第32話 もう変わってる
――――私って......気持ち悪くないですか?
唐突に音無さんが告げた言葉。
突然のテンションの落ちように少し驚いたが......あぁ、ふと気づいてしまったんだろうな。
笑ってる自分をどこか冷めた目で見てる自分に。
ここで選択は俺にとって重要な意味を持つ。
すなわち、俺と音無さんの最終的な距離感が決まるような感じ。
簡単に言えば、ギャルゲーのルート分岐。
「別に気にしない」と言ってやるのは簡単だ。
しかし、それでは相手が自分のことをどこまでだったら気にするのかと思ってしまいかねない。
考えすぎかもしれないが、相手は過去に自分の上手くしゃべれない性格が災いして一部の女子から不評を買った過去がある。どうしても拭えない気持ち。言うなれば、トラウマだ。
そのトラウマを克服するにはいくつか方法があるが......今、求められているのは俺が音無さんの意見に同意することで徐々にそのトラウマの記憶を消していく方法。
これは自分が乗り越えたトラウマとは違って自信がつきにくい厄介な方法だ。
時間がかかる故に、人によってはその時間も結果もまちまち。あまりいい方法とは思えない。
時間が解決しても思い出すものは思い出す。
本当に忘れたければ、自分でそのトラウマと向き合わない環境を作るほかない。
現に今俺とこうして対人でもしゃべれるように訓練しているのも、そういうトラウマを気にしないように少しでも自信をつけるための方法だろう。
音無さんが本当の意味でトラウマを克服したいとすれば、俺も少々過酷な試練を仕向ける必要がある......が、触れる必要はあってもまたあとの話。
そもそもそのトラウマを聞き出す前の信用を作るという段階なんだからな。
だとすれば、俺は音無さんにとって信用できる人物と示す言葉を送ることがベストなんだろう。
しかし、安易な言葉は壁を作る結果になってしまいかねない。
結局、本当の所は男も女も言葉にしないと伝わらない。
相手に伝わったと思っても解釈違いだったり、それによって実は壁が作られていたりする可能性もあるからだ。
故に、俺が送る言葉はそもそもその壁を作るという行為自体を考えさせないようにすること。
特に、音無さんの場合は少々特殊だ。
自分のエロティックな妄想に対して自分でも気持ち悪いと思ってしまっている。
となれば、今の音無さんにとって伝えるべきことは自分は同類であるということ......なるほどな、結局依存者を作らせることと変わりないってわけか。
そういうことなら話が早い。俺の気持ち悪さをとくと見よ!
「音無さん、いいか? 気持ち悪いってのはこういう人のことだ」
「?」
「俺には艦〇れの時雨ちゃんという嫁艦がいるのだが、俺はその子が大好きでな。
何が好きかというとまず一見清楚で三つ編みでありながら、僕っ娘という属性ね。
そして、人当たりがよくて、尚且つ素晴らしいスタイルで......もちろん、二次元であることもそうだが、あの大きすぎず小さすぎずの胸も大変ストライクであるし、あの柔らかそうな太ももは実にたまらん。
あんな可愛い子がリアルにいたとしたら、100パーセント貢ぐだろうね。現に今も貢いでるし。
で、何がいいかというとあれでいて、他の絵かきさんではヤンデレ風に描かれるんだけど、それを闇しぐって言ってそれもまー大変に可愛くて。
あ、水着やウェディングを着た絵とかもあるんだけどな――――」
そしてしばらくの間、俺は一方的に時雨に対する熱意を語りまくった。
時刻も放課後ということで、外の運動部の練習終わりの声が聞こえてきて、窓からも夕陽が差してきて俺と音無さんをオレンジ色に染め上げていく。
俺自身も割に自分の好きなことを語ったせいか熱が入っていたようで、かなりしゃべっていたことに気付いてふと我に返る。
おっとっと、危ない危ない。本題から大きく脱線したまま終わるところだった。
「どうだ? これが自分の好きな物を語る時の気持ち悪いヲタクさ」
そう言うと音無さんは俺の話を真面目に聞いていたようで、サラサラ~とスケッチブックに文章を書くと見せてくる。
『影山さんの弁熱した時雨愛は大変面白かったです。なにより、楽しそうに話してる所が良かったです』
そりゃあ、どーも。にしても、案外自分じゃ気づかないもんなんだな。
「音無さんもさっき俺とエロ話してる時に楽しそうだったぜ?」
『そ、そうなんですか.......』
そう言うと音無さんは途端に恥ずかしそうに顔を赤くする。
いや、その反応は本来エロ話してる時にするリアクションなんだがな。
けどまあ、気持ち悪いってのはこういう奴のことを言うもんだ。
気持ち悪いってのは外れなんだよな。
「突然だが真面目な話をすると、俺の持論では結局この世界は常に多数決の世界だと思ってる」
『多数決......ですか』
「ああ、人は生まれながらに集団行動の社会に身を投じられる。
それはいわば俺達がサルの頃からの遺伝的なもので抗いようがない。
そして、そのサル......俺達はより生き残っていくためには一人一人では弱い。
だから、集団行動を取って大きな意思に動いていく。
だが、その中では必ずその集団行動に反する存在が出てくる。
それが異端。言い換えれば“気持ち悪い”だ」
「......」
「例えば俺達を含め10人いるとする。そして、音無さんが異端だとする。
音無さんが『右に行こう』と告げるが、大きな意思......残りの9人は『左に行こう』という。
するとどうなるか。簡単だ。
大多数の意見が尊重され、一人の意見は切られるか受け入れさせられるかのどっちか」
音無さんは途端に何かを理解したように顔を俯かせて暗い顔をする。
どうやらトラウマの琴線に触れたようだ。
まあ、それに触れたのも意図はある。
やはり音無さんを完全に前向きにしゃべらせるようにするにはそこの問題の解決は必要不可欠だからな。
とはいえ、もちろんそんな悲しい顔で終わらせたりしねぇよ。
「――――とはいえ、それは俺達の数がかなり少なかったらに限る。
俺達が住んでる日本の人口を何人だと思ってんだ? 約1億人だぞ?
