第29話 オーマイエンジェル
さぁ、どうしたものか.......一つだけわかることは頭痛がする。
俺はあくまで姫島を家に送るだけの予定だった。しかし、突然の雨で止むまで家に入ってた。
ここまではまあ、仕方ないことだ。
だけど、風邪を引かないようシャワーを浴びせられた俺はどうして動物パジャマを着せられて、その上で変態が真正な変態に進化するところを立ち会わなければいけないんだ!
髪を乾かしたことは自分の落ち度だ。だが、その後の展開は違うだろ......!
だって、俺は姫島に音無さんの言動について試しに質問してみたらその答えが賢者タイムて。賢者タイムて!
はぁーーーーー、それがまるで昨日のこととは思えねぇ。
もっと言えば、今日水曜日で残り二日間もあいつと顔を合わせないといけないことにちょっと何とも言えない気持ちになる。
前にあいつの変態性を更生させてやるとか思ったけど、俺が余計な手を下さずともだんだんと手遅れな方向に進んじまってるし。
これはアレか? もっと姫島について注意深く見た方がいい?
いや、あいつは何気に俺とあいつ以外に人がいるまともなんだよな~最近。その反動がデカいが。
くぅ~~~~~ここは我慢するしかないか。
『お疲れですか?』
すると、肩にちょんちょんと小さな手が触れた。
顔を上げて見るとスケッチブックを掲げた音無さんが立っていた。
あぁ、なんだろうこの無性に癒される感じ。あー、アニマルセラピーか。
なんとなーく、頭に触れて撫でてみる。今すごく俺に必要なのは癒しだ。
姫島というモンスターをどうにかしようとすると日々心労が絶えない。
軽く撫でてみたが嫌がれる様子もない。
女子の場合好きな人以外に壁ドンされると脅迫だし、頭撫でられるとセクハラ認定されるものと思ったけど、音無さんにその兆候は見られない。
まあ、もとより大人しい人物であるから強気に出られないのもあるだろうけど、顔を赤らめて恥ずかしがってるだけで、一応嫌われてはいないみたいだな。
......っと謎の図書委員Xさんが鋭い眼光をしてるのでここらでやめておこう。
にしても、触れた感じといい、音無さんの表情といい......やっぱり小動物感がすげーな。ちょっと触れただけでだいぶ癒された。
音無さんが横に座ったところで、俺は大きく伸びをしながら告げる。
「ふぅ、それじゃあ、今日も今日とてやりますか勉強?」
『今日はやめにしませんか?』
俺がそう言うとサラ~とペンを走らせてそう返答してきた。む? 何かやりたいことがあるのか?
まあ、それが何であれ音無さんが自主性を持って何かをしようというのなら、そちらを優先するのは当然のことだが。
「なにかあるの?」
『いえ、特には。ですが、悩みごとがあるのであれば、相談に乗りたいです。日々、お世話になってるので』
え、何この子......めっちゃ天使に見える。
姫島というサキュバスと見比べてしまうせいか、音無さんの背中から純度100パーセントの真っ白い羽が見える。
なんだろう.......ちょっと涙で目がくすんで。
あぁ、俺って実はこんなにも姫島を手に余らしていたんだな。慣れてきたとか思ってた自分が恥ずかしい。
うん、そうだな。ここはせっかくだし一つ相談に乗ってもらうとするか。
それに内容次第で音無さんの違った一面が見れるかもしれないし。
「実はな、俺の知り合いにはそれはそれは変態がいるんだよ」
『へ、変態さんですか......』
「まあ、最初はね? 変態でも限度があると思ったんだよ。
でも、つい昨日俺のキャパシティを超える変態性を見せてきて、ちょっと戦慄した」
『それってどんな変態さんなんですか』
「聞いた限りじゃそう思ってしまうのも仕方がない。
しかしなぁ、なんとか人並みぐらいに抑えようかなと考えてるんだけど、勝手に進化してくんだよなぁ」
『あまり話は見えてきませんけど、かなりの変態さんなんですね』
「そうなの。かなりの変態さんなの」
俺の中でも姫島の称号が「情緒イカレポンコツ変態女」から「情緒イカレポンコツ変態サキュバス」にグレードアップしたからな。とりあえず、あいつのあだ名はサキュバスでいっか。
すると、音無さんは何かを考えてスケッチブックにしたためる。
そして、出来上がったそれを見せてきた。
『私見ですが、それは影山さんのことを信用してるからじゃないですか?
