第40話 トラウマに勝つ時
とある日の出来事、俺は音無さんの希望を叶えるためとある住宅街の一角にやって来ていた。
雨がとめどなく降り落ちる。
ザーザーと少し強めの雨が降る中で、さえずるようなうるさい声が聞こえてきた。
その三人組の前に俺は堂々と前に出る。
「こんにちは。お久しぶりですね」
「は? 誰?」
「う~ん? あ、コイツってあのちっちゃいのと一緒にいた男じゃね?」
「そうそう、音無と一緒にいた冴えない男」
そう好き勝手に言ってくれるとギャーギャーとサルのようなうるさい笑い声をあげる。
俺はそのたびに額に青筋が走り、口角が引くつきそうになるのを我慢しながら笑う。
すると、そのうちの良菜という女が聞いてきた。
「で、何の用?」
「実は高島良菜さん、橋本好美さん、倉木早苗さんにあるお願いがあってきたんですよ」
「は? なんでうちらの名前知ってるし」
「なんでも知ってますよ? こう見えて友人は多いですから。
あなた方の誕生日から血液型、交友関係、学歴、他者からの印象などなど」
「意味わかんない。なんでよそのあんたが――――」
「高島良菜さん、11月9日生まれのO型。
趣味はショッピングとネイルアート。
あ、そうそう先日ご両親と成績のことでケンカなされたそうですね?」
「......なっ!?」
俺の言葉に良菜という女がみるみるうちに顔を青ざめてさせていくのがわかる。
その度に「ざまぁ」と思うわけだが、一人だけ暴露されるのは不平等だろう。
俺は優しいから平等だ。
「橋本好美さん、8月25日生まれのA型。
趣味は意外にB級ホラー映画鑑賞みたいですね。
だからですか? 人が怖がってる所を見ると笑えてしまうのは?」
「何コイツ......」
「倉木早苗さん、1月11日のAB型。
趣味はこれといってないそうですが、どうにも自分が二人の暴走を止めるためのセーブ役と思ってる節がありますね。
まあ、勘違いも甚だしいですが」
「ねぇ、気持ち悪いからこんな奴ほっといてさっさというこう」
三人は顔色を悪くした様子で俺の横を通り過ぎていく。
当たり前だな。だが、こんなもんじゃないぞ音無さんの屈辱は。
でも、私怨はここまで。
音無さんはそんなことを望んでるわけじゃない。
俺もできる限りこいつらの面は拝みたくないし、さっさと本題に入ろう。
「あれあれ~? 逃げるってことは認めるってことになっちゃいますけどいいんですか~?
それと俺ってこういう関係広いんですよ。
だから、正岡裕君に成瀬正幸君に海馬敬君とも知り合いなんですよね~」
そう言うと三人はわかりやすくピタッと止まった。
俺が言った名前はそれぞれの好きな人の名前。
つまりは「お前らの悪事をバラされたくなければこっちを向け」と遠回しに言ったのだ。
すると、三人は振り向いて早苗が代表して意思を伝えて来た。
「何が望み?」
「至極簡単なお願いを聞いて欲しいだけですよ」
*****
俺が三人に接触してから数日後の雨の日、俺は音無さんが帰る途中にある小さめの公園のトイレの裏で傘を差しながら待機していた。
そして、所々にある水たまりが出来ている公園の中心で同じく傘を差した音無さんが待機している。
それからすぐにやって来たのは、音無さんのトラウマの原因である例の三人だ。
この状況は音無さんに頼んで用意した状況だ。
つまりは先日の言葉通りに音無さんは過去の傷と戦うというわけだ。
「こんな所に呼び出してなんの用?」
「あたし達も暇じゃないんだけど」
「さっさと用件済ませて」
来て早々矢継ぎ早に言葉を浴びせる三人。
その三人に対して音無さんは委縮したように顔を俯かせて、恐怖に耐えるようにスカートの裾を握っている。
しかし、そんな音無さんに気持ちが落ち着くまで待ってくれる連中じゃない。
「ねぇ、さっさとしてよ。足も割に濡れて嫌なんだけど」
「つーか何? 今更あたし達の前に出て高校いって変わりましたーとでもいうつもり?
そう示したいんならさっさとしゃべってくんない?」
「あんたに時間を使うのがもったいない。早く」
鋭すぎる言葉のナイフ。
そのナイフに毒でも塗ってあるんじゃないかというぐらいで音無さんは増々委縮している。
なんとか言葉を捻りだそうとしている感じは伝わってくる。
しかし、恐怖が上回って「言う」という思考回路よりも「身を守る」という思考回路が上回ってしまって上手くいっていない。
緊張で呼吸が浅くなっているのか小さな肩が割と多めに上下に揺れる。
これは......どうすべきだ?
もう出た方がいいのか。
それとも、もう少し様子を見るべきか。
そんな俺の少しの逡巡の間に好美という女がとあるワードを口に出した。
「そういえば、この状況って何?
あんたがあのショッピングモールにいたキモ男に命じて作らせたの?
