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第53話 初登場なのに......

 人は意味もなくネガティブな思考にはならない。

 そうなるには必ず要因がある。

 今の俺も無性に自分のダメさを感じ、色々な考えが後ろ向きになっている気がする。


 人生においての楽しさを見いだせないとか、退屈な日常とか斜に構えたような思考回路になっている。

 まあ、大抵こういう時はホントにダメなのだ。

 まず思考回路そのものが。


 つまり何が言いたいかというと――――風邪を引きました。


 不覚だった。まさか割に自分の体調管理を気遣ってる俺がなるなんて。

 原因はもはや詳しく説明する必要も無い。昨日のプールだ。


 どうやらプールに長く浸かりすぎたみたいだ。

 それだけで風邪とかどんだけデリケートな体してるんだか。


 ともかく、今はだるい。非常にだるい。マスク蒸れる。

 歩いていれば体はふらつくし、鼻水やくしゃみが止まらねぇ。

 スマホで時間潰そうかとも思ったが、まだそれをするには体が重い。


 一応、姫島と雪には先にレイソで「来るな。仕事しろ」と先に釘を刺しておいたので来ることはないだろう。

 ただまぁ、全力で不貞腐れていた文章が返ってきたが。


 だから、やることとすれば天井のシミを数えるぐらい。

 一体何度となく眺めた天井であろうか。

 そろそろシミの数ぐらい覚えてそうだ。


「たっだいまー!」


 妹の【沙夜】の声が聞こえてくる。

 俺と違って活発な元気っ子で、たまにめんどくさがりな普通の女の子だ。

 ドスドスと階段を駆け上がってくる音が聞こえる。

 そして、俺の部屋の扉をノックもせずに思いっきり開けてきた。


「へーい、兄ちゃ! 相変わらずだるそうだねー!」


「やめて、兄ちゃその声今だと頭にガンガン響くから」


 若干茶髪がかったポニーテールを振り、チャームポイント――――と俺は思っている――――の八重歯を見せながら笑顔でコンビニ袋を突き出している。


 相変わらずなぜか兄ちゃんの「ん」の部分を言わないがもはや今更だ。

 いや、むしろそれがないからただの兄妹間の会話なのに可愛らしさを感じるというもの。


「それは俺のか?」


「そそ。スポドリにお薬。冷えピタも買ってきたから」


「ありがとう。金かかったろ、いくらだ?」


「いいよ別に。家族なんだし」


「家族であろうと金の切れ目は縁の切れ目だ。それに妹に金を払わせる兄ではない」


「どんな殺伐とした家族なの......別に普通なんだけど。

 いいから! 兄ちゃは起き上がろうとしなくていいから!

 寝ろ! ステイヒア! ユースリープフォーエバー!」


「あの......それだと兄ちゃ死んでるんだけど」


 雑に英語を使う沙夜に若干将来を心配しながら、寝た状態でコンビニ袋を受け取る。

 確かに沙夜の言った通り袋の中にはスポドリに冷えピタにのど飴まで......やるやん。

 そしてくす.......


「あのー沙夜様、沙夜様? 一つお伺いしてもよろしいですかい?」


「ふむ、よろしい。なんでも言ってみなさい」


「あのーこの薬......座薬......なんだけど?」


 そもそも風邪薬に座薬ってあったか?


「うん、そうだよ」


「いや、『そうだよ』じゃなくて、普通の飲み薬はなかったのか?」


「そっちの方が早く治るかもと思って。大ジョーブ! 私がやってあげるから!」


「俺は妹にケツを突き出す恥辱にまみれろと?」


 それ何も大丈夫じゃないから。

 俺の精神的な死を意味しているし、絵面もやばいし、それを親に見られた時の死にたさもやばい。

 緊急家族会議ものだよこれ。


 そして、妹はたとえ家族であろうと本気でそういうことが出来てしまうのが何よりもやばい。

 だって見て見ろ、あの自信に溢れた輝くような瞳。

 まるで俺の恥部を目撃してしまうような不安すら抱いていない。


「大ジョーブだって! きっと恥ずかしいのは今だけだって!

 ほら言うでしょ? 座薬を入れる(やる)は一瞬の恥、座薬を入れない(やらない)は一生の恥だって」


「言わねぇよ。それから、その恥を受けるぐらいだったら俺は一生の恥を背負うわ」


 沙夜はヤレヤレだぜみたいな態度を取ってくる。

 え、何それ。俺が悪い感じになってるの?

 さすがに俺の方が倫理観に沿ってると思うんだけど。

 っていうか、この子初登場から飛ばし過ぎじゃない?