信用しているからこそ、自分をさらけ出せると言いますか......確かに限度はあると思いますが、邪険にしてはいけないと思います。
その方は影山さんのことを自分の見られたくない部分を見られてもいいと思ってるんですから』
「信用......ね」
それは確かにされてると思ってる。なんせ俺が一番“信用”という言葉に敏感なんだから。じゃなきゃ、提供屋なんて仕事してねぇし。
にしても意外だな、俺はてっきり「あ、自分は信用してないわけじゃないんですよ!?」と卑下する一文が来ると思ったが......思ってるよりも自分を持ってるということか?
まあ、なんにせよ、俺はまだ音無さんから完全なる信用は得ていないということか。仕方ねぇな、まだ出会って日が浅い。
しかし、もうそろそろ互いの信用をもう少し深めてもいいはずだ。いわゆる人の腹の内を探る行為。
その一端でも見れば強制的にそういうフラグは立つんだけど。
「サンキューな。少し楽になったわ」
『いえいえ。私も何かお手伝いできることがあればと思っただけですから』
そう言って音無さんはニコッと笑う。やっば、この子天使......! 汚れを知らないでいらっしゃるわ!
そうなると「ちょっとぐらいは汚してもいいよね?」という嗜虐心が生まれてしまうが、ここは一旦落ち着かなければ。
とにもかくにも、思うことは姫島にこの汚れなき音無さんの爪の垢を煎じて飲ませたいと思うばかりだ。
すると、音無さんは「お花を摘みに行ってきます」と伝えて来たので、いってら~と見送りながら待ちぼうけ。
音無さんの机の上には借りる予定である山積みの本とスクールバッグが置いてある。
そして、山積みの本の上には例のブックカバーがしてある本があり、その上にはスマホが。
なんとも不用心な天使ですな~。まあ、何もせんけど信用されたいし。
にしても、うーむ、ここはエンジェルアニマルとでも付けようか? いや、なんかゴロ悪いなぁ。
そんなことをぼんやり考えてると不意に音無さんのスマホに着信が。
しかし、音を出していないのかバイブレーションだけである。
するとここで、音無さんがハンカチで手元を拭きながら戻ってきたので教えてあげる。
音無さんはハンカチをスカートのポケットにしまうとスマホを手に取り――――ツルッと手元から滑らせた。
空中を僅かに舞って落ちていくスマホ。音無さんは反応できずに眺めているのみ。
咄嗟に俺の体は動いていく。若干遠いな。もう少し体を伸ばして、その上でさらに手を伸ばせ。
「キャッチ......とおおおおお!」
スマホを左手で掴んだのも束の間、俺が支えにして置いていた右手は丁度山積みの本の上。
その本がズレてそのまま俺は体勢を崩していく。
そして、そのまま転倒。ぐふぇ、意外と痛い......でも、なんとかスマホは死守できた。これはかなりの高評価でしょ。
そう思って音無さんの顔を覗くとなぜか顔を真っ赤にしながらアワアワした表情だ。
思わずその視線の先を辿って丁度俺の右手側に本があった――――官能小説であった。
開かれてるページはそれはそれは濃厚なLOVEシーンの挿絵。
しかも、そこで妙にページを大きく開いた際に出来る折り目の跡も残っていた。
こ、これは......確かに隠したい。こんな挿絵のシーン、もはやエロ本読んでるのと変わらない。つーか、アレ待てよ?
音無さんはもう既に汚れていたんだけどおおおおぉぉぉぉ!?
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