なんなのあいつ? マジ意味わかんないだけど」
「そうそう、なんか勝手に個人情報知ってるし」
「なんつーか普通に“死んで”くれるとマジ助かるんだけど」
その言葉を音無さんが効いた瞬間、震えていた体がピタっと止まった。
「これ以上はさすがに無理か」と動き出そうとした時、音無さんが声を出した。
「どうしてそんな酷いことが言えるんですか?」
「は?」
「確かに、影山さんは意地悪な人であると思います。
でも、決して悪意だけで動く人じゃないことは知っています。
影山さんはとても優しくて素敵な人です」
そう告げると決意の表情をして顔を上げた音無さんは胸に手を当てて堂々と言ってのけた。
「この状況は私が影山さんに頼んで作ってもらった状況です!
それにあなた達の個人情報を調べるように言ったのは......この私です!」
その発言に俺は思わず戦慄する。
ちょっと待て!? なんでそんな勝手な発言を!?
それにそれを言ったらただじゃ済まないぞ!
そして、その言葉には当然のような行動を良菜という女が示してくれた。
良菜は傘を投げ捨てると両手で音無さんの胸倉を掴み、小柄の音無さんの体を軽く持ち上げる。
その行動に音無さんも傘を離し、苦しそうに掴まれている手を掴んだ。
「ふざけんじゃねぇぞ! 何勝手なことしてくれてんだ!?
あんたのせいであの男から脅されたんだぞ!」
「良菜、落ち着きなって」
「相手のペースに乗せられんな」
好美と早苗が思わず冷静になって止めに入る。
しかし、音無さんはここを好機と思って攻めに入った。
「そ、その気持ちになった私の気持ちを考えたことがありますか!?」
「......っ!」
「私は......ただ人としゃべるのが苦手だっただけです。
それで、あなた達が声をかけて『友達になろう』って言ってくれた時はとても嬉しかった」
最初は優しい口調で始まった言葉は一気に荒波となっていく。
「でもそれは、あなた達が暇つぶしに弄んだだけだった!
ただ上手く人と会話できないことを『ウザい』と罵って痛めつけて......この気持ちがわかりますか!」
音無さんは今初めてトラウマと向き合っている。
誰の力も借りずに。
自分の声でもって。
俺はそっとスマホの音量をMaxにして音を流せるように準備する。
あ......雨が止んだ。
「し、知らねぇよそんなの!」
「当然です! そう簡単に知って欲しくありません!
ですから、これを最後に二度と私の前にあらわれないでください!」
音無さんは渾身の力でもって大声で告げた。
その声はきっと普通の人からすればそれほど大きくない声かもしれない。
しかし、その言葉は確かにトラウマに打ち勝った。
「このいい加減に――――」
――――ウ~~~~ウ~~~~
俺は傘を閉じるとスマホの画面の再生ボタンを押した。
その瞬間、大音量で流れるパトカーのサイレンの音。
それで我に返った良菜は今の状況を見て音無さんを突き飛ばすと颯爽と三人は逃げていった。
そして、音無さんは僅かに水たまりが出来た場所に尻もちをついている。
俺は三人の姿が見えなくなるとトイレの裏から現れてそっと音無さんに近づいていく。
正直、なんと声をかければいいかわからなかったから、思いついたままに言葉に出した。
「お疲れ。よく頑張ったな」
そう言って手を差し出した。
すると、音無さんは俺の顔を見るや否やパァっと表情を明るくして「はい」と元気よく返事をする。
そして、手を掴んでくれたので引っ張り起こすと音無さんは告げる。
「怖かったですけど、今はすごく晴れやかな気持ちです」
「そいつは良かった。
......だが、あれは完全に無茶しすぎだ。
どうして俺を庇うような嘘を......」
そう聞いてみると音無さんは少し恥ずかしそうにして告げる。
「じ、実は小さい頃に読んだ王子様がこうして庇うようなシーンがありまして。
それがふと頭の中に過ったんです」
「んじゃ、俺は姫様かい?」
「言ったじゃないですか。カッコつけたかったんです」
そう言った音無さんは屈託のない笑みを見せる。
すると、まるで俺の中にまた新たな一枚絵が出来上がるように空が晴れてきて光が刺してきた。
空の隙間から降りてきた光は今回の勝者を祝福するように当てていく。
まるでスポットライトのようだ。
するとどうだろう。
辺りが光を反射させてぐずぐずになった地面がまるで光輝いた場所に見えて来るではないか。
それで天使のような笑顔となると......さすがの俺も目が離せなくなるじゃん。
そうして、ふと水も滴る天使となった音無さんを眺めていると目が合って、音無さんが赤らめた表情で目を逸らし、再び合わせてきた。
その行動に今度は俺が目を逸らす。
顔が熱くなる感じはしない。
ただ心中に渦巻く困惑が大きくなっていくのがわかる。
そんな俺の様子を知ってか知らずか音無さんはこんなおねだりを。
「あ、あの頭を......撫でてくれませんか?
そ、その、ご褒美ってことで......ダメですか?」
ちょっとその上目遣い卑怯だって! すげー断りずらいじゃん。
「お、俺なんかでよければ......」
「むしろ、影山さんがいいんです」
音無さんの要望なので大人しく頭を撫でる。
すると、胸の中に渦巻く感情は「この撫でてた感じ妹と似てる」と思うと一気に霧散していき、スッキリした気持ちになった。
「やっぱり妹撫でた昔を思い出すな。年齢サバ読んでないよね?」
「もう、影山さん。私は“ロリじゃありません”!」
そう強気の発言であったのに音無さんの顔は過去最高に晴れやかだった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')