の横に立つ。
そして、その顔を夕焼けに染めながら微笑んで告げる。
「もうすぐ夏休みね。ラブコメの支配人さんはどういう生活をお過ごしの予定?」
「まだ早い。7月にもなってないし、夏休みの前にテストだって......あ、そっか」
わかった。俺が感じていた違和感の正体が。
「その様子だとわかってしまったようね。まあ、どうするかはあなた次第よ」
確かに、俺次第だ。
任せることも出来るが、恐らくほぼの確率で失敗する。
それに生野のことは俺の管理下だ。
初めから俺がやるしかない。
「生野さん、あなた――――」
「あいつ、成績ほぼ最底辺じゃん!」
「え?」
「え?」
なぜか姫島がキョトンとした顔で見てくる。ん? 何故のその顔?
だって、お前ら三人で姫島は俺よりも上だし、雪は俺より低くても赤点ラインよりは十分上だ。
しかし、生野は俺が調べた中ではがっつり下。
この学校に入ったのだってかなりギリギリだったらしい。
となると、このまま赤点で夏休み補習となれば、少なからず確実に補習は逃れる光輝との夏休みイベントがなくなってしまう!
これは早急に解決しないといけない事態だ!
「姫島が言いたいことって生野の成績が不味いってことじゃ......?」
「違うわよ」
「え」
「違うわよ」
「......」
「......一つだけ言わせてもらえば、あなたこの調子だとまた失敗するわよ?
回避するには本人が自覚しないうちね!」
そう言って姫島はムスッとした様子で帰っていった。
その言葉の意味を理解するのはまだかなり先のことであった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')