「全く兄ちゃはわがままばっかりだからな~。

 洗濯は人任せだし、掃除も、自分の髪の毛を乾かすのも」


「それ、そっくりそのままお返しするわ」


「じゃあ、私がダメならここは我らが女王の母ちゃにやってもらうか!」


「やめてやめてやめて! それだけはやめて! 冗談で言うのもやめて! 精神的に死ぬからやめて!」


「わぁーお、兄ちゃの地雷踏んじまったぜおい」


 この妹は突然何を言いだすかね。

 妹にやってもらう以上にいたたまれない空気になりそうだわ!


 にしても、なんにも後先......っていうか、俺の気持ちを考えずに提案してくるあたり流石沙夜様だぜ......。


 いやね? 俺のためにそういうことをしてくれてるのはわかってるんだよ。

 しかしまぁ、そこら辺に至っても良いと思ったら考えを躊躇わずに行く所が兄ちゃはちょっと心配。


 自分の信じたことを貫く姿勢はいいんだけど、時には状況を読んで欲しいよ......特に今とか。


 高校一年が中学三年の妹に座薬してもらうってどんなプレイ? 果てしなくマニアックだわ。

 もしそんなことされたら俺は学校行けねぇよ。

 沙夜にも顔合わせられねぇよ。引きこもるよ。


「でもさ、あたしはさ、兄ちゃの風邪が早く良くなってもらいたいと思ってるのよ。

 一緒にゲームしたいし、料理作ってもらいたいし、掃除も任せたいし、風呂上がりの髪も乾かしてもらいたいし」


「沙夜......」


 全部自分の都合だな。


「そのためにはさ、座薬しかないと思ったのよ」


「ねぇ、ほんとに選択肢はそれだけだった? もう一度よーく考えてみ?」


 やっぱりその思考回路がわからん。

 普通に飲み薬で事足りるから。

 もっと言うならこの状況がすでに悪化しそうだわ。


「もう兄ちゃは文句ばっか! ちょっと、先っちょだけ入れれば後は楽になるから!」


 なんでワードのチョイスがちょっとエロいんだよ!

 まあ、妹はそういう下ネタとかは全然無縁なの知ってるけどさ!


 チッ、こういう時は寸劇で押し通すか。

 沙夜はノリがいいから付き合ってくれるはず!


「ゴホッゴホッ」


「兄ちゃ! せきも酷いの!?」


「いや、大丈夫だ。だが、この風邪はただの風邪ではない。

 家族みんなに必ずかかってしまう特殊な風邪なのだ」


「な、なんだってー!?」


「だだ、今はまだ俺の体内に外に漏れ出ないように封印してある。

 だが、俺の体力が尽きるのも時間の問題。

 だから、勇者沙夜よ。どうかこの風邪に効く“飲み薬タイプ”の風邪薬を買ってきてくれ」


「わかったよ! 王様! 今すぐその伝説の風邪薬を取りに――――ってなるかーーーーー!」


 だ、ダメかー! 途中まで良い感じに進んでたのに!

 っていうか、我が妹ながらホントにノリがいいな。

 でも、ノリが良すぎても兄ちゃちょっと心配だよ。


「もうこうなったら力づくでもいくから!」


「え、ちょ、待てって!」


 沙夜はついに強硬手段に出やがった。

 俺のズボンに手をかけるとパンツごと脱がそうと引っ張り始める。

 それに対し、俺は現状で出せる全力でもって抵抗する。


 あ、でも、クソ......全然力入らねぇ。

 ちょっとずつケツの方からズボンがずり下がってるのを感じる。

 まずい、まずいまずいまずい!

 妹の前で同人誌ボロンみたいなのはマジでまずい!


 沙夜には清く正しく美しく育って欲しいのだ!

 しかしまさか、我が妹がこんな強硬手段に出るなんて!

 ほんと初登場から飛ばしていくなこの子は!


 いくら俺の風邪を治すためとはいえこのままでは汚れてしまう!

 だけど、このままだと脱がされる!

 だ、誰か助けてくれええええ!


――――ピンポーン


 ふいにインターホンが鳴り響く。

 その音に俺は若干嬉しさで泣きかけた。


 沙夜は俺のズボンからパッと手を離すと玄関に向かっていく。

 その間にズボンを直さねぇと。

 脱がされないように紐で結んでおこう。


 そんなことをしていると沙夜が再びドタドタと階段を駆け上がってくる音が聞こえた。

 そして顔だけドアからのぞかせたかと思うと一言。


「兄ちゃも案外隅に置けないねぇ」


「?」


 その言葉の意味を理解しかねていると沙夜の代わりに一人の同級生が入ってきた。

 光輝か? あ、でも、あいつは来る前に連絡入れるし、乾さんも結弦も光輝と一緒に来るだろうし.....え、誰?


「よっす、同志」


「いや、なんでやねーん!」


 そいつはなぜか生野であった。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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