その中で1割が異端だとしたら、1千万人は気持ち悪い存在ってことになる。
その中の俺は一人で、音無さんも気持ち悪いと思ってるのならその仲間。
それだけの数がいて、こうして気持ち悪い同士が出会うことに何の偶然性もないだろ?」
音無さんの顔が上がってきた。
こんな拙い俺の言葉に耳を傾けてくれてるらしい。なら、言葉を続けていくだけ。
「それに俺のたとえの前提では誰もが同じような気持ちで揃っているという前提があるが......実際、人の気持ちなんて複雑怪奇すぎてわかりゃしねぇ。
だったらよ、別に音無さんのことを全員が全員否定してるわけじゃないとも思えるだろ。
すぐ近くにいる乾さんなんかどうよ?」
『瑠奈ちゃんは......私にとても親切にしてくれて、私が唯一しっかりと話せる相手です』
「そういうこった。あんまり自分自身を嫌いになりすぎんなよ。
一部の批判者に目を向けてこれまでありのままを好きでいてくれた人達に気付かないなんてもったいないだろ?」
『でも、それは......まだ影山さんのようにしっかりと気持ちを自分の秘密を打ち明けたわけじゃなくて』
「だったら、俺はどうよ? 少なからず、音無さんのことを『気持ち悪い』だなんて口にしたことないし、俺が自分のこと棚に上げて音無さんを『気持ち悪い』って言うようなら、『お前の方が気持ち悪かっただろ』って笑ってやればいいのさ」
『私に......そんなことができるでしょうか......』
「何言ってんだ。そのために俺がいるだろ」
俺は笑ってそう言ってみせた。その言葉が音無さんにどう響いたかわからない。
ただ、音無さんはまばたきもせずにツーっと目から涙をこぼしていく。
え、あ、ちょっと待って!? 泣くほどキツイ言葉言ってたっけ?
不味い不味い不味い! これはすぐにフォローを入れなければ!
「あ、その、悪い。イマイチ原因わかってるわけじゃないんだけど、ごめん。
ちゃんと、俺が傷つけた原因を探ってしっかりお詫びを――――」
「本当に......」
「......っ!?」
「本当に意地悪な人です」
しゃ、しゃべった......あの音無さんが......か細く、可愛らしい声で。っ
て、しゃべったことに放心してる場合じゃない。ここは誠心誠意言葉を受け止めよう。
そして、口を閉じると聞き役に徹することにした。
その雰囲気が伝わったのか音無さんも続けて話していく。
「私の隠してた秘密を暴こうとするし、少しでもしゃべらせようと試練を与えてくるし、私の秘密を知ってさらにトラウマの傷まで思い出させるし」
「......ごめん」
「でも、それ以上に優しさが伝わってきました。
影山さんは他に何か大事な何かがある様子だったのに、その時間を私のために割いてくれて、それでいてずっとずっと私のことを考えていっぱいいっぱい励まそうとしてくれました」
音無さんの表情は一言で言えば泣き笑い。
とめどなく涙が溢れてくるのか袖で涙を拭うものの、まるで良い事が続いた日のように明るい笑みを浮かべている。
「私は初めてでした。気持ち悪い自分のままでいいという人がいたなんて。
でも、それは単純に知らなかっただけかもしれません。
自分が弱いからと受け入れてそのままでいて、変わるきっかけはいつでもあったのにそのチャンスを見過ごして」
「大丈夫、今からだって遅くねぇさ。それにもう普通に喋れてるじゃん」
「私も......そう思います。今は心の殻が壊れて自由の翼を得たような感じです」
「さすが文学少女」
そう言うと音無さんは涙を拭って、赤っ鼻で目を腫らしながらもにこやかに微笑んだ。
そして、自分の胸の中心に両手で手を当てて目を閉じる。
「暖かいですね」
それは窓から刺す夕陽が当たっているからなのか、それとも心が一歩自信へと前進したからなのか。
どちらにせよ今回で音無さんと俺との関係は大きく変わった。
それは俺が変な勘繰りを入れなければ確実に良い方向に進んだと言えよう。
全く、ギャルゲーみたいに正解選択肢が限られてる感じじゃないからかどれが正解かわからなくて常にヒヤヒヤものだが......これがギャルゲーの主人公がやるようなことなのかもな。
正直、俺には似合わない。
ただまあ、今は保健室ベッドで夕陽を浴びながら胸を両手で抑える文学少女という一枚絵を楽しんでいますかな。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')