第50話 乱入者がやって来た
突然だが、この学校はお金が存外あるみたいだ。
そのせいかこの学校には天候に左右されない屋内プールがあり、そのおかげで水泳部は毎年全国大会に出場しているらしい。
とまあ、別に水泳部のことはさして関係なく時期は6月中旬となり、体育の授業で水泳が行われるようになったのだ......いや、行っていた、か。
その授業では水泳か柔道かの選択になっていて、俺はそれで水泳の方を選んだというだけのこと。
それは当然俺の授業の成績のためだ。
俺はこう見えても勉学、体育に関しても比較的標準よりは上の方。
簡単に言えば、中の上ぐらいだろう。
しかし、どうにも水泳という授業は苦手なのだ。つまりはカナヅチ。
泳ぎのフォームはわかる。どうやって前に進むのかもわかる。
だけど、泳げない。だから、泳げるようになるためにあえて苦手を選択したのだ。
さすがにいずれはやってくる学校行事の臨海学校であったり、夏休みの海で無様な姿は見せたくない。
だから決して、水泳の授業を光輝と乾さんと結弦が選択していてそのイチャイチャを見たいわけではない。
とまあ、途中までは順調で良かった。あ、俺の話ね。
しかし、体育も授業の一環であるためにやはり評価というものが付きまとう。
回りくどい言い方をしているが、つまりは“引っかかった”のだ。
で、俺は再試験に合格するために水泳部が使ってない時間を使って屋内プールにやって来て――――ぷかぷか浮かんでいる。
ぶっちゃけ言えばやる気が出ない。
泳ぎなんてレスキュー隊志望の人だけが知ってればいいんじゃね? って思う。
実際、重要なのって溺れた時にパニックにならない精神力と浮く技術だと思う。
もちろん、偏見だとわかってる。
泳げれば助かる場面だってあるかもしれないしな。
だからまぁ、俺も身を削ってまでプールを選択したわけだが......あぁ、どうでもいいけど浮くの気持ちいい。
見慣れた天井が視界の中をずーっと覆っているが、それでも背中のひんやりした感じといい。気持ちよく脱力できることいい。あぁ浮くのって素晴らしい。
こうボーっとしていると光輝にやっている今の俺の行動に対する罪悪感とか薄れてくる。
加えて、生野と妙に仲が良い判定されてるだろうことも......いや、これはダメだ。
生野にもっと積極的にアピールさせないと。
「やっぱりここにいたのね」
俺だけしかいないはずのプールに妙に聞き覚えがある声が。
そして同時に感じる妙な寒気は水温のせいなのか。
ペタッペタッとプールサイドを歩いてくる足音が近づいて来る。
ふと一番近い所に目を向けてみると案の定奴が――――姫島縁がいた。
姫島、何しに......ってなんでお前まで水着姿になってんの?
「お前、どうしてここに......」
「私、あなたと同じ水泳組だし、もっと言えば男女一緒じゃない」
「そういえば、そうだったな」
俺達の学校では男女ともに同じプールで水泳の授業が行われる。
まあ、同じと言ってもレーンは違う。
この学校のプールは大会の会場としても使われる立派なやつで、6レーンある中3レーンずつ分けて男女それぞれに先生がついて授業を行っているのだ。
というわけで、俺と同じく水泳の選択をしている姫島を見かける機会があるのだが、正直近くに光輝達がいるので完全にアウトオブ眼中だった。失敬。
......って待てよ? それって姫島ここにいる説明になってなくね?
