第225話 寄り添う乙女の聖なる夜#8
―――姫島縁―――
学校の二学期が終わった12月23日。クリスマスイブの今からが私の決行日。
そう意気込むと私は静かに影山君に近づいていった。
終業式ということで学校は午前中に終わり、さらに私にはあみだくじで得た「クリスマス権」というのがある。
言わば、私達乙女で絶対に狙う日であるクリスマスを誰が影山君と過ごすというのを争いなく決めたもの。
その権利を私は得た。そして、得た以上は決してこのチャンスを逃すわけにはいかない。
「ねぇ、影山君今日明日の予定はあるかしら?」
「空いてるよ。なんかそんな感じな気がしたから」
「なんだかハーレム王ムーブも様になってきたわね」
「そんなもの俺には過ぎた地位だ。それにこんな調子乗ったセリフはもう金輪際言いたかないよ」
影山君は自分自身が嫌になってるのか深くため息を吐いた。
普通の男の子ならこういう展開は明らかに喜びそうなものだけど。
ま、存外そういうのって望まない者が得るものよね。不条理なこの世界だと。
「ちゃんと時間が空いているならそれに越したことはないわ。そこが一番重要だったから。
それから、先に言っておくけど、これはちゃんと私達の間で決めたことだから私がこの日を得た以上私だけを見ること。わかった?」
「な、なんか今日のお前は強気だな......」
「そりゃそうよ。なにせ今日明日は乙女の決戦日だもの」
私は「それじゃ、また後でね」というと一足先に教室を出て帰路に着いた。
自室に戻ってくるとベッドに置かれた服を手に取ってすぐさま着替えていく。
今の私のチョイスはベージュのツィードジャンスカにハイネックプルオーバーに白いベレー帽を合わせた大人可愛いコーデ。それにブーツと白系統の小物を合わせればほら完璧......よね?
かれこれ一週間ぐらいいろんな雑誌やネットからの情報を参考にしながら自分に合った服を研究して「これだ!」と思って昨日から準備してたけれど......なんだか今になって不安になってきたわ。
ベレー帽とかオリジナル要素として加えてみたもののこういうアレンジって余計なのかしら?
ほら、クック〇ッド通りに作ればまず普通に食べれるものを作れるのにそこに自分勝手に変なものを加えて不味くするやつ。
たった一つが全体に影響を及ぼしかねない。帽子もあるかないかでなんだか印象が変わるし......う~ん、今になって悩んできた~! うわぁ~ん!
思わず頭を抱えていく私。あ、不味い! 髪もセットしなきゃ! こんな所でかけている時間はないわよね!?
―――バチン
「くっ、覚悟を決めろ私! 強気に堂々としていればそれが自然になる!」
恥ずかしがるから変な目で見られる。不安がるから人の目を気にしてしまう。
だけど、本当は他人にどう思われようとも全く持ってどうでもいい!
一番見てもらいたい人に良く思ってもらえればそれでいい!
なら、自身を持つべきよ私! これで良いと思ったなら信じて疑うな! このまま突き進め!
「今ならスポ魂漫画の主人公の気持ちがわかる気がするわ! 行ける気がする! とはいえ......頬を強く叩きすぎた。痛い」
私は待ち合わせ時間までに色々な準備をしていく。今日という日絶対に成功させるために。
いざゆかん、待ち合わせ場所へ!
―――十数分後
待ち合わせ場所の公園にやって来た。
そこにある噴水エリアを囲うようにある木々は鮮やかなイルミネーションで彩られていてもうここも立派なデートスポット。
噴水の近くには私のように待ち合わせしているような男性や女性がいるし、すでにカップルで合流したような男女の組もある。
幸いというべきか、この場所に知り合いの顔は見えなかった。
もっとも、私が知らないだけであって相手が知ってる場合もあるけれど。ま、この際些細なことだわ。
腕時計を見ながら待ち合わせまでも悶々とした時間を過ごしていく。
少し早くつ着きすぎてしまったかしら? でも、相手を待たせるよりはいいわよね? うぅ、緊張してきた。
「も、もう一回確認を.......」
バッグから小さな手鏡を取り出して前髪が変に映ってないか、表情が硬くなっていないかをチェックしていく。
もうこれで三度目。時間が近づいて行く度に不安ばかりが募る。
影山君が来てくれると信じているけれど、それでももし何か急な予定でキャンセルにでもなったら―――
「っ!」
思わず不安な顔になってるのに気づいて鏡で軽い笑顔の練習をしていると鏡に反射して小走りで走ってくる影山君の姿があった。時間よりまだ早いわよね?
私はサッと鏡をバッグにしまうと何事も無かったかのようにじっと立つ。そして、声をかけられるのを待った。
「早く来てたんだな。待たせたか?」
「いいえ、私が早く来過ぎただけよ。それよりもせっかく後ろから声をかけてくるならそのまま抱きしめてくれれば良かったのに」
「いくらなんでも待ち合わせでそれはしない」
い、いつも通りよね? 声もどもってない。笑顔も変わらない。
影山君との無駄のない無駄な絡みもいつも通り。よし、行けるわ!
「それじゃ、行きましょう。なにせ今日はあなたを楽しませてやるつもりなんだから!」
私が数歩歩きだすと突然影山君から「姫島!」と呼びかけられ、振り返ってみれば突然服を褒められた。
「その服似合ってるぞ。姫島の大人っぽい印象と相まって」
「......突然のそれはズルいわよ!」
「えぇ、なんかキレられた......」
ほ、褒められた! 褒められちゃった♡ もう影山君たら突然なんだから。
言うなら言うで前もって告知してもらわないとこっちの心臓が持たないわよ。
全く、チャラ男みたいな巧みな言葉遣いばかり上手くなっていくんだから。
まぁ、そういう風にしたのはある意味私達とも言えるんだけど。いいわ、テンションが上がってきた!
「行くわよ!」
「怒られたと思ったら急にテンションブチ上がってて情緒のふり幅が怖い」
私は影山君の手首をガシッと掴むと駅へと向かっていく。
そこから、何駅か移動した所で向かった場所は遊園地。もちろん、事前にチケットは手に入れてる。
「俺、クリスマスの日に来たのは初めてだわ」
「私も初めてよ。ということは、私達は“初めて”を奪い合った者同士ってことね」
「なんかその言い方嫌だなぁ」
そう言いつつ苦笑いをする影山君だったけど、私からすればその表情にどこにも「嫌」という感情が見えないのは明らかだった。
そんな些細なやり取りで笑ってくれる影山君が嬉しい。
「影山君、今の私達は恋人同士ってことよね?」
「仮だけどな」
「十分よ」
私はそっと手を差し出す。寒かったけれど手袋をしなかったのはこのため。
影山君は恥ずかしそうに頬をかき、軽く一つ息を吐くと緊張した面持ちで私の手を取った。
ゴツゴツとした手から温もりを感じる。若干かいてる手汗はどっちのものか。それでももうずっと離したくないと思った。
「影山君、もう一段階いい?」
「もう一段階?」
私はただ握っただけの手を少し離すと影山君の指に自身の指を絡めていく。いわゆる恋人つなぎというやつね。
まるでしっかり見せつけるように握ったその手に影山君は恥ずかしそうに目線を逸らし、もう片方の手で口元を覆っていく。
その感情がどういう感情なのかは頬と耳の赤みを見ればすぐにわかる。
「さ、準備は終わったわ。一生忘れられない素敵なクリスマスイブにしてあげる」
「.......お、お手柔らかに」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




