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第55話 え、長っ! え、恥っ!

 風邪が治り、俺はいつも通りの日常を迎えていた。

 最初こそ、姫島や雪に朝から「風邪なら世話ぐらいさせてよ」と謎のお叱りを受けたが、それ以降は何かと問題ない......と思っていた。


 そんな俺は放課後になって図書室の一角で机に突っ伏している。

 その原因を作ったのは間違いなく生野だ。

 俺の見舞いに来て帰り際にいった時のセリフ。

 あれが頭の中で離れない。


 よく漫画で読んだ恋のドキドキではない。

 何かに焦っているような、異様な不安に駆られているようなそんな感覚。


 まあ、その感覚はきっと俺が光輝を主人公とするラブコメの話で随分とでしゃばりすぎなんだと思われる。

 俺が生野と関わりすぎなんだ。たまたま遭遇したからとはいえ。


 そして、帰り際に感じた脳内カメラがシャッターを切る音。

 それは姫島や雪に感じたそれと同じで、だからこそ妙に嫌な感覚が付きまとう。


 今日一日、俺は生野のことを観察してみた。

 だが、あいつは相変わらず光輝にぞっこんとした感じで、杞憂と思えば杞憂になるかもしれないが......不安だ。


「はぁ~、わからん」


「どうしたんですか?」


 俺の呟きに対して反応した者がいた。

 この声は......雪か?

 そう思って顔を上げて見ると案の定雪であった。

 その両手には借りる予定か既に借りたのかわからない本が何冊もある。


 雪は俺の横にすんなりと座っていく。

 まるで定位置であるかのように。

 その表情に前まであった多少の恥じらいはないみたいだ。


「まぁ、色々と考えなければいけないことがあってな。それに対する解決策を模索中」


「だけど、それが行き詰っていると?」


「そんな感じ」


「何か悩みがあるのなら私、影山さんの力になりたいです!」


 雪はフンスと熱量の籠った瞳を向けてくる。気合は十分のようだ。

 とはいえ、雪にはすでに乾さんのことを頼んでいる以上、これ以上の負担は俺の身勝手と言えるだろう。


 俺が雪に返答する言葉を思いつかないでいると雪は一つ俺に提案してきた。


「それでは、一旦その話を置いといて他愛もない話でもしてみませんか?」


「何故?」


「確かに考え続けることで答えが導けることもありますが、すでに考えていて行き詰っているのなら一旦休むなり、気分転換をするなりした方が良いと思います。

 そしたら、時にはそれらから良いヒントが浮かぶこともありますよ」


「なるほどな~」


 確かに、疲れた脳じゃ効率のいい思考なんてできやしないし、だったら他に出来ることに時間を割いた方がいいか。


 それが勝手に本来考えていたことの別のアプローチに繋がる場合もある。よし、その話乗った。


「そうだな、今日は考えるのをやめにしてたまにはのんびり話すか。とはいえ、小声でな」


「はい!」


 雪の意見に同意した姿勢を見せると雪は満面の笑みで返事した。

 うん、笑顔はまさしく天使――――


「では、テーマは“人妻”なんてどうでしょ?」


「何がどうしてそのテーマ?」


 だけど、その思考回路はムッツリ悪魔かー。

 姫島と違って別ベクトルの残念さが感じられる。

 っていうか、他愛もない話でテーマに「人妻」て。

 すでに話のジャンルが濃いわ。


 そんなことを思っていると雪は至って真面目に話し始めた。


「私的な意見ですが、昨今何かとそういうテーマの話が多いと思うんです。不倫しかりNTRしかり。

 で、どうしてそういうジャンルが流行るのかが気になりまして」


「な、なるほど......」


 真面目に話してくるから余計に困る。

 変な茶化しとかもなんかしずらいし。

 まぁ、真面目に話そうってんならこっちもそのスタイルで行くか。


「そうだなぁ、確かにコンビニとかで見かけるゴシップ誌みたいなのにも表紙にそういう特集があるみたいな書き出しをよく見かけるし、これに限っては案外現実にも影響及ぼしてるかもな。

 いや、現実から影響を受けたという方が正しいか」


「ですです。ですがやはり、現実では倫理感や法という裁きという問題が起きてしまうので、それを妄想に押しとどめるだけなら表現の自由になるので小説や同人誌に多いのかもと思っています。

 そう言った意味ではレイプものや調教ものもその一種と考えられますね」


 なーに言ってんだこの子?