俺は浮くのを止めて足をつけると姫島に聞いた。
「おい、それお前がここにいる理由にはならないぞ?」
「そうね。まあ、長ったらしく説明するのも面倒だから簡単に言うと、あなたが試験で泳ぎ終わった時に先生が『あいつは再試験だな』って言葉をたまたま聞いてしまったの」
「そうか......じゃなくて、やっぱりそれ説明になってねぇよ。
もしかして、お前俺がカナヅチなのを笑うために来たのか?」
「そんなことするだったらわざわざ着替える必要ないじゃない。
それにただ私は手助けのつもりで......あぁ、傷ついた。今とっても傷ついた。
誰かさんの優しく情熱的でハートフルな言葉じゃないと立ち直れないかも」
「うっざ」
姫島は被害者面たっぷりの態度を取りながら俺の様子を伺うようにチラチラと見てくる。
そして、俺に言う気配がないとさらに「あー、傷ついたなー」と棒読みで更に言葉を重ねてきた。
くっ、なんて屈辱的だ。こいつに頭を下げないといけないなんて。ただの変態なのに!
だが、こいつは水泳に関しては抜群の成績を誇っている。
それこそ水泳部と変わらないほどに。
どういうことだよ! 体の前に2つのブイがあって抵抗値大のはずなのに!
しかし、こいつに教わるのが確かに一番上達には手っ取り早いはずだ。
それに再試験の日もそう遠くない。
コイツに借りを作るのは癪だが、ここは成績のため仕方ない。
「よ、よろしく......ブクブク」
さすがに「お願いします」とまではハッキリと言えなかった。
だから、口を水に沈めて言葉を濁した。
その言葉を聞いた奴はどうだ。
満面の笑みで「仕方ねぇな」みたいな顔してるぞ。
なにそれスゲーむかつく。
「あなたの貴重な悔しがる表情を見れただけで大満足だからやってあげる」
「趣味が悪いな」
「好きな人に似たのよ」
姫島はプールの淵に座ると水面に足を入れた。
そんな光景を俺はぼんやりと眺める。
白く健康的な柔肌。
世の男子を虜にしそうな出るとこは出て締まるとこは締まってるスタイル。
美人でありながら若さというあどけなさを残す顔。
やはりこいつはサキュバスだな。
こいつの変態性を抜きにしろ色気が凄まじい。
嫌な言い方だろうが、凄まじく男ウケする容姿と言えよう。
昔は芋っぽかった姫島がだ。
きっと男ならばのどから手が出るほどに欲しい美少女と言えよう。
そんな存在となったこいつがどうして俺なんかを。
「そ、その......そんなジロジロ見られると恥ずかしいのだけど。学校指定の水着だし」
「大丈夫だ。エロいしか言葉が思いつかん」
「何が大丈夫なのよ!? っていうか、前にも思ったけど真顔で言わないでよ!」
バシャーンと姫島は水を蹴り上げた。
その水が俺の顔に物理的衝撃を与えるように降りかかってくる。
わからん。こいつの恥ずかしいの判定がわからん。
前にとんでもねぇ写真を送って来たのに。
「全くもう、視姦するなら許可を得なさいよ。そうすればまぁ......私も覚悟を決めるけど」
「いや、それはそれでどうなんだ?」
「ともかく、見てしまうのは仕方ないことだと思うのよ! あなたも男の子だし! R同人誌持ってるぐらいだし!」
な、なぜバレてる!?
「だけど、見てしまったならせめて恥じらいなさいよ!
世のラブコメ主人公を真似しなさいよ!
顔を真っ赤にしながら慌てふためきなさいよーーーーーーー!」
「それってそこまで涙ぐんでまで言う必要のあるセリフ?」
むしろ、姫島の方が顔が赤いんだが。
何にそこまで興奮しているのか。
......ん? というか、さっきから妙に俺と視線が合っていないような......俺の顔より下?
俺は自分の体を見る。そこそこ鍛えてある体だ。
帰宅部であろうと一応定期的に筋トレはしてるし。
俺は姫島の目を見る。
そして、そこから視線を引っ張ってみる。
俺の上裸に当たった。
「お前は逆に顔真っ赤にしながら視姦し過ぎだ」
「きゃっ!」
俺はどうしようもない変態の頭に向かって水をぶっかけると姫島に泳ぎ方を教えてもらうことになった。
しかしまあ、これだけで俺の地味に長く感じた一日はまだ続くことをこの時の俺は知らなかった。
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