 そんな真剣な眼差し送るテーマじゃないから。

 それに付き合う俺も俺だけど。


「確かに、そう言うのはあるかもしれないな。

 平和慣れしすぎた人間は刺激を求めてるんだろうよ。

 でも、実際にやるのはあまりに危険だから、安心安全な漫画や小説でもってところだな。

 まぁ、他にあるとすれば現実とのギャップじゃないか?」


「ギャップですか?」


「ラブコメもそうだが、ラブコメってのは主人公が学校の美少女とイチャイチャする話だ。

 だが、それを現実に戻してみようものならそんな女はまずいない。

 誰からもモテるような女はそいつ自身によっぽどの何かがない限りきっとどこかの彼氏だ。

 見かけるタイプの女がいても恐らく8割彼氏がいると言っても過言ではないだろう」


「それは......さすがに過言では?」


「普通はそれだけいるってことだ。で、そういう人がいるからこそ欲望や憧れが強くなる」


「なんとなく話が見えてきました。

 それってタイプの人に彼氏がいて、そのタイプの人が自分の彼女だったらーと妄想するのも同じですか?」


「同じ。俺が言いたいことはそういうことさ。

 結局自分の理想は他人の姿で、隣の芝生は青く見える。

 他人の求めてるのが自分かもしれないのにな」


「......」


 不意に光輝の顔が思い浮かんだ。

 言ってしまえば、俺も誰かを羨ましがる一人の人間でしかない。


 俺も光輝だったら......と考えたことはある。

 別にラブコメの主人公として動きたいわけじゃない。

 単にあの俺を友達と思ってくれてるあいつになりたかっただけだ。


 でも、結局わかることは自分の気持ちだけで、相手の気持ちは完璧にはわからない。

 だから、どこかで俺になりたいという人もいるかもしれない......いたらいたで可哀そうだけど。


 雪が何だか悲し気な瞳でこちらを見てくる。

 うーむ、俺の顔に思わぬ表情が出てしまっていたみたいだな。


「ごほん。つまりだな、そういうジャンルが流行るのはいわゆる憧れだよ。

 大抵は実際に不倫をしたいとかNTRがしたいとかじゃく、単に現実の自分に置き換えて好きな人が手に入ったら~と考える。

 だからこそ、それらのジャンルに一定の評価がある。まぁ、そもそもそれらが好きなタイプもいるだろうけど」


「......影山さんはこの世界がラブコメだと思いますか?」


 不意に雪がそんなことを聞いてきた。ふざけてるわけじゃなさそうだ。


「まぁ、ある一部の人間からしたらそうじゃないか?

 俺はその世界で言えば単なるモブだけど」


「影山さんはモブなんかじゃないですよ。

 前も言いましたが私にとっては影山さんは主人公(たいよう)です。

 今の私には影山さんが考えてることはわかりませんが、いつか必ず理解してみせます!」


 雪はキリッとした強い眼差しを向けてきた。

 その迫力に僅かに気圧される。

 その瞳に宿る熱量は相変わらず減ることはなく、むしろ増している。


「というわけでですね......」


 すると雪は何かを探すようにスクールバッグを見ると一冊の本を渡してきた。


「はいこれ」


「.......なにこれ?」


「そんな現実的考えをお持ちの影山さんにはピッタリの『俺を理解できるならして見せろ~現実主義者の童貞(ヴァージン)を奪うまで~』という官能小説(一冊)です」


 んんんんん?


「.............え? あ、え? これまでの話って?」


「この本を出すための話題提供ですよ?」


 前フリ長っ!?


「真面目に話してたのは?」


「好きなものを共有したかったんです」


「......そう」


 そ、そっか.....雪が真面目に話してたのって好きな本を勧めるためだったのね.....。

 確かに雪は本好きだからわかるけど......。

 俺はそんな前フリに真剣に話してたのか......。

 なんだろうね.....この込み上がる膨大な羞恥心なんだろうね


「では、私は新刊の発売日なので失礼します。またお話ししましょうね」


 そう言ってルンルンで雪は手を振りながら帰っていった。

 その後の俺の羞恥心による悶えは押して図るべし。

 ただ、その小説の内容は案外面白かったし、いい気分転換にはなったとだけ伝えておこう